「仕事に何も求めない」彼らは何者か【座談会・後編】仕事に何も求めない人へのキャリア支援とは

「ワークス1万人調査」で明らかになった、良い仕事であるために欠かせない要素が「何もない」と答える人たち。変化を求めない。そのため何も困っていない。そんな「何もない」派の人たちには、どのようなキャリア支援が効果的なのだろうか。
大学、企業、再就職の場でキャリア支援を行っている3名のキャリアコンサルタントに、お話しいただいた。

zoom座談会の様子

【遠藤 和(えんどう かず)氏】
株式会社キャリアアンドブリッジ取締役。20代から70代まで幅広い方々のキャリアとライフを共に考えるキャリア・カウンセリングや、「変わるチカラ」を探究する変身資産発見ダイアログ を通じて、一人ひとりの自分らしい人生の実現を支援している。

【高橋 紀子(たかはし のりこ)氏】
合同会社MNキャリア代表。人材育成コンサルタントとして対話型組織開発、多様な一人ひとりが活躍するチーム作り、管理職の面談力アップ、若手の能力/キャリア開発等に関するプロジェクト運営、研修企画、カウンセリングを行っている。

【舛廣 純子(ますひろ じゅんこ)氏】
キャリアコンサルタント。大学生の就職支援・キャリア教育、社会人支援、キャリアコンサルタント養成の領域を中心に活動し、延べ12000名以上の相談業務に従事。2級キャリアコンサルティング技能士。

支援によって起こる変化

――「何もない」派の方へ、どのようなキャリア支援ができるのでしょうか。

舛廣:こういった方たちは、相当困窮しているか、あるいは強制だとか、よほど必要に迫られないと支援の場にはいらっしゃらないという気がしています。今みたいに新卒でも転職でも、エージェントから求人がどんどん紹介され、特に悩むことなくそのなかで勤め先が決まるなら、なおさらキャリアの支援の場には行こうとはされないですよね。もしいらっしゃったなら、時間をかけて根気強く、その方がやってきたことを一緒に振り返って少しずつ未分化だったものを分化していく、「今ここ」での、支援者との人間関係をいいものにして、人との信頼関係というものを感じていただけるように関わっていくことを心掛けたいです。学生を継続的に支援していると、じっくりと関わるなかで小さな変化を見つけることもできます。

――小さな変化とは、例えば?

舛廣:本当にちょっとしたことです。支援を利用する姿勢や、遅刻をしなくなるとか、用意すべきものをちゃんと用意してくるなど。小さな変化を見つけては、承認やプラスのストロークを行うようにしています。プラスのメッセージも最初は受け取ってくれず、反応は極めて薄いのですが、少なくとも人間関係は悪いものじゃないと感じてもらえるように、意識して根気強く関わっています。その上で、できるだけ動機に触れていく。本人の言葉の断片を整理し、つなぎ、本人からはうまく言語化されない思いを丁寧に引き出しながら、一緒に確認していく。そのなかで、「自分にもそんな側面はあったな」と気づいてもらえるように関わっています。

――支援する側としてよかったなと思える変化はどういったものですか。

舛廣:人への向き合い方が変化したときにはよかったなと感じます。例えば、新卒時の就職活動なら、最初はとても人に対して淡白な様子だったのに、進路が決まった最後にちゃんとあいさつに来てくれたとか、でしょうか。

高橋:私の場合は、興味のあることをきっかけにしています。対人関係でなくてもゲームでも何でもいいんですけど、本人の心が動くことをきっかけに紐解いて探っていく。「親以外でこんなにしゃべった大人は初めてです」と言われたことがあるんですけど、そんなふうに聞いてもらえる体験も、関係を構築する上で大切な気がします。
あとはやっぱり視野を広げてほしいなとは思いますね。SNSがあるとはいえ自分の好きな領域だけ、さらに言えば一次情報ではないものに触れて、全て事足りてしまっているんだとしたら、もう少し視野を広げられるような「こんな人もいるよ」「こんなやり方があるよ」と情報提供することも大事な役割だと考えています。まず話を聞いてお互いの関係ができてきたら、そういった情報を「教える」のではなく、「一緒に眺めていく」。そして心が動いたかなと思えるところをキャッチしていく。時間はかかりますけど、こんな方法を行っていますね。

今だけから中長期の時間軸へ

遠藤:お二人のお話は、他者にしっかりと関わって、その方との信頼をつないだことを土台に、寄り添っていく支援の形ですよね。一方でそういった継続的な支援は、やはり大学や授業といった場でないとなかなか得られないだろうとも思います。
社会人に対しても継続支援ができたら本当にいいと思うんですけど、それが叶わない社会人の場合には、今すぐでなくても、ご本人が自分のことを捉えられるきっかけが、仕事経験のどこかで起こることを期待した投げかけを意識しています。仕事をするということ自体、外から変化が起こってくるものだと思うんですね。中長期の視点に立てば、異動によって周りの人が変わっていくこと、自分自身にも思いがけない異動があるかもしれない。そういう体験から得られることや人との出会いによって起こる変化を期待したストロークを行ってはいますね。

