【座談会】中途採用者を活かせる組織、活かせない組織
深刻化する人手不足を背景に、中途採用を拡大しようとする動きが盛んになる一方、「転職希望者の約87%は1年以内に転職できていない」という現状がある(リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」。1年とは2020年から21年)。
こうした事態がなぜ起きているかといえば、求職者と企業との間に深刻なミスマッチが生じているからではないか。今後、企業における中途採用の重要性はますます高まっていくと思われ、このような事態は一刻も早く解消したいものだ。
ここではそのためのヒントを提示したい。具体的には中途採用に力を入れ始めた企業、官庁、それぞれの組織の採用責任者にお越しいただき、中途採用強化のきっかけから、それに伴うプロセスと苦労の克服、そして成果、さらには今後の転職市場への期待までを語ってもらった。
組織多様化の鍵を握るスペシャリストの採用
橋本:中途採用に力を入れ始めたきっかけを教えてください。
長山:経済産業省が中途採用に踏み切ったのは2003年です。ただし、人数が増えているのはこの5年くらいです。その背景には組織の多様性を重視し、質の高い施策を生み出していきたいという狙いがあります。加えて、人材の流動性が高まる中で、組織外でファーストキャリアを積んだ若手・中堅層の流入を強化したいという意図もあります。
大橋:NECは2万人ほどの社員を抱えていますが、中途採用が年間30名ほどしかいない時代が長く続き、結果として、非常に同質性の高い組織になっていました。ところが2008年のリーマンショック後に経営が危機的状況を迎え、経営陣が週末に合宿と称して集まり、全員で脱却策を話し合いました。そこで判明したのが、経営陣がお互いを知らな過ぎるということでした。自分たちがいかにタコツボ状態で仕事をしてきたかを実感し、根本的な変革が必要であることに気づいたのです。それが2012年のことです。その後事業ポートフォリオを組み替え、経営改革を進めてきたのですが、中期経営計画を期中に撤回するという事態が起きました。それが2017年のことです。筆頭課題として挙がったのが実行力の不足、スペシャリスト不足です。そこで中途採用という手段で足りないスペシャリストを補うことを決めたのが翌2018年のことで、2020年には新卒採用と中途採用の比率を毎年同数にすることを打ち出しました。
橋本:現場の人たちは同じような危機感を持っていたのでしょうか。
大橋:残業が多く、人手不足だという危機感はありましたが、タコツボ状態にあるとまでは感じていなかったでしょう。われわれは中途採用を増やす一方で、「強い個人、強いチームをつくる」ことを目指し人事制度改革を進めてきました。その中で一人ひとりが自分のキャリアをきちんと考えられるように価値観を改めるカルチャー変革を進めています。このために、各社員のキャリア相談に乗るNECライフキャリアという会社を2020年に立ち上げました。さらにこの4月から、要員計画から採用、評価、育成、昇格、そして退職という一連の人材フローの仕組みをジョブ型で行う「ジョブ型エコシステム」を運用しています。
橋本:それだけ大きな改革を行った結果、社内は変わりましたか。
大橋:これまでと違って中途採用の人と一緒に働くことが当たり前になりましたから、自らのキャリアを自ら考え、転職という選択肢を現実のものとして考える社員が増えました。かといって、退職率が増えたわけでもありません。
孫:社内でのキャリア意識を高めるという全社的な試みなんですね。
大橋:はい。グループ会社もあり、グローバル展開もしているので、まずは本社から始め、子会社や関連会社に波及させています。巨大組織を動かすには大きな力が必要です。
中途採用の強化を通じて組織を変革する
橋本:巨大組織ということでは、官庁もそうですね。経済産業省では中途採用に力を入れる以前の雰囲気と実際に取り組んだ後の変化はどうでしょうか。
長山:官庁も、新卒中心の生え抜きカルチャーになりがちです。ところが管理職やその下で実質的にマネジメントを担っている総括補佐と呼ばれる層が大きな危機感を抱いていました。日本全体で人材の流動性が高まる中、部下が働き方やキャリアといった面で不安を抱えていることに直面する一方、目の前の政策課題が減るわけでもなくかつプロセスも多く複雑という状況で、「このままでは現場が持たない」という意識を強く持っていました。そこで、2017年には、残業時間の削減や仕事の見える化などを進める「METI(注:経済産業省の英文略称)トランスフォーメーション」という働き方改革プロジェクトを立ち上げています。さらに、総括補佐の筆頭が集まる委員会がまとめた人材戦略にて、2030年に採用全体の30%を中途採用で占めるようにする戦略的目標も立てました。
この文脈の中で昨年からは組織改革を進めています。これまでより強力に事務次官以下の幹部層がしっかりとコミットしています。これまでに、事務次官をはじめとする省の経営幹部が職員全体に直接語り、組織のあるべき姿を議論する機会を多数、集中的に実施しました。現場からしてみれば雲の上の存在である事務次官が直接話しかけることで、「省のトップがこんな話をしてくれるんだ」と、現場からは高評価を受けています。ミッション、ビジョン、バリューも定め、中でも中途採用を含め、多様性の重視をしっかりと位置付けています。
