変化する職場と若手育成-「ゆるい職場」におけるソリューションを考える職場の「キャリア安全性」を考える

現代の職場におけるもうひとつの安全性

ハーバードビジネススクールのエイミー・C・エドモンドソン教授が体系化した「心理的安全性」は、人材が活躍しイノベーションが起こる職場の条件として広く知られている。今回の研究で、現代日本の若手においては、心理的安全性が高いだけの職場では活躍できていないことが明らかになった(前回)。そこで、現代の若手が活躍する職場における、ファクターXとも言える「職場のキャリア安全性」が存在するのではないかと提起した。この「キャリア安全性」と(暫定的に)呼んでいる要素とは何なのか、その性質を深掘りする。
まず、キャリア安全性は統計的には以下のような性質を持つ。

  1. 時間視座、市場視座、比較視座の3つの俯瞰的な視点で、“自身の現在・今後のキャリアが今の職場でどの程度持続的で安全な状態でいられると認識しているか”を示す。
  2. 「このまま所属する会社の仕事をしていても成長できないと感じる」(時間視座)、「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」(市場視座)、「学生時代の友人・知人と比べて、差をつけられているように感じる」(比較視座)の3項目の逆数を用いて把握する。
  3. 若手社員におけるワーク・エンゲージメントに対して、正の影響を有する。
  4. 若手社員における職場の心理的安全性とは負の相関関係、もしくは無相関である(※1)。

職場のキャリア安全性とは、「その職場で働き続けた場合に、自分がキャリアの選択権を保持し続けられるという認識」と言えるかもしれない。
または、今後どんな職業生活上のアクシデントが生起しても安定的に職業生活を営んでいける、という気持ちがその職場の仕事でどの程度高まるか、とも表現しうるだろう。 所属する職場が与えてくれる安全性として「心理的安全性」と同時に「キャリア安全性」が、現代日本の若手社員の活躍において重要な役割を果たしている可能性があるということだ。

キャリア安全性が影響を与えると考えられるもの ―エンゲージメント・コミットメント・離職意向

その性質について、まずはキャリア安全性が影響を与えると考えられるものを見ていこう(※2)。

例えば、自己のキャリアへの満足感や、いきいき働いている度合いをスコア化(※3)し、現在の職場でのキャリア安全性の高低ごとに整理した。キャリア安全性については上位群・中位群・下位群として分類している(※4)。なお、大手新卒入社1~3年目の若手社員におけるそれぞれの出現率は、上位19.9%、中位58.2%、下位21.9%であった。

図表1のとおり、キャリア安全性の状況は若手のキャリアの満足感やいきいき働くことにポジティブな影響を及ぼす可能性が高い。
また、図表2においてワーク・エンゲージメントについても集計しているが、同様の関係がありそうである。所属する企業・組織への共感や定着度合いを意味する、組織コミットメント(※5)に対しても、当然ながらと言うべきか、正の関係があることがわかっている(図表3)。

図表1 キャリア進捗満足といきいき働くスコア(キャリア安全性上位・中位・下位別)
キャリア進捗満足といきいき働くスコア図表2 ワーク・エンゲージメントの諸スコア(キャリア安全性上位・中位・下位別)
ワーク・エンゲージメントの諸スコア図表3 組織コミットメントスコア(キャリア安全性上位・中位・下位別)
組織コミットメントスコアそのほかにも、就労継続意識に対しても少なからず影響を与える可能性が示唆されている。図表4に、現在の会社でいつまで働き続けたいか尋ねた結果をキャリア安全性別に集計した。「すぐにでも退職したい」は、上位では6.6%であったが、中位で15.2%、下位では27.8%に達していた。「すぐにでも退職したい」と「少なくとも2・3年は働き続けたい」を足し合わせた短期的な離職意向者は、上位では26.5%に留まっているが、中位では45.3%、下位では58.9%と跳ね上がった。

心理的安全性にももちろん同様の関係性が存在するが、キャリア安全性の低さによる“不安”も離職を誘発する十分すぎるほどの効果があると考えられるだろう。

図表4 現在の会社でいつまで働き続けたいか(キャリア安全性上位・中位・下位別)(%)
現在の会社でいつまで働き続けたいかなお、キャリア安全性別に見た年収(※6)にはほとんど差がなかった。割合にして、13%の差異であり、年収水準とは関係性は乏しいと考えられる。(上位:470.8万円 中位:456.4万円 下位:460.9万円)

どんな若手がキャリア安全性の高い職場にいるか

もうひとつ、キャリア安全性が高い職場にいる若手の状態について検証しておこう(※7)。

例えば、労働時間 (※8)の長短については、上位~下位においてほとんど差が見られなかった。(上位:44.0時間 中位:43.5時間 下位:43.3時間)
意外なことに、職場における仕事の量的な多寡と、キャリア安全性は直結していない。

現在の職場を「ゆるい」と感じるか、という質問との関係では、密接な関係が見られ、下位では実に60.3%が「ゆるい」と答えている(図表5)(※9)。次に、現在の心理状況について、図表6「自分の技能や知識を仕事で使うことが少ない」という項目に対する回答では上位から下位にかけて顕著に「あてはまる」割合が増加しており、「物足りなさ」のような感情が生じていると考えられる。

