2019年に合計特殊出生率が2.95まで回復し、少子高齢化時代における「奇跡のまち」として注目を集めた岡山県の奈義町。2023年2月19日には当時の首相であった岸田文雄氏が訪問し「こども政策対話」を開いたことでも話題となった。国が最重要テーマと位置付ける少子化問題の対応策を求め、人口約5,500人(2024年12月時点)の小さな町を訪れる全国自治体関係者の視察は今も絶えない。その後の奈義町における最新の出生率や新たな課題と取り組みを知ることで地方における少子化・人口減の現状を読み解き、未来へのヒントを得るため、奈義町役場 情報企画課 参事 小坂昌平氏にお話をお聞きした。
奈義町役場 情報企画課 参事
小坂昌平氏
合計特殊出生率2.95から2.21へ減少。「奇跡のまち」奈義町の今
ニュースなどでもしばしば紹介されることがある「なぎチャイルドホーム」。奈義町における少子化対策の象徴的な施設だ。建屋に足を踏み入れると、楽しく遊ぶ子どもたちの声が聞こえ、その傍らで談笑している母親たちの姿が目に入る。建物の中心にある「つどいの広場」には子育てアドバイザーが配置され、乳幼児とその親が集って相談したり意見交換したりすることができる。一時預かりの子育てサポート、保護者当番制の自主保育なども行われている。特徴的なのは住民参加型の運営で、子育て中の母親や子育てが一段落したスタッフ、高齢者も携わっていることだ。
子育て等支援施設「なぎチャイルドホーム」
奈義町では少子化や人口減に歯止めをかけるため、「なぎチャイルドホーム」の運営をはじめさまざまな施策を実施してきた。具体的には、
・乳幼児・児童生徒の医療費無償化
・法定外ワクチン接種補助
・出産祝金一律10万円交付
・特定不妊治療を受けた夫婦への一部費用助成
・月額1万5,000円の在宅育児支援
・こども園・小学校・中学校の給食費無償化
・小中学校の教育教材費の無償化
・高校生への就学支援として年額24万円を3年間支給
などである。手厚い支援施策、そして住民参加型の運営が効果を発揮し、2019年には合計特殊出生率が2.95にまで達した。当時の全国平均の合計特殊出生率が1.39だったことを考えると驚異的な数字であり、「奇跡のまち」と賞賛される所以である。
しかし、現在のところ奈義町の出生率は減少傾向にあるという。
「ここ最近の数値ですと2020年が2.21、2021年が2.68、町試算値の2022年も2.21で、おそらく2024年の今はもっと下がっているでしょう」と奈義町役場情報企画課の小坂昌平氏は語る。その理由について同氏はこう説明する。
「2019年の令和元年に2.95が出たのは、平成の末ぐらいに実施していた住宅政策の影響が大きかったと思います。奈義町は民間の賃貸住宅が少ないので、全部で80戸ほどの町営賃貸住宅を整備しました。おかげさまで若い世代のご夫婦に入居いただき、多くのご家庭で出産がありました。その効果が2.95という数字に結びついたのでしょう。出産された皆さんは引き続き入居されている方も多く、出生数自体は今は落ち着いています」
子育て世代の定住を目的に建築された若者住宅「グリーンビレッジ」
新しい町営賃貸住宅を用意することはできないのだろうか。「町有地にも遊休地がありますので、新しく町営賃貸住宅を建てれば今の移住ニーズに応えることができるのですが、物件の管理がネックになっています。経年劣化による更新や除却等の将来的な財政負担も懸念されます。例えば民間に全部委託できれば一番良いのですが、そのなり手がいないため、結局のところ職員が入居手続きの対応から家賃徴収まで全部を担っています。正直もうこれ以上増やしても、手一杯というのが現状なのです」と最終的には、やはり働き手不足の問題に行き着く。
地方行政の人員にも限界。全員参加の人的ネットワークで子育てを実施
2023年1月の年頭会見で、当時の岸田首相は「異次元」という言葉を使って、従来とは異なるレベルで少子化対策を進める意向を示した。いわゆる「異次元の少子化対策」だ。異次元とは何か? 一つには年間3兆6,000億円という予算規模。もう一つはスピード感である。政府は2030年までが少子化傾向を反転できる最後のチャンスと捉え、スピード重視の「加速化プラン」を打ち出した。施策の前倒しを決定し、今後3年間で取り組む政策をまとめたもので、「出産育児一時金の引き上げ」や「児童手当の拡充」、全ての子育て世帯を対象とした「保育の拡充」などが盛り込まれている。そして、この年頭会見後の2月19日に、岸田元首相は奈義町を視察している。
少子化問題に対して地方から国に期待することは何があるだろうか。
