生き物のチカラに学べ豊かな実りは、「仲間」と支え合ってこそ

生き抜くため、子孫を残すため、植物は実に巧みな仕組みを備えている。こう解説するのは植物生理学のエキスパートである田中修氏だ。まず前提として、「植物は動物のように動き回ることができないから、下等な生物と見る向きも多いのですが、そもそも動き回る必要がないのです。あのシンプルな体のなかで、すごいメカニズムが機能しているから」と言う。

動かずとも生き抜ける植物の優れた仕組み

動物が動き回る理由は大きく3つ。食べ物を探すため、暑さ・寒さなどといった厳しい環境から体を守るため、そして、子孫を残すために生殖の相手を求めて動くのである。対して植物は、知ってのとおり、光合成でもって必要な栄養を自分でつくれる。「体を守るという点においては、植物は、自分に都合の悪い季節は種となって厳しさをしのいでいる。加えて、ビタミンCやEなどの抗酸化物質をつくることができるので、紫外線によって発生する有害な活性酸素を抑える力も持っています」(田中氏)
最後の「生殖の相手を求めて」も、花という生殖器官を持っているから、自分で子孫を残すことができる。なるほど、植物は動き回る必要がないのである。
「それでも植物は、子どもが同じ性質になる自家受粉を極力避け、種の多様性を保っべく努カしているのです。自家受粉しないよう、多くの花の雌しべは雄しべより背を高く伸ばし、また、花粉を託す虫類を呼び寄せるために花を色づかせ、特有の香りや蜜まで用意しているというわけです」(田中氏)

植物は、時を知って花を咲かせている

しかしながら、大切な花粉を風や虫に託すにしても、どこに運ばれるかはわからない。本当にすごい仕組みはここからだと、田中氏は続ける。「1つには、花粉を大量につくる。花粉症の季節になると周りが白く曇るほどに花粉を出す杉などは、その代表例。そして"仲間と一緒に咲く"です。せっかく虫が花粉を運んでいっても、あるいは運んできても、自分と仲間が一緒の時期に咲いていないと、確実に子孫が残せませんからね」ここでいう時期とは、日単位、時間単位のかなり厳密的なもの。たとえば、キンモクセイは秋の花とはいっても、開花するのは10月上旬の約10日間。また、1日でしおれるような花の場合、アサガオなら朝一斉に、ツキミソウならタ方一斉に咲くという具合に、時刻まで合わせてくる。「時計盤状にしつらえた花時計ってあるでしょう。あれは本来、開花時刻の異なる草花を、その早い順に並べて時間を知るようにしたもので、時計の針は必要ないんですよ。植物は季節や時間を知って、花を咲かせているのです」(田中氏)
植物は、太陽による温度変化、明るさ・暗さを刺激にして、時を計っているそうだ。田中氏はこう解説する。「朝の気温の上昇や光に反応するものがある一方で、咲く直前の環境にはいっさい反応しないグループもあります。その筆頭がアサガオで、日没後、約10時間経過したのを合図に咲くのです。光を感知するのはフィトクロムという色素ですが、時の長さを計れるのは、動物と同じく、いわゆる体内時計があるためと考えられています」

植物は、ビタミンCやEのほかにも強力な抗酸化物質を備えている。その1つがアントシアニン(ポリフェノールの一種)で、これは赤い花、青い花の色素。花の色がきれいな理由は、花粉を運んでもらう虫を引き寄せるためだけでなく、花のなかで生まれる子どもを紫外線の害から守るためでもある。

仲間とのつながりを大切にしてこその、"実り"

植物は気まぐれにではなく、外部環境を感知し、ちゃんと目的を持って「一花咲かせている」。しかも、自分の仲間が一緒の月日、一緒の時間に花を咲かせてこそ初めて花粉のやりとりができ、豊かな実りを得られることを知っているのである。「それも、棲み分けながらね。前述の花時計からもわかるように、植物はほかの花とは少しずつ開花時期や時間を変えている。また、差別化するために、色や匂いなどといった特有の魅力を高める努力をしています。生存競争をしつつも横並びの無駄な競争は避けるという、実に賢い生き方をしているのです」(田中氏)実り、つまり"成果"を確実にあげるには仲間とのつながりが大切だということだ。そして、その豊かさは、いたずらな競争からではなく、自分が生きる場所で、ともにある仲間と支え合ってこそ得られることを、植物は教えてくれている。

Text=内田丘子(TANK) Photo=和久六蔵 Illustration=寺嶋智教

田中修氏
甲南大学特別客員教授/名誉教授。
Tanaka Osamu 米・スミソニアン研究所博士研究員、甲南大学理工学部教授などを経て現職。数多くの著書、講演会NHKラジオ番組「夏休み子ども科学電話相談」などを通じて、植物の世界を親しみやすく解説。近著に「ありがたい植物」(幻冬舎新書)がある。