人事のアカデミアモデル分析

論理的な思考を支えるツールとしてモデルリテラシーを身につける

多様な人々の事情がからむ都市計画の現場では、複雑な課題を解決する手法として「モデル分析」の知見が蓄積されている。「現実への対処法を論理的に考えるための技術」として、その重要性を解く栗田治氏に、文系でもわかるモデル分析の枠組みと活用法を学ぶ。

大切な要素だけを取り出して部品同士の関係を突き止める

梅崎:栗田先生は都市工学のご専門ですが、都市の設計や課題解決には、さまざまなモデルを使った分析が行われます。そもそもモデルとはどういうものでしょうか。

栗田:教科書的な説明をすると、考察対象から大切な要素を部品として取り出し、部品同士の関係を記述したシステムです。それを理系の人間は、数学を使って関数で表現します。

梅崎:経済学でもよく数学を使いますが、一般の人にはなじみが薄いかもしれません。

栗田:実は数学を使うかどうかは関係ありません。何かの主張がなされているときには、必ずその背後に何らかのモデルが存在しているものです。「人を幸せにしたい」でも「お金を儲けたい」でも、目的を持って物事を考えるとき、現実のすべてを考慮できませんから、「これだけは外せない」という大切な要素を部品として抽出します。部品同士の因果関係や時間的な前後関係を組み込んだシステムを想定して、推論を行い、現実に対応しているはずです。この頭のなかで想定したシステムが、モデルです。

梅崎:目的を達成するために合理的に物事を判断しようとすると、誰もが無意識にやっている営みだといえますね。

栗田:その通りです。現実を観察して、できることできないことを見極め、ルールや制約を踏まえて意思決定を行う。この作業を緻密にやっていくことが、モデル分析なのです。ところが無意識だからこそ、思い込みが入り込んだり、勘違いが含まれたりしてしまうことも少なくありません。モデルについて学ぶことは、嘘やデマから自分を守ることにもつながるのです。

梅崎:私も、学生の論文指導をしているときなど、モデル思考の必要性を感じます。先生は「モデル思考は捨てる技術だ」と述べられていますが、適切なモデルを作るには、説明する変数が多すぎても、少なすぎてもいけません。論文を書くときもこれとまったく同じで、大切な要素だけを見極めてそれ以外を捨てる作業が必要になります。

栗田:慣れないうちは、あれもこれも大切に思えて、うまく捨てられなかったりしますね。

梅崎:でも、モデル分析の基本を身につければ、捨て方の感覚がつかめるようになるのではないでしょうか。たとえば中学レベルの数学の知識でも、変数が2つであれば2つの連立方程式が、変数が3つであれば3つの連立方程式が必要だということはわかりますから。

栗田:そうですね。文系・理系にかかわらず、モデルは多くの人にとって役に立つものだとわかってもらえればうれしいです。

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4つのモデル分類を理解し目的に応じて使いこなす

梅崎:ではどのようにモデルを作っていくのか。「定量的モデルと定性的モデル」「普遍性を追求するモデルと個体を把握するモデル」「マクロモデルとミクロモデル」「静態的モデルと動態的モデル」と、先生は4つの分類を紹介されています。どれも対概念になっていて、どちらを選ぶかによって作られるモデルが変わってくるわけですね。

栗田:モデル分析のベースとなる学問に、限られた資源を目的に応じて適切に利用する方法を科学的に考えるオペレーションズ・リサーチ(OR)というものがあります。ORの研究成果や、社会学などの研究方法論を参考に、実際の意思決定に役立ちそうな4つに分類しました。

梅崎:まずは、定量的モデルと定性的モデルについて。これはどのような記述言語を用いるかの違いで、数学を用いて説明するのが定量的モデル、言語を用いて説明するのが定性的モデルとなります。

栗田:量に着目して数式で表したものが定量的モデル、数値化できない情報に基づいて論理で構成したものが定性的モデルという言い方もできます。いずれも帰納的に現実を観察し、そのエビデンスに基づいて演繹的に推論を導き出すというプロセスに変わりはありません。

