中高年社員ならではのリスキリングの探索なぜ中高年社員のリスキリングが重要か

現代社会では商品・サービスおよび業務のデジタライゼーションが加速しており、企業はその変革を推し進めるDX(デジタルトランスフォーメーション)人材やデジタル技術を活用できる人材の育成、すなわち「リスキリング」に取り組んでいる。DXは会社全体に変化を及ぼすため、多くの企業が全社員をリスキリングの対象としている。なかには、全員一律ではなく階層ごとに必要なDX教育をする企業もある。リスキリングの内容は幅広く、Microsoft Office製品などの基礎的な使い方を習得するITリテラシーから、Pythonなどの言語を学んでRPAを開発し定型業務を自動化するという新しいデジタルスキルまで、個人のスキルのレベルや職務の特性に応じた学習がある。

企業へのヒアリングでは、社員が主体的に取り組みたくなるような工夫をする一方で、自主的に参加する社員は若手に偏り、中高年層の参加率が低かった。これに問題意識を持ち、中高年社員の特徴やニーズに焦点を当ててリスキリングを促進しようとする企業は少数派である。

中高年社員にこそ、ITやDXのリテラシーを

「中高年」に確かな定義はないが、ここでは「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」に基づいて、45歳以上から定年年齢前の59歳までとする。中高年層は日本で雇用されている人の約35%を占めており(※1)、この年齢層のリスキリングをないがしろにしては、企業のDX推進のボトルネックになるだけでなく、国際社会における日本の競争力に影響を及ぼすだろう。IMD(International Institute for Management Development、国際経営開発研究所)による2022年の世界デジタル競争力ランキングで、日本は64カ国中29位(※2)と、ランキング開始以来下降し続けている。順位を下げている項目の一つは「人材(50位)」であり、日本はより多くのデジタル人材を創出する必要がある。

企業がデジタル人材の育成に取り組む際に、中高年社員のリスキリングが鍵となる。たとえば、ITエンジニアを交えた新規事業やITツール導入に関する会議で管理職が議論の中身を理解できなければ、適切なフィードバックができない、必要なリソースを割り当てられない、ということが想定される。厚生労働省の「令和3年賃金構造基本統計調査」によると、係長級の平均年齢は45.3歳、課長級は48.7歳であり、管理職の大多数が中高年である。あるいは、現場のベテラン営業社員の場合、SaaSなどの新たな技術を用いたプロダクトについての理解があいまいなまま営業をすれば、顧客はプロダクトの有効性を判断できずに購入を見送る恐れがある。また、職場で新しいツールを導入して業務の自動化を進めても、中高年社員が使いこなせなければ若手に依存することになる。若年層の人口が減少し続ける職場において、業務がその層に偏れば、人手不足感がより深刻になってしまう。

つまり、ITやデジタル技術を活用した自動化やそれによる生産性の向上、新たな製品やサービスの開拓、ビジネスモデルの転換を推進するうえでは、中高年層がIT・DXリテラシーを高めることは、企業にとって喫緊の課題なのである。

課題と強みを意識した取り組みでDXを加速させる

企業のなかで中高年社員が置かれている状況を踏まえると、若手のリスキリングよりも難度が高いと考えられる。たとえば下記4つの障壁が挙げられる。

  • これまで蓄積してきた経験から失敗を想定できるため、新たな苦労や挑戦に消極的になりやすい
  • 現在戦力として活躍しているため、学びの時間を取りにくい
  • 残された就労期間を考慮すると、学習に投資してもリターンを回収できないと企業および労働者自身が考えやすい
  • 昇進・昇格が頭打ちになった、あるいは役職定年になったことで仕事への情熱を失いやすい

一方で、中高年社員にはDXに活かせる強みもある。たとえば、熟練者ならではの勘・コツ・経験は、デジタライゼーションする際の勘所を知っていることになる。業務の自動化は、暗黙知をデータ化するプロセスをともなうからである。また、DXの推進には社内の意識や仕事の進め方を変えることが必要になるが、社内事情に精通している中高年がDXリテラシーを持っていれば、部署内外のリーダーと折衝して取り組みを円滑に進めるようサポートできる。企業は、70歳まで就業機会を確保することが努力義務となった。個人の就業期間が長期化することを踏まえると、たとえ50歳の社員がリスキリングを行っても、その投資に対するリターンを十分回収できるだろう。

中高年社員のリスキリングにどう向き合うか

以上のように、中高年社員のIT・DXリテラシー向上は日本企業にとって重要課題であるが、彼・彼女らの課題や強みを踏まえてどう進めるべきかについての知見はまだない。本プロジェクトでは、リスキリングに取り組んでいる企業に対し、インタビューを行っている。次回以降では、インタビューを基に、中高年の管理職やベテラン社員に求められるIT・DXリテラシーとはどのようなものか、企業は中高年社員のリスキリングをどのように効果的に行うことができるのかを探っていく。また後半では、数年前から既に始まっている海外での議論と企業の施策を紹介する。

(※1)総務省統計局による2023年8月の労働力調査では、雇用されている人6088万人のうち2114万人を45~59歳が占め、全雇用者の34.7%に当たる。
(※2)https://worldcompetitiveness.imd.org/countryprofile/JP/digital