――そういう期待を、本人に伝えたりされますか。

遠藤:伝えていますね。今すぐ何かということではなく、この先の異動の可能性に触れてみたりとか、逆に周囲の人や環境が変わるといったことに触れてみたり。直接的だったり大きなことではないですが、変化が起こることのイメージを持っていただくという感じです。

――ありがとうございます。ここまでのみなさんからのお話を聞いていて、自分のために何かが提供されるのを待っているような姿勢や、今のことしか見ていないといった点が印象に残ります。

舛廣:そうですね。刹那的な印象があります。先を見ることにあまり意味を感じてないというか。

高橋:私も同じです。刹那的な感じです。例えば10年後のキャリアとか、そんな話を一番嫌がる印象を受けたので、話題にするにも工夫がいると思います。

舛廣:高校受験も大学受験も、先に何かを描いているからではなく、目の前で行けるところに行くといった意思決定を繰り返した結果としての今なのかもしれませんね。

鍵は丁寧できめ細やかな承認

――一般的に、仕事の先にウェルビーイングやキャリア満足があるのは理解しやすいのですが、「何もない」派の方たちのゴールはどういったものだろうかと考えています。彼らにとってどんな支援がどういう状態につながっていくことがよいのか。思いあたることがあればお聞かせください。

舛廣:仕事への動機があまり明確でなく、感情の表出が少ない方でも、仕事上の今ある課題の解決に向けて、具体的なアクションを考えるお手伝いをし、背中を押してサポートしていった結果、その方が日々の仕事のなかで誰かに喜んでもらえたり、小さな成功体験が積み重なったりしていけば、変わっていかれることはあると思います。
継続的に学生に関わるなかで、ちょっとした成功体験や肯定的なフィードバックの積み重ねで、無関心・無反応のように見えた彼らの心のありようや捉え方が少しずつ変化していっている様子が見受けられました。社会人の方でもそれは同様なのではないかと思います。仕事の動機だったり、成功体験につながるようなこと、それがその人の仕事の成果だと思えることなど、そんなことを後押しできる環境なら、少しずつ何かが変わっていくのかもしれないと思いました。

高橋:一事例になってしまうのですが、わたしからも。就職活動のときに明確な自分軸がなくて、求人票のなかから何となく受けて、主体的にではなく「受かったから行きます」といった感じの、当時まさしく「何もない」派の学生がいて。結論から言うと、社会人として今パフォーマンスを上げているんです。就職した会社がたまたま、お話にあったような丁寧なフィードバックや承認をこまめにする人材育成に熱心な中堅企業だった。何かあったらその人をちゃんと承認するということを、とてもきめ細やかにされていて。仕事の裁量という意味でも、タスクを自分で選ぶそうなんです。「これだけのタスクがあります。どれをやりますか?」って。そしてそれぞれが「これやります」と取っていく。その方もできることが増えるたびに、タスクを取る量が1個ずつ増えていって、それをまた周囲の方が「めっちゃいい」って言ってくれて、それで嬉しくなって。

遠藤:そんな会社、すてきですね。

高橋:そうなんです。みなさんから「そんなに取らなくていいよ」と言われるくらい、その方のタスクを取る量が増えていった。気がつくとパフォーマンスも上がって、インセンティブももらえたりして嬉しくて。そんなお話を聞いて、全てのケースにあてはまるとは言えませんが、丁寧できめ細やかな承認や、ちょっとしたフィードバックの積み重ねってとても大事なことだなと思いました。

遠藤:再就職支援の場でも、何もなかった人が仕事をするなかで、ちょっとずつ変わっていかれる経験は確かにあります。そんなとき、やっぱり仕事ってすごいなって思います。役割を果たして、フィードバックをもらう。他者が関わるとは、そういうことをしてくれる経験だよなと思います。

座談会を終えて
仕事に求めるものは「何もない」とする個人は何者なのか、分析したデータを見ながら経験豊富な3名のキャリアカウンセラーの方々に該当する人についてお話しいただいた。キャリアカウンセラーとして、それぞれが違う現場で再就職支援、就職支援に携わられ、何百人ものクライアントとやりとりされてきた経験を具体のケースとして紹介いただくことができたと考える。「しんどい」「面倒くさい」が口癖で、感動したり楽しかったとしても心が動くような経験は疲れるからやりたくないと考える彼らの実情について、次のコラムでは、座談会から明らかになった「何もない」の人物像をよりクリアに考察したいと考える。

聞き手:辰巳 哲子
執筆:株式会社スマイルバトン