人事は映画が教えてくれる『ハウス・オブ・グッチ』に学ぶファミリービジネスの陥穽

w181_movie_title.jpg世界的ファッションブランドであるグッチは、かつて創業者一族内での権力争いから殺人事件を起こすまでの泥沼に陥った。『ハウス・オブ・グッチ』は、2代目兄弟の息子の1人であるマウリツィオの妻パトリツィアをキーパーソンとして、この欲望が交錯する世界を描いた愛憎劇だ。そして、企業経営の視点からみると、ファミリービジネスの典型的な失敗例が描かれた作品でもある。グッチ家の失敗とは何だったのか……?

1995年、グッチの元会長マウリツィオ・グッチが、元妻パトリツィア・レジャーニの指示により、殺し屋に銃殺される事件が起きました。『ハウス・オブグッチ』は、1970年代からこの事件に至るまでのグッチ家の権力争いを描いています。

主人公パトリツィア(レディー・ガガ)はグッチ2代目兄弟の弟ロドルフォ(ジェレミー・アイアンズ)の息子マウリツィオ(アダム・ドライバー)と出会い、結婚します。これをきっかけに運送業者の事務員だったパトリツィアの人生は大きく変化。当時のグッチは完全な男系の組織でしたが、彼女は夫を足がかりに経営に介入し、権力を得ようと野心的に立ち回ります。表層的には、自らの欲望に忠実に行動し、グッチを引っかき回したパトリツィアがグッチ家崩壊の元凶に見えます。

しかし、経営の視点からグッチの崩壊を考えるのなら、全編にわたって描写される「ファミリービジネスが陥りがちな構造的問題」を鳥瞰的にとらえる必要があります。そのときフォーカスされるべきは、パトリツィアではなく、2代目兄弟のアルド(アル・パチーノ)とロドルフォです。

1950~70年代のグッチの成功は、卓越した経営能力をもつアルドと、卓越したクリエイティブ能力をもつロドルフォ、この2つの才能のかけ算によって偶然もたらされたものでした。

そんな彼らはファミリービジネスであるがゆえの典型的な失敗を犯します。企業を持続・発展させるために重要なのは所有と経営の分離です。株主は、能力のない人間を経営から排除し、適任者に経営を任せるためにその力を行使するべきなのです。しかし、当時のグッチでは、この大原則がないがしろにされていました。

w181_movie_ceo.jpg適性のないCEOの任を解かれたマウリツィオはむしろ軽やかな表情に。

株主であり経営の実権も握る兄弟は、身内にその権力のすべてを継承しようとします。しかし、アルドの息子であるパオロ(ジャレッド・レト)は明らかに無能なデザイナー。そこで、弁護士志望のインテリであるマウリツィオに白羽の矢が立ちます。とはいえ、マウリツィオもそもそも学者タイプで経営者には向いていません。それでも、創業家の男子で、もう一方より能力がありそうだ(それも血縁者には評価が甘くなるという内集団バイアスが働いた結果ですが)という理由で経営の重責を担わされます。当たり前のように血縁を最優先し、能力を見極めるという株主の役割を怠ったのです。この親たちは息子たちにふさわしいキャリアについて真剣に考えることもなかった。これも問題です。

もう1つの誤りは、2代目兄弟がグッチの経営に関して、次世代に継承すべきビジョンもパーパスも共有していなかったことです。

物語の前半、2人が「アジア進出の拠点として御殿場にグッチのモールを作りたい」(アルド)、「反対だ。グッチには美術館こそふさわしい」(ロドルフォ)と会話するシーンがあります。お互い言いたいことを言い合うだけで、それ以上の議論はありません。2代目兄弟がグッチの未来について十分に話し合えていない。この時点で、近い将来のグッチの崩壊は予見できたのです。

長く続く企業には共通する特徴があります。明確な事業ドメインがあり、そこへの戦略的な集中を徹底し、そのドメインにおいては先端を行く存在であり続けることです。革新と保守をうまくバランスさせることが重要なのです。

その意味で、ファッションブランドとして停滞していたグッチには、パトリツィアのような異分子は革新をもたらす存在としてむしろ必要でした。個人的には、経営企画部長などを任せてみたらよかったのではないかと思います。しかし、パトリツィアは夫にも排除され、その後、最悪の選択をすることになります。この血縁者以外を排除する構造もファミリービジネスにとっての陥穽です。

w181_movie_main.jpgロドルフォを除く一族のキーパーソンが顔を揃えたアルドの誕生パーティー。右からアルド、パトリツィア、マウリツィオ、パオロの妻、パオロ。アルドの話に耳を傾けるパトリツィアの野心的な表情が印象的だ。

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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