橋本:NECも経済産業省も中途採用というより組織変革がテーマなんですね。
大橋:そうですね。2020年から社員とトップの直接対話を始めたところ、社員からは「社長が動いている」と。経営陣も「社員と経営の距離がそんなに遠かったんだ」と驚いていました。
孫:入社時からトップになるまで、キャリアは実はつながっているという事実が現場には見えにくく、そこを見えるようにするのも、キャリア観を育むのにいいのかもしれません。
大橋:私たちは組織改革のために中途採用に力を入れているわけで、採用単体の話をしてもあまり意味がない。ビジネス環境の変化を前提に、人材登用のあり方が変わり、それを形にするために採用を変えると。この順番は不動です。
社内のハレーションや対立を乗り越えるために
橋本:なるほど。中途採用が増えることによって、現場で混乱や戸惑いは生じましたか。
長山:現場、そして組織全体として、「暗黙知」の共有などが不十分だったり、仕事上の困りごとに対する理解が足りなかった面はあると思います。経済産業省は実は他省庁や企業からの出向者が多く、外から来た人を迎え入れる土壌はあるはずなのですが、課題として改めて見えてきました。今はそこを改めるべく、新たに入った方が組織に早く馴染んでもらえるような手引集や研修プログラムを作ったり、中途採用者や出向者向けの交流会を年複数回開催したりして対応しています。そもそも、中途採用向けのホームページが「イケていない」という声が省内にあったので、それも刷新しました。こうした一連の試みが、この5月に政府が政府内の取り組みを表彰する「ワークスタイル変革取組アワード2024」人材開発部門で優秀賞をいただき、人事関係では最優秀含めて3冠に輝きました。
孫:課題に対していち早く手を打っているんですね。異質な人たちをどう受け入れるかという点についてNECではいかがでしょうか。
大橋:中途採用者が組織に大量に入ったことで、社内にハレーションが起きました。本人は入ったはいいが、何をしたらいいのかわからない。前任者からの引き継ぎや、その人が組織に馴染むようにサポートすることができておらず、結果、早期退職してしまう人がたくさん出ました。それがだんだん変わり始め、現場が早期退職者を出してしまった原因は自分たちのケア不足にあったと認識するようになりました。今ではオンボーディングの手引集もありますし、会社のことや進めている変革のこと、配属先の事業部などを紹介するオリエンテーションも整備しました。入社後、それぞれ、1週間、1カ月、3カ月時点でやるべきことを明記したチェックシートも作りました。
ところが新たなトラブルが発生しました。中途採用者は、新卒で入り、こつこつと積み上げてきた自分たちより給料が高く、「不公平だ」という声が既存社員から出始めたのです。一方の中途採用者は「こんなことも旧態依然のままなのか」と、キャリアVS.プロパーという対立関係ができてしまった。その結果、また早期退職が起きてしまいました。そんなことを繰り返しながら、中途採用者のケアをさらに手厚くするべく、入社後、3カ月後、8カ月後の時点でアンケートを採って、そこでアラートが出た人とその現場に生じた課題を一つひとつ探ることを繰り返しています。答えはないですが、こうした“揺らぎ”がすごく大事ではないかと思っています。
採用より幅広い概念 タレント・アクイジション
橋本:長山さんにも同じようなお話を伺いたいのですが。中途採用者向けに施策を整えることは、人事に大きな負担がかかってくるお話だと思います。
長山:「入った場で頑張れ」「自分で育て」という数年経ったら育っていくみたいな文化が経済産業省にもありましたが、今はそういう時代ではありません。そこで、管理職の育成も強化しており、毎週金曜日に勉強会をここ1年ずっと開催しています。そこで改めて強調されているのは、「部下育成はあなたの仕事です」ということ。私のような中途採用に特化した担当を据えたのは経済産業省の中で初めてで、同時に管理職の研修や支援策も担当しています。これが意図するところは、中途採用の拡充と採用した人の定着という両面を強化しようというものです。
孫:大橋さんの名刺の肩書にもタレント・アクイジションとありますね。
大橋:タレント・アクイジションとは採用より広い概念です。事業を理解し、その事業に必要な人材を定義し、その定義にふさわしい人材が市場のどこにいるのかを探り、魅力づけをして自社をアピールし、応募してもらう。その活動全体を指します。しかも、採用した人が事業に入っていくと、自社の人材ポートフォリオが変わります。次も同じようなタイプの人が欲しいのか、別の経験や能力を持った人が必要なのか。そのときの状況を見極めてサイクルを回していくことがすごく大事なことだと思います。
橋本:NECも経済産業省も知名度が高く応募者も多いと思います。実際、期待するような人材が応募してきていますか。