梅崎:一般的には、定量的モデルのほうが厳密で正確だと思われがちです。

栗田:定量的モデルで表すには、そもそも測定できなくては難しい。数値化して実験で検証できないような対象については、現実観察と文献を駆使して論理を構築し、定性的モデルで表すほうが適切でしょう。

梅崎:確かに、数学だけができても社会現象のモデルが理解できるわけではありません。定量的モデルを過信するのも危険ですね。

栗田:もちろん、定性的モデルだからといって主観で語ってよいわけではなく、論理的なものであることが大前提です。社会学の分野でいえば、自殺の要因を社会的に分析したエミール・デュルケームや、プロテスタントの倫理が資本主義の成立につながるメカニズムを解明したマックス・ヴェーバーの書物は、見事なモデル分析の成果だと思います。

梅崎:2つめは、普遍性を追求するモデルと個体を把握するモデルです。汎用性があり、将来にわたっていつか役立つかもしれないのが普遍性を追求するモデル、今、個別具体的な問題に対応するのが個体を把握するモデルとなります。

栗田:社会学の巨頭マックス・ヴェーバーが、自らの研究方法論として用いていたものです。私自身が学生時代、研究者としての立ち位置に悩んでいたころに知り、感銘を受けました。

梅崎:理系でいえば前者が「理学」、後者が「工学」です。自分はなんのために研究するのか、研究者ならこの2つの間で揺れ動きますよね。

栗田:私が所属していた都市計画の研究室でも、数学的手法で普遍的な理論体系を追求する人もいれば、特定のニュータウンの形成過程を調査・研究する人もいて、街づくりにはどちらも必要です。だからこそ悩むのですが、実は偉大な先人も、悩みながらもどこかに自分の立ち位置を定めて、その道を邁進してきた。大切なのは、自分がどの立ち位置で研究に取り組んでいるのか、常に意識しておくことだと思います。

梅崎:自分の立ち位置を意識することは、研究者に限らず、ビジネスの世界で活躍する人にとっても重要だと思います。
3つめが、マクロモデルとミクロモデルです。ざっくりと切り分けるか、細部を見るか、モデルを作る際の解像度の違いですね。経済学でも、社会全体の経済活動を分析するマクロ経済学と、個人や企業に注目したミクロ経済学とがあり、現在は、ミクロ的基礎づけといわれて、ミクロ経済学のほうが主流となっています。

栗田:ミクロモデルの究極の成功例は物理学でしょう。質量だけあって大きさのない「質点」という概念を導入したことで、現実の事象をうまく説明できるようになりました。でも、質点を実際に見たことのある人は誰もいません。現実には存在しない作業仮説にすぎないのです。

梅崎:ミクロ経済学が合理的経済主体を想定したことと同じですね。現実をうまく説明できるので、非常に強固なモデルに見えるのですが、ミクロに分解すればすべてが説明できるわけでもありません。

栗田:単純化しすぎて使えないモデルになってしまうケースもあります。マクロにしてもミクロにしても、対象となる問題を解くために、適切なモデルを使い分けることが大切です。

梅崎:4つめが、静態的モデルと動態的モデル。現在の一時点を扱うのが静態的モデル、時間的変化を考慮に入れるのが動態的モデルです。時間軸を含めると複雑になるので、まずは静態的モデルで考える人が多いのではないでしょうか。

栗田:目の前で起きている問題に、真っ先に対処しなければと思うのは人情です。ただし、少なくとも誰かは将来を見ている必要があります。
これは実際の事例ですが、地方都市で高齢者施設が足りなくなったことから、町は新規の施設を建設し、地元の若者を職員として採用することにしました。ところが数年後には入居者が減り、就職のために町を離れる若者が増えてしまった。時間的な変化を考慮に入れていれば、このような事態は避けられたはずです。

