人事のジレンマ目標管理制度 継続 × 廃止

会社業績に直結する目標に社員が自主的に取り組む仕組みとして、多くの企業が導入している目標管理制度(MBO)。しかし近年米国を皮切りに、「事業スピードに合わない」「イノベーションにつながらない」などの理由で廃止する企業も出てきている。もはやMBOは時代遅れなのか。適切なカスタマイズでMBOのメリットを引き出しているヤフーの本間浩輔氏と、グローバルの潮流に詳しい山本紳也氏との対談から、今後の評価制度のあり方を考える。

山本:ヤフーでは2012年に経営体制の刷新に伴い、人事制度も改定されました。まずは、その経緯を教えてください。

本間:従来は教科書通りのMBOを導入していました。四半期に1度評価を実施する、緻密に設計されたよくできた制度でしたが、弊害も生まれました。
たとえば、いつしか点取りゲームのようになり、部門の共有目標や通常業務まで、いくつも目標に掲げるようになる。また、目標設定が曖昧では期末の評価もうまくいきません。平均値から大きく逸脱すると、マネジャーには説明責任が発生する。そのため、100点を平均とすると、そのプラスマイナス5点前後に中心化しようという意識が働きます。
さらに、この仕組みを回すには手間がかかり、四半期ごとにマネジャーも人事も2〜3週間は業務が止まる。何よりの問題は、「目標として設定していないことはやらない」という言い訳が頻発したことでした。

山本:2012年の改定のポイントは?

本間:本当に価値ある仕事だけに集中できるよう、3つ程度のフォーカス目標に絞り込みました。また、負担軽減のため評価期間を3カ月から6カ月に変更。そのかわり、毎週1on1ミーティングを取り入れて、上司と部下との対話のなかで目標もフレキシブルに見直す形に変えました。毎週コミュニケーションを重ねていけば、最終評価も自動的に出てくるだろうという発想です。

山本:変革の手応えはどうですか。現時点での課題は感じていますか。

本間:うまくいっているところと、いっていないところがあるのは事実。評価制度で言えば、これは制度の問題ではなく、最終的には現場のマネジャーの「人事力」によるところが大きい気がします。マネジャーが適切な目標設定をし、評価期間中も一人ひとりをきちんと観察し続け、最後の評価で本人の納得性の高いフィードバックができれば、間違いなくうまく回ります。制度で縛ればコントロールはしやすいのですが、自由度を高めると、マネジャーの力量によってバラつきが生まれるのはジレンマですね。

山本:MBOを廃止した欧米企業も、現場での密な対話を重ねる方向に動いています。その点で、MBOをコミュニケーションツールとして活用するのは、1つの解だと思います。

目標管理は「評価制度」ではない

山本:ただ、日本と欧米とでは、そもそも前提条件が異なります。欧米の多くの企業ではマネジャーが全面的にP/L責任を負い、自分の首がかかっているからこそ、人材の採用、育成にも必死に取り組みます。
他方、日本企業ではその権限が現場に与えられていない。会社主導でローテーションを行いますから、マネジャーが「こんな人材を押し付けられて利益を出せるわけがない」と言いたくなるのも当然です。

本間:確かにそうですね。

山本:提唱したドラッカーも評価や人材育成に言及していますが、本来のMBO、Management By Objectiveとは、ビジネスを回すマネジメントの仕組みであって、制度ではありません。権限と責任を与えられたマネジャーが、自らの業績を上げるための手法なのです。にもかかわらず、日本では単なる評価制度と受け止められている。

本間:MBOの趣旨は、皆が同じほうを向いて、チームと自分のために頑張れるかだと思います。当社は「才能と情熱を解き放つ」というスローガンを掲げていますが、ここに共感する一人ひとりが、それを体現するために個の力を発揮し、上司も常にきめ細かくサポートしていく状態こそ理想です。

山本:その実現のために、現場に権限を委譲できるのか。従来日本企業は、個の力ではなく組織力で勝ってきました。今後も単に組織目標を個人に振り分けるだけのMBOの仕組みで、組織で戦う選択肢もあるけれど、果たしてそれで世界で勝てるのか。経営の意思として、あらためて考える必要があるでしょう。