小坂氏は「財政的な対策として、自治体の規模に合わせて、自治体が独自に実施している移住支援や出産祝金等の個人給付も一定額支援するような措置があってもいいかなと思います。また、地方において子どもを安心して産み育てる環境が整っていますが、未婚率は都市部と同様に上昇しています。結婚の意義や楽しさ、学生のときからライフデザインを描く重要性等、日本全体の意識啓発や機運醸成を推進してほしいです。これまで、国の交付金を活用して全国の自治体が地方創生に取り組んできましたが、奈義町を含め地方の過疎化は依然進行しているのが現実です。隣同士の自治体で人口をとり合っても地方の活性化にはつながりません。やはり東京一極集中を是正し、地方への大きな人の流れをつくるのは、自治体単体でできる事業では難しいと思います」もちろん、地方だからこそ実現できることもあるという。

四季折々の美しい自然に恵まれた奈義町
「東京の場合、経済面や環境面で子どもを産み育てるのは大変ですが、地方は比較的その壁が低いという実態があります。住民にアンケートをとっても、本当は子どもは1人のつもりだったけれど、チャイルドホームに通って『もう1人いてもいいかな』と思うようになり、実際に産みましたというケースが多い。奈義町では、子育て世帯の85%が2人以上の子どもを出産して、48%は3人以上子どもを産んでいます。行政として多く子どもを産んでくださいと推奨しているわけではなく、あくまで子どもを産みたいという希望を後押しできる環境づくりに注力しているだけですが、自然とそういう流れができます」
若子育て世代が自然に交流できる環境が整う奈義町
子育て中のママや子育てを応援する町民が子どもを一次預かりする制度「すまいる」
なぜ地方だと子どもを産みやすいと感じるのだろうか。小坂氏によると地域コミュニティが果たす役割が大きいという。子育て世帯が地域のコミュニティに入り、ネットワークを形成して、そこで色々な意見交換をして情報共有することが安心感を醸成する。小坂氏が具体例として挙げたのは、奈義町の「愛育委員」というボランティアの存在だ。愛育委員は地域の保健活動や母子保健などに関して行政をサポートする役割を担う。担当地域に子どもが生まれた際によだれかけやお尻拭きなどのプレゼントを届けに行き、大いに喜ばれ、頼りにされるという。効率的ではないかもしれないが、親たちにとってその地域とつながるという安心感をもたらしていることは想像するに難くない。町役場の人員にも予算にも限界がある。地域全体でお互いが助け合いながら子育てできることが地方の強みであり、奈義町はその特性を最大限に活用していると言えるだろう。
子どもを産みやすく、子育てしやすい地方ならではの特性をどう活かすかが少子化対策の鍵を握る。小坂氏は「だからこそ、国にはまず地方に人の流れをつくる対策を考えてほしい」と訴えた。
地方でも生きた英語教育が受けられる……外国人教師の力を借りて、新たな「奇跡」を目指す
2024年12月、全国紙にALTの増員に関する奈義町の新たな試みが紹介された。
ALT(エーエルティー)とは、Assistant Language Teacherの略で、「外国語指導助手」「英語指導補助」のことを指す。子どもたちにとっては「英語の先生で外国の人」というイメージだろう。現在、奈義町には12人のALTが配属されている。そのうち、奈義小学校は1学年あたり1人、計6人。奈義中学校でも1学年1人の3人を擁している。さらに特筆すべきは0歳児から5歳児までが通うこども園にもALTが配置されている点にある。一般的な公立校では小学校3年生からようやく週1時間の英語教育が始まるのに対して、奈義町ではこども園の3年間と小学校1~2年生時までに200時間以上、生きた英語に接することになる。
こども園の3~5歳児に対して3人のALTが付いて英語を教える
文部科学省によると、2023年度のALTの全国平均配置割合は公立小学校で1,000人あたり2.9人、中学校で2.7人。対する奈義町では12人のALTが配属されたことで、小学校は48人に1人、中学校46人に1人、こども園では44人に1人の割合で生徒たちに接することになる。1,000人あたりに換算すると20人超えとなり、全国平均を大きく上回る。奈義町が英語教育に注力する理由について小坂氏に聞いた。
「子育て支援に関して言えば、もうどこの自治体も頑張っているので、正直、広報上の差別化にならなくなっているのが現状です。奈義町が提供している経済的支援も突出しているわけではありません。今後は子育て支援だけではなく、魅力ある教育の推進というのも、地域の価値創出において必要になると考えました。田舎の町でも英語の教育、最先端の英語教育が受けられるという魅力をプラスアルファしていくために、教育にも力を入れているところです」
働き手不足に苦しむ地方行政において、外国人を活用するアイデアは有効だ。さらに、将来的に英語教育を通じた国際人を養成できることが同町で子育てする魅力につながるだろう。一石二鳥の施策に全国の市町村からの注目度はさらに高まっている。
執筆:矢野 達人