障害者の戦力化でつまずきがちな5つの疑問
障害者雇用に関心はあるものの、
「どのような仕事を任せればいいのか?」
「配属先の上司や同僚に負担がかかるのではないか?」
といった不安や迷いを抱く事業主は少なくありません。
実際には、こうした不安は思い込みや誤解に基づいていることがあり、現場での工夫や障害者の働きぶりに触れることで、「障害者とともに働くことができそうだ」と前向きに捉えられるようになるケースがあります。
既に障害者を雇用している事業主でも、適切な業務付与や支援が行えていない場合があります。
労働力人口が減少するなか、省人化やDXで補うにも限界があります。障害者もまた、労働の重要な担い手であり、事業主の工夫次第でこれまで難しいと思われていた業務にも活躍の場を広げることができます。
本コンテンツでは、障害者の力を引き出すうえで立ちはだかる5つの疑問を紹介するとともに、先行する事業主の取り組み事例を紹介します。障害者雇用を前向きに進めるためのヒントになれば幸いです。
疑問1 障害者のために新たな業務を作り出さなければならない?
取り組みの実態
「障害者には既存の業務を任せられない」という思い込みから、必要性の低い仕事を新たに用意してしまうことがあります。しかし、これは障害者にとっても、職場にとっても有益ではありません。
実際には、人手不足で忙しい職場ほど、障害者に任せることができる業務は多く存在します。
たとえば、物流や製造の現場では業務の自動化・標準化が進んでおり、人にしか担えない業務をスポットワーカーなどの未経験者が正確に行えるように設計された業務が多数あります。こうした現場では、障害のある人も即戦力として活躍する事例が多く見られます。
有効なのは、既存の業務を「3つに分ける」方法です。
- 資格や専門的スキルを保有する社員にしかできない業務
- 教育すればほかの人もできる業務
- 誰でもすぐにできる業務
後者の2つは、障害のある人に任せることができます。
人手不足に陥っていた水産加工工場Aでは、障害者を雇用する際に切り身職人の業務の工程を見直し、魚の下処理や異物点検といった職人の業務の一部を障害者が担当しました。その結果、職人の負担は軽減し、生産量を増やすことができ、2年後には売上げが54%増加しました。
既存の業務の工程の切り出しや担い手の見直しをすることは、障害者雇用の土台づくりであると同時に、DXや人手不足への対応策にもなります。
疑問2 障害者の業務は固定化したほうがよい?
取り組みの実態
同じ障害名であっても、得意なことや苦手なことは人によって異なります。また、固定した仕事で力を発揮する人もいれば、難しい仕事に挑戦を続けることをモチベーションに力を発揮する人もいます。
「障がい者のキャリアアップに関する調査Report」(ゼネラルパートナーズ 障がい者総合研究所、2016)では、
「現職では1つの仕事しか任されておらず、もっとできる仕事を増やしたい」(40代・女性)
「業務範囲が限定されており、仕事の広がりがない。配置転換等の見込みも薄い」(30代・男性)
といった回答を得ており、希望していても挑戦の機会がない人がいることがわかります。
障害の種類にかかわらず、本人の能力や関心、そして挑戦したいと思うタイミングの違いに応じて業務の範囲や難度を見直すことが重要です。こうした見直しが能力発揮の可能性を高め、戦力化を進めるとともに管理負荷の軽減につながります。
病院Bでは、中度の知的障害がある職員が、清掃業務からスタートし、病室のベッドメイキングや食器の洗浄・消毒などの業務を段階的に習得しました。最終的には1日の段取りを自律的に判断できるまでに成長しました。これにより、看護師が患者と向き合う時間が増え、職場全体の負担軽減にもつながりました。
事業主が成長への期待を持って接することで、業務の幅を広げられるようになるのです。
疑問3 障害の特性や配慮の仕方について、専門的な知識を持っていなければならない?