報酬決定の場ではなく人材育成のための評価を

山本:もう1つの問題は、日本では評価が報酬を決める場になっていることです。MBOをやめるとなると、では報酬はどう決めるのかという話になる。欧米では、報酬は役割に基づいて決定されており、ポジションが上がれば報酬も上がります。ボーナスは利益の配分ですから、X事業部のA評価の人と、Y事業部のB評価の人のインセンティブが逆転することもあります。
全社一律の報酬の基準があるわけではないので、評価は、その人のパフォーマンスとコンピテンシーを見る場です。過去のパフォーマンスはどうだったのかを確認し、未来に向けてどんなコンピテンシーをどう伸ばしていくかを考える。特に環境変化の激しい時代には、過去に優れた実績を挙げた人が今後も優秀とは限りません。昇進にあたっては、ポテンシャルも含めてこのポジションを任せられるのか、純粋に人材育成につながる議論をすることができます。
新卒一括採用でローテーションのある日本企業では、こうはいきません。別の事業部に異動して報酬が下がったら、会社としても合理的な説明はできませんから。

本間:適切な給与原資の配分の問題と人材育成の問題とがないまぜになっていますよね。ただ、当社のケースでは、評価と報酬を紐づけるメリットも感じています。新制度では、バリュー評価とプロフィット評価とを明確化し、ヤフーバリューの発揮度を重視しています。特に5000人に増えた従業員に、アクセル全開で同じ方向に走ってもらうための「爆速」というバリューはとても浸透しました。不完全でもいいから速さを求められるとなると、全社がそれで回っていく。クレドを作ってお題目だけで終わってしまう例も世の中にはたくさんありますが、バリューを体現することが報酬に結びつくというメッセージは極めて有効。それによって変革が加速したと実感しています。

山本:昇進・昇格はどのように判断されていますか。

本間:現在のハイパフォーマーが未来のリーダーになるとは限らないのはおっしゃる通りです。私もそこは切り分けて考えたいのですが、今の仕組みでは、放っておくと過去の評価の積み上げで決められてしまいます。そのため、個々の社員の上長と関係者を集めた人財開発会議や評価会議の場で、ポテンシャルも含めた判断を促すよう人事がファシリテーションしています。

経営的視点を持ってベストな仕組みを構築する

山本:正直、私自身も日本企業が今後どうすべきかの明快な答えを見出せていません。でも、MBOの継続か廃止かという問いについては、人事制度を超えた経営としての判断が求められます。おそらくビジネスで成功することと人を育てることは簡単にはリンクしない。MBOを入れれば両立できるという幻想から、まず脱却すべきです。

本間:その点で、自省もこめて人事部にも警鐘を鳴らしたい。「米国の大手企業でMBOをやめるらしいよ」という事例に惑わされる前に、自社の風土や環境や戦略を踏まえて、自分たちはどうするべきかを自ら考えて行動に移すべきだと思います。
たとえば、ローテーションの話がありましたが、総合力で勝負しているヤフーでは、ローテーションによって幅広い経験を積むことが人材の成長につながっている側面もある。MBOの課題はたくさんあるし、今後も改善は必要ですが、我々にとって現状でベストだと思うのが今の仕組みなのです。

山本:人事は、経営のビジネスパートナーなのですから、もっと経営的視野を持ってほしい。そうでない限り、この問題に決着はつかないような気がします。

本間:この対談で、あらためて何のための、誰のための評価なのかを考え抜く必要を痛感しました。当社にはエンジニアが多いのですが、廃れたコンピュータ言語を駆使して目先の売上を上げることと、新しい言語を学ぶことのどちらが将来的な会社の発展に寄与するのか、よく考えないといけないですね。
また、上司と部下の日常的なコミュニケーションによって一人ひとりの成長を支援し、それが企業の成長につながっていく。そんなエコシステムを作り上げていくことが大切だと考えています。

山本:どんなにきれいごとを言っても、そのミッションを貫き、社会に存続していくためには、会社は利益を出し続けなくてはならない。本間さんがおっしゃっているようなエコシステムをどう作り上げるのか、人事の知恵の絞りどころだと思います。

本間:それこそが戦略人事ですよね。育成に1億円のコストをかけても、メンバーの能力が上がって、彼らが10億円を稼ぎ出してくれればいいのですから。

山本:人事には、ぜひそうした発想を持ってほしい。そして、プロフェッショナルとしての専門的な知見を活かし、「うちのエコシステムはこうあるべきだ」と自信を持って経営陣に進言してほしいですね。

Text=瀬戸友子 Photo=平山諭