少数精鋭の社員を「店長育成プログラム」で早期戦力化し、評価と連動

Vol.1 物語コーポレーション 前編(社員編)

2023年11月15日

横浜任(よこはま・つとむ)様執行役員 経営理念推進・D&I本部 本部長 兼 人財開発部 部長
横浜 任(よこはま・つとむ)氏

物価の高騰や人手不足を背景に、これまでになく賃金上昇の要請が高まるなか、パート・アルバイトを含めて多数の従業員を抱える外食チェーン企業はどのように人材を採用、育成しているのか。今回は『焼肉きんぐ』の快進撃で注目を浴びる物語コーポレーションの取り組みを前・後編の2回にわたり紹介する。前編では同社の人財開発を統括する横浜任氏に、おもに社員の採用、定着について聞いた。

役職手当を重視し、キャリアアップにより給与が上がる仕組みを構築

郊外を中心に全国で出店を拡大する『焼肉きんぐ』は、今、外食業界で熱視線を浴びるブランドの1つである。客が座ったままオーダーする食べ放題のスタイルを武器に、この10年で売上倍増、店舗数は2007年の1号店以降、右肩上がり。経営する物語コーポレーションは他に『丸源ラーメン』をはじめ多数の業態を展開し、総店舗数は海外・FC含めて675店舗(23年8月末)に上る。23年6月期の連結経常利益は2期連続で過去最高益を更新、来期も上回る見通しと、好調を維持している。

正社員の数は23年6月末で1,401名。パートナー(同社のパート・アルバイトの呼び名)が2万6,217名だから総数の5%程度になる。「近年は、少数精鋭で店舗運営ができるよう社員比率を下げる方向にはありますが、毎年の採用目標数は十分に達成できています」と横浜氏は語る。外食産業にあって同社がユニークなのは、早くから「理念採用」を行ってきたことで、「基本は“個人の成長を重視する”といった、当社の理念に共感していただくことが大前提です」と横浜氏。「若者の価値観が大きく変わり、物欲などより自分がどうありたいか、あるいは社会にどう貢献するか、などに重きを置く傾向が強くなっていると感じています。当社の理念や、それに基づく『ダイバーシティ&インクルージョン宣言』は、採用における差別化の1つになっていると感じています」(横浜氏)

だが最近は、大手の外食企業も理念やパーパスを打ち出すようになったため、「少し戦いにくくなった感はあります」と率直に語る。もともと理念採用といっても決して給与水準が低いわけではなく、同業他社とのバランスを見て設定してきた。そのうえで一律のベースアップよりも、個人のキャリアアップにより給与が上がる体制づくりに注力してきたが、このところはその仕組みにさらに磨きをかけており、「評価の公正性や報酬への連動性をかなり見直して高めてきましたので、個人で見ると平均以上に昇給しています」と横浜氏。3か月ごとの目標設定や評価に加え、半年ごとに加算・減算も行っている。

さらに数年前から定期昇給を廃止し、役職手当にウエイトを置くようになった。「一律で2,000~3,000円程度上がるよりも、成果を出した人が1万円上がるほうがモチベーションにつながるだろうと。成果を出している社員の役職を上げて給与を上げよう、という方針を強化しています」(横浜氏)

社員のキャリアパスは現在、店舗社員からまず店長(副店長の場合もあり)に。その先はエリアマネジャーからブロック長、あるいは本社スタッフにと選択肢が広がるが、店長を経験するのが前提である。そのため到達目標を細分化し、順調にクリアすれば18か月で店長になれるプログラムを用意している。「以前は店長になるのに平均して3年ほどかかりましたが、プログラムの定着・進化により、予定通り18か月で店長に昇格する人が増えました。もちろんそれより早い人もいます。極端に言うと、短期間で店長になれば、役職手当(店長給)がついて入社1年目でも年収500万円超えが可能。成長の証しを報酬に求める人には、大きなモチベーションになっています」(横浜氏)