モデルを作って終わりではなく検証を重ねて向上させていく

梅崎:大切なのは、問題に応じて4つの対概念を適切に使い分けていくことですね。ご著書では、これらを組み合わせた「モデルの位置付けマップ」を紹介されています(下図)。

w183_academia_methodology-of-thinking1.jpg特定の場所の歩行者の流れを定量的に把握したいとき、マクロで捉えるなら「断面交通量モデル」、ミクロで捉えるなら「セルオートマトンモデル」といった具合に、自分が現在行っているモデル分析がどこに位置するのかを常に意識する。
出典:『思考の方法学』をもとに編集部作成

栗田:たとえば都市計画で、最適な施設の数や配置を考えるときは、普遍的・定量的なモデルを使う。大まかに状況を把握するにはマクロモデルを、具体的に計画をつめるときにはミクロモデルを使うといった具合です。
「モデルの位置付けマップ」は、いわば知的活動の地図です。今、自分が作っているモデルがどの象限にあるのかを相対化することで、よりよい方法を検証したり、発想の幅を広げたりすることができるはずです。

梅崎:しかし現実の問題に向き合うとき、どのモデルを選べばよいか判断するのは簡単ではありません。工場の生産性を調査するとき、生産量や稼働率は測れるが、人間の意欲や能力をどう評価するのか。実際に、この工場長のリーダーシップが現場の士気を高め、生産性に寄与していることもあり得ます。

栗田:最適な生産管理を追求するインダストリアル・エンジニアリング(IE)では、日々その課題に向き合います。「問題には必ず所有者がいる」とは、IEの研究者である川瀬武志の言葉です。その人の属性や置かれている立場、抱えている事情などによって、何を問題と思うかは人それぞれ。価値観の違いに常に思いを馳せることが大切です。むしろ分析の得意な専門家ほど、モデル思考は人間のために行われるものだということを、心に刻んでほしいと思います。

梅崎:「幸せ」の定義は人によって違いますから。自動車移動の利便性が高い街がよいか、楽しく健康的に歩きやすい街がよいかで、都市計画も変わってくる。「モデルづくりはアートである」と述べられていますが、それだけこまやかな技術や感性が必要になるというわけですね。

栗田:さらに、一度モデルを作って終わりではありません。モデル分析の分野で「らせん的展開」と呼ばれるフローですが、適切な結果が得られなければ、また現実の観察へと立ち戻って検証し直し、よりよいモデルへと磨き続けていくことが大切です(下図)。

梅崎:モデルの改善に終わりはないわけですから、誰もがより豊かな思考ができるよう、モデルリテラシーを高めていく必要がありますね。

栗田:高校レベルの数学知識があれば、数式モデルも十分に使いこなせます。しかもExcelやMathematicaのように手軽に使えるツールもたくさん出てきている。文系の人も苦手意識を持たず、ぜひ多くの方にモデルをうまく活用してほしいと思います。同時に、理系の人にも、社会学など文系の学問の基礎を学ぶことは、現実を理解し、あやまたずに目的を設定するうえで、非常に大きな意味があることを理解してほしいですね。

w183_academia_methodology-of-thinking2.jpgモデル分析の基本的なフロー。①観察と整理→②定式化→③数理モデル→④結果の記述を繰り返し積み重ねて、記述力を高めていく。
出典:『思考の方法学』をもとに編集部作成

Text=瀬戸友子 Photo=刑部友康

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栗田 治氏
慶應義塾大学理工学部
管理工学科教授
Kurita Osamu
筑波大学第三学群社会工学類都市計画専攻卒業、同大学院博士課程社会工学研究科都市・地域計画学専攻修了(学術博士)。東京大学工学部都市工学科助手、慶應義塾大学理工学部管理工学科専任講師、同助教授を経て、2002年より現職。

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人事にすすめたい本
『思考の方法学』 (栗田 治/講談社現代新書)
日常生活から学問、ビジネスまで、現実世界での論理的な意思決定に一生役に立つ「モデル分析」の作法をわかりやすく解説する。

梅崎修氏
法政大学キャリアデザイン学部教授
Umezaki Osamu 大阪大学大学院博士後期課程修了(経済学博士)。専門は労働経済学、人的資源管理論、労働史。これまで人材マネジメントや職業キャリア形成に関する数々の調査・研究を行う。

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