図表7「不安」についても、キャリア安全性の上位~下位に著しい差が生まれていることがわかる。これは、職場のキャリア安全性が乏しいことは若手の「不安」と強く関係していることを示している。

図表5 現在の職場を「ゆるい」と感じる(キャリア安全性上位・中位・下位別)(合計・%)
現在の職場を「ゆるい」と感じる図表6 自分の技能や知識を仕事で使うことが少ない(キャリア安全性上位・中位・下位別)(%)
自分の技能や知識を仕事で使うことが少ない図表7 不安だ(キャリア安全性上位・中位・下位別)(%)
不安だ最後に、就職活動の際に重要視していた点の回答結果を確認する。入社時点での職業生活への志向と、キャリア安全性の高い職場に所属できる可能性に関係はあるのだろうか。

図表8に、就職活動時の職業生活への志向性を聞いた3項目についての結果を整理している。入社前の時点で、例えば「入った会社で専門分野をつくりたい」か「入った会社でいろいろな仕事をしたい」かについては、現在のキャリア安全性別に見てほとんど差が見られない結果となっており「専門分野をつくりたい」との回答者が4割前後となっていた。「仕事をメインに生活したい」か「プライベートを大事に生活したい」かについても、大きな差は見られず多少中位の者が「プライベートを大事に」の割合が高いが、「仕事をメイン」との回答者が4割前後となっていた。「忙しくても給料が良い仕事がしたい」についても、上位~下位において53~59%がそういう志向であったと回答しており明確な傾向差は見られない。

以上から、入社時点の本人の志向性とは独立したところで、入社後のキャリア安全性が高い職場と巡り合うかどうかが決定していると考えて良いだろう。

図表8 就職活動時の職業生活志向(キャリア安全性上位・中位・下位別)(%)
※質問項目のあとに()書きで記載した項目との比較で、質問項目に近いと回答した者の割合
就職活動時の職業生活志向

キャリア安全性の性質

ここまでを整理すると、現代日本の若手が活躍する職場における、ファクターX「職場のキャリア安全性」は、以下の性質を持つと予想される。現時点で判明したことをふまえ、本研究ではさらに解像度を高めていきたい。

図表9 キャリア安全性の想定される性質
キャリア安全性の想定される性質
古屋星斗 

(※1)前回のワーク・エンゲージメントを被説明変数として入社1~3年目の回答者を対象とする構造方程式モデリングでの検証では心理的安全性と負の相関関係を持っていた。また、同一データについて心理的安全性とキャリア安全性の単純な相関係数を調べたところ.030であった。両者はほぼ独立した関係にあると考えられる。
(※2)ここで検証する項目はすべて調査の第二時点で行ったものであり、第一時点調査の項目であるキャリア安全性に関する項目とは、少なくともコモンメソッドバイアスの問題は生じないと考えることができる。調査の詳細はこちらの脚注を参照。
(※3)いきいき働くスコアはリクルートワークス研究所(2020)の研究による「仕事は、私に活力を与えてくれる」「仕事内容に満足している」「私の仕事は、私自身をより理解するのに役立っている」等リッカート尺度・5件法で回答を得た5項目を因子分析(最尤法・プロマックス回転)した結果として得た1因子の因子得点。
キャリア進捗満足スコアはSpurk, D., Abele, A. E., & Volmer, J. (2011). The career satisfaction scale
(※4)キャリア安全性の3つの視座を5件法(強くそう思う~全くそう思わない)で聞いた設問において「強くそう思う」を1点、「全くそう思わない」を5点とし、3項目の合計を15点とした場合に、上位は11~15点、中位は7~10点、下位は3~6点とした。上位は2項目以上が「そう思わない」と答えた回答者以上の水準であり、下位は全項目を「そう思う」と回答した場合を上限とした水準で設定した。
(※5)「この会社に多くの恩義を感じる」「この会社のメンバーであることを強く意識している」「この会社の一員であることを誇りに思う」等5項目をリッカート尺度・5件法で聞いた結果を因子分析(最尤法・プロマックス回転)にて因子分析した因子得点を表示した。スコアが正に高いほうが組織コミットメントが高い。
(※6)「差し支えなければ、昨年1年間(2021年)の収入(税込みの額)を教えてください。 ※副業・兼業からの収入を含め、賞与・ボーナスも含めてください」と質問した回答の平均。無回答を除く。
(※7)ここで検証する項目は労働時間を除きすべて調査の第一時点で行ったものであり、キャリア安全性も第一時点で調査していることから、現段階では相関関係と考えて紹介する。
(※8)「現在における平均的な1週間の労働時間はどれくらいですか。 ※残業時間(サービス残業も含む)はカウントし、通勤時間、食事時間、休憩時間は除きます。※回答例:毎日9時から17時まで、休憩1時間で週5日働くと、7×5=35時間です。※複数の勤務先で仕事をしている場合は、合計の仕事時間でお答えください」と質問した回答の平均。
(※9)「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」の合計の割合。