役職手当の導入によりモチベーションを喚起役職手当の導入によりモチベーションを喚起

パートナーにも「役職システム」を導入し、社員とパートナーは同一労働に

労働人口の減少を背景に、この数年で店舗の運用体制は大きく変わった。一言で言うと、パートナーの「同一労働化」である。例えば『焼肉きんぐ』では、客席を回って美味しい肉の焼き方を伝授する「焼肉ポリス」というスタッフを置くなど、人による手厚いサービスが売り。きめ細かい客対応ができるよう人員は多く、オープン時には平均的な店舗で在籍スタッフの数が100名を超えるのが当たり前だった。「店舗社員の数も他社さんよりかなり多かったと思います。しかし出店ペースが速まるにつれ、社員の教育スピードが追いつかなくなりました。さらに会社が大きくなると社員の採用数もどんどん増えます。外食産業というのは必ずしも人気の高い業種ではありませんので、採用数の拡大にともない難度も上がりますし、採用計画は少数精鋭でと考えています」(横浜氏)

ブランドが浸透するまでは、店舗社員の多さが特色づくりやサービスレベルの安定につながっていた。だが「社員だからということで、パートナーと比べて店舗での業務負担がかなり大きくなっていたことも事実です」と横浜氏は振り返る。一方で、「パートという形で働く人の多くは、結婚・出産前までといった条件付きで働く場合が多いですが、優秀な人財が沢山います。最近はアルバイトの学生さんもかなり優秀です。社員じゃないからというだけで仕事が制限されるのは非常にもったいない、と思うようになりました」と語る。

そこで同社では、パートナーでも社員と同じ役職に就けるキャリアアップ制度をスタート。詳しくは後編に譲るが、これにともない仕入れや発注、備品管理など、これまで社員しかできなかった業務のほぼすべてがパートナーに開放された。ワークスケジュールを立てられるのは店長だけだが、パートナーも店長になれる。またスケジュールをシフト表に記入するのは店長でなくてもいい。「こうした業務の切り分けもあって、社員を多く配置しなければ賄えなかった業務が賄えるようになりました。パートナーさんのやりがいも高まったと感じています」(横浜氏)。現在、1店舗あたりの社員の平均配属人数は2.4人。以前の2.75人から減少した。数値的には減少はわずかだが、店舗数が多いため実数ではかなりの効率化になっている。

客席を回って美味しい肉の焼き方についてアドバイスをする「焼肉ポリス」客席を回って美味しい肉の焼き方についてアドバイスをする「焼肉ポリス」

人件費の増加を売上アップでカバー。ブラッシュアップを継続できる風土が強み

現在、『焼肉きんぐ』の1店舗あたりの総配属人員は、体制を変える前から2割ほど減少している。社員だけでなくパートナーの数も減らすことができたのは、タブレット注文やセルフレジなどの導入により業務の効率化が進んだからである。「ITの導入効果としては、教育面の負担減少が大きいです。ハンディ端末の使用方法を教える必要がなくなり、研修期間が短縮されました」と横浜氏は付け加える。

セミセルフレジの導入などにより業務を効率化セミセルフレジの導入などにより業務を効率化

だが今のところは現在の人員数が適正と言えるが、昨今の賃金上昇の気運により人件費の総額はむしろ上がっている。「諸経費の高騰もあり、私たちは昨年から今年にかけ、複数商品の値上げを行いました。その分の売上上昇と、既存店舗の売上高前年比の伸長により、人件費の比率としてはコロナ前比で低減傾向にあります」と横浜氏。

通常、値上げをすると集客は落ちるが、『焼肉きんぐ』は好調を維持。「原価が上がるなかでぎりぎりまで我慢し、一番遅いくらいのタイミングで値上げを決断したのも良かったのかもしれません。ただ、私たちは売上が落ちてきたら改装などのテコ入れをする、といった対症療法ではなく、常にブランド価値の向上を目指し、商品やサービスのクオリティを磨き続けています。そうしてお客様に選ばれ続け、オープンした年よりも3年後、5年後に最高売上を出す店舗も珍しくありません。それが、今回の値上げや人件費の上昇がダメージにならなかった最大の要因だと思います」と横浜氏。顧客満足度を向上する工夫をたゆまず続けるには、スタッフのモチベーションも大きく関与する。そこには「理念採用」や「理念に基づいた人財育成」といった要素が機能している。後編では、同社のパートナーに焦点を当てて紐解いていく。

(聞き手:坂本貴志小前和智/執筆:稲田真木子)

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