取り組みの実態
「障害について勉強しないと対応できない」と感じることが雇用のハードルになっている場合があります。もちろん、基礎的な理解は必要ですが、以下の点も考慮する必要があります。
- 必要な配慮は一人ひとり異なります。
- 金銭的な事情から、社内に障害者支援を行う専任者を配置できない事業主もいます。
- 障害がある人が活躍している職場では、特別な知識を持たない社員も日々の業務を障害者とともに遂行しています。
- 困ったときには、就労支援機関や配置型・訪問型のジョブコーチなど、外部の専門家の力を借りることができます。
小売事業者Cは、有志の社員が障害のある同僚の定着面談を行っています。面談を複数人体制で行い、メンバー同士がサポートし合うほか、希望者は自ら障害者職業生活相談員の研修を受講するなどして、徐々に障害に関する知識とスキルを身につけています。
専門的な知識がなくても、本人に苦手なことや必要な支援について聞くこと。
一緒に働くなかで、障害者一人ひとりの仕事の状況を観察しながら、よりよい働き方を一緒に考えていくことが重要です。
疑問4 精神障害のある人は勤怠が不安定だから、責任のある仕事を任せるのは避けるべき?
取り組みの実態
精神障害がある場合、体調の波によって勤怠が不安定になりやすい面もあります。 しかし、それを理由に補助的な業務のみにとどめてしまうことは、必ずしも本人や職場にとって最善とは限りません。
本人の強みを生かせる業務を任せ、周囲の期待を伝えることが自信につながり、結果として勤怠が安定するケースがあります。
本人の状況に応じた支援も重要です。
本人が自分の体調の波を理解している場合→無理のない業務配分や、負荷の高い場面を避ける工夫をします。
自己コントロールがまだ難しい場合→就労支援事業所やジョブコーチと連携し、自己理解力の向上と体調管理の徹底を促進します。
就労支援事業所Dでは、 ITプロジェクトの検品やポスターデザインといった業務に取り組む障害者が、家族や職場見学に来た人から仕事ぶりを評価されたことを通じて自信をつけ、勤怠が安定したという事例があります。
そもそも、勤怠の不安定さは精神障害に限らず、誰にでも起こり得るものです。特定の人だけが重要な情報やスキルを抱えてしまわないよう、業務の進捗共有や属人化の防止といった仕組みを整えることが重要です。
「任せられるかどうか」ではなく、「どう任せるか」を考えることが、長く安定して働ける職場づくりの第一歩です。
疑問5 職場に障害者がいると手厚いサポートが必要になり、職場の上司や同僚の大きな負担となる?
取り組みの実態
障害がある人が職場でサポートを必要とすることは確かですが、すべての社員においてケガや病気、育児や介護でサポートが必要になることがあり得ます。
むしろ、障害がある人への配慮をきっかけに、チームの連携や業務改善が進み、職場全体が働きやすくなる変化が実際に起きています。
警備会社Eでは、知的障害や双極性障害、心疾患など多様な背景を持つ警備員がチームとして働いています。現場の管理者とチーム全員がリスクを共有し、対策を練ることで誰もが安全な配置で業務を遂行できています。さらに、離職率1.8%(3年平均)、有給休暇取得率90%、経常利益率2.3%(3年平均)といったことも実現しています。
つまり、配慮が必要な人がいることで、チームの結束や業務の効率が高まり、職場全体が強くなるという好循環が生まれているのです。
おわりに
障害者雇用はCSR(企業の社会的責任)であるが、経営的なメリットはないのではないかと考える事業主もいます。しかし、業務の効率化が進み受託案件の増加や収益の向上につながった、伝え方の工夫によって社員の人材育成力が高まったなど、経営的にも多くのプラス効果が報告されています。
また、知的障害や精神障害がある人が、簡単な作業にとどまらず専門職を支える準専門的な業務を担ったりリーダー職に就くなど、多様な領域で活躍する事例が増えています。それぞれの能力や適性を生かすことで、事業主の競争力向上につながっているのです。
このコンテンツでは、障害者雇用に関わる5つの不安と、先行事例における実態を紹介しました。実態を知ることは、障害者雇用のハードルを下げるとともに、事業主にとっても働く人にとっても、よりよい環境づくりにつながるでしょう。