大橋:数が確保できないという悩みはないですね。ただ、母集団が大きければ大きいだけ、必要なオペレーションが増えるので、単純にいいことだとは思いません。応募者側からしても、選考書類の項目を埋めるだけで結構な時間がかかっているはずです。理想は募集数1に対し、応募数1の採用です。応募数が多すぎるのは欲しい人材像が的確に伝わっていないからです。そこは大いに反省したい。
長山:当省も応募者が多い点は共通しています。一方で、われわれも応募者数に対する採用者の割合は高めていかなければなりません。今年は採用のオペレーションを高度化するための事業を立ち上げる予定です。
大橋:職員つながりの採用もあるんですか。
長山:ありますが、あまり知られていません。つながりからの採用を進めるためのQ&Aなどが整っていませんので、よりオープンな仕組みを構築していきます。
橋本:採用強化にあたって、最初は選考者の選考スキルも十分ではなかったと思います。それをどのように克服していったのでしょうか。
大橋:新卒採用をしているので、選考に参加するほとんどの社員が面接を経験していますが、新卒の面接と違う点はあります。われわれが強調しているのは、選ぶというより選ばれることを重視してください、ということです。面接はテクニックではなく、対話です。面接がうまくいかないのは対話が成立しないからです。
最終的には、候補者が自分を受け入れてもらえた、進みたい道がNEC にあることが理解できる点が決め手になります。その対話力を高めるポイントを記した面接官トレーニング資料を作り、全社に公開しています。
長山:官庁は人事異動が多いのですが、それに比して、人事面談等のノウハウが蓄積されにくい傾向があります。そこで、社外から採用に精通したアドバイザーに来てもらい、面接の設計から面接官のトレーニングまでを担ってもらっています。
孫:自前でやるのは難しいでしょうか。
長山:人事のプロフェッショナルの重要性は増していると思いますが、労働市場が目まぐるしく変わる変化の激しいこの時代に、全てを自前でそろえることは難しいですね。だからこそ、外部のプロの力を借りることも欠かせません。
事業の伸長と心理的安全性の向上 中途採用者が増えるメリット
橋本:今度は中途採用の成果についてお聞きします。中途採用を増やすことで、意図していたように組織が変わった実感などはありますか。
長山:今まで当たり前に思っていたことがそうではなかったとか、暗黙知が言語化されるようになったとか、組織のあり方や仕事のやり方が変わってきたという実感があります。組織の中に第一線のスペシャリストがいると政策立案を高度化させることもでき、実際に半導体企業の大規模誘致への貢献など実績も出ています。何を聞かれてもきちんと答えられるので、省内の幹部に対してはもちろん、外部に対しても説得力があり、大きな信頼感を醸成することもできます。
大橋:うちではスペシャリストが加わることで、事業が大きく伸長しました。ゼロから立ち上げたコンサルティング事業の主力となったのが中途入社の社員でした。全体の成果としては、自分のキャリアは自分で考えるという意識が浸透したこと、長らく活性化していなかった社内公募制度の利用者が増えたことが挙げられます。NECでキャリアを充実させようと思う人たちが入ることで、既存の社員が自分の仕事の価値に気づき、エンカレッジされました。流動性が高まることをネガティブに捉えていた社員も減り、社内が柔軟になりました。ジョブ型を入れる際にも、3年ほど早くわれわれが中途採用を強化していたので、「中途採用も多いから、そっちに切り替わらないといけないね」という声が聞こえてきたのはすごくうれしかったです。
孫:現場も変化したということですね。長山さんの現場も変化していますか。
長山:中途採用者がいるということで、出向者の心理的安全性が高まり、声を上げやすくなっていることがあります。組織の総合力が高まっていると感じています。
メディアと組織は的確な情報発信を
孫:最後に、転職市場がこうなればいいというイメージや転職希望者へのメッセージがあれば、ぜひお願いします。
長山:メディアが転職の実情をもっと伝えてほしいですね。転職すると、給料が下がったり、低い評価しかもらえなかったりといった不安要素ばかりが語られているように思えるので、そのイメージを払拭してもらいたいです。特にうまく伝わっていないと感じているのが、われわれ霞が関の働き方やキャリアです。大手メディアほど辛口ですが、一面を切り取っただけの情報が多いと感じています。
大橋:日本は転職市場のプレイヤーが多すぎるんです。特に転職時にエージェントがこれだけ使われる国は日本だけです。海外では企業への直接応募が基本です。これには日本人自身が自分をアピールするのを苦手としているという事情もあります。一方で希望もあって、直接応募は増えていますし、企業が直接スカウトする動きやお互いがフランクに話し合うカジュアル面談も広がっています。転職を考える場合、希望する企業のホームページをまずは熟読することをお勧めします。編集や加工された情報にだまされないように、企業が発信する一次情報を大切にしてほしい。多くの企業が直接情報発信を行えば、中途採用もさらに
活性化するのではないかと思います。
橋本:企業の立場では、「きちんと情報を発信してください」というメッセージですね。ありがとうございます。