ワークス1万人調査からみる しごととくらしの論点「そもそも仕事はつらいもの」観を正面から考える

「ワークス1万人調査」は20歳から69歳までの就業経験のある人全てを母集団としたライフキャリアに関する調査である。このコラムシリーズでは、この「ワークス1万人調査」(※1)を用いて、仕事と生活のあり方や課題、よりよいライフキャリアのためのポイントについて、各研究員の視点から掘り下げてきた。
今回は、これまでリクルートワークス研究所でも、様々なキャリア研究でも正面から扱うことが少なかったテーマである「そもそも仕事はつらいもので、楽しもうとするのはムダだ」という考え方について、調査から判明した結果を紹介する。

「反労働観」

ワークス1万人調査では、ライフキャリアについて幅広い考え方を捉える目的で、以下のような1つの質問を設けていた。
「仕事とはそもそもつらいものであり、そこに楽しさを見出すことは困難だ」

当該設問に対しての全回答者の回答結果は図表1のとおりだった。「そう思う」が7.5%、「どちらかといえばそう思う」が23.7%、「どちらでもない」が37.7%、「どちらかといえばそう思わない」が22.1%、「そう思わない」が9.0%。そう思う・どちらかといえばそう思うの合計は31.2%、どちらでもないが37.7%、そう思わない・どちらかといえばそう思わないの合計が31.1%であり、「そう思う」計と「そう思わない」計が拮抗した結果となっている。
本稿は、この「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と答えた者に焦点を当てる。「仕事とはそもそもつらいものであり、そこに楽しさを見出すことは困難だ」とする方々だ。米国労働市場において2022年に注目された言葉に「静かな退職(※2)」がある。この背景にあると指摘された労働・仕事観に、「アンチワーク」(anti-work)があった。BBCでは、アンチワークが思想的背景とする1人の哲学者の言葉を引用しつつ以下のように整理している(※3)。
「『多くの働き手が仕事にうんざりしている。単なる本能的な仕事の拒否ではなく、意識的に拒否する動きかもしれない』とブラック氏は書いており、人々は必要な仕事だけをし、残った時間を家族や自分の情熱に捧げるべきだと提言している」(※4)
各種のキャリア理論や企業で唱えられている“キャリア自律”、そして内発的動機づけや“will”の重要性、こういった議論をする前に、実は労働や仕事に対する反感や諦念といった気持ちが存在していることを正面から受け止めることが重要なのではないか。私たちリクルートワークス研究所の研究員やこのページを読んでくださっている「キャリア形成に関心がある人」には想像もつかないような労働観の社会人が存在するのだ、という点を冒頭で申し上げておきたい。
いずれにせよ、こうした論が国際的にも広く取り上げられていたことを前提に、今回の設問が「労働を意識的に否定し、ただ生きるために必要最低限な仕事だけをしよう」という認識を捉えたものとして、「反労働観」と呼称する。

図表1 反労働観についての状況

図表1 反労働観についての状況

男性・大卒以上・正規社員・大手

こうした反労働観を持つ者(※5)の概況を示す(図表2)。整理すると、日本の就業経験者で反労働観が特に高い傾向なのは、「男性、大卒以上、正規社員、大手在籍、若手」ということになる。
まず男女別では、男性34.3%、女性28.0%と男性が高い。学歴では大卒未満(※6)が29.1%、大卒以上(※7)が32.4%と大卒以上が高い。就業形態別では、正規の職員・従業員が35.0%と最も高い。大手企業在籍(※8)かどうかでは、大手在籍者が36.2%、大手在籍でない者が29.5%と大手在籍者のほうが高い。また、年齢別では20歳代が40.5%と最も高く、年齢が上がるにつれて低下する明確な傾向が見られる。
筆者はこの結果を見て正直、意外な結果だと感じた。日本社会において最も恵まれたキャリアパスを歩むことができる属性が集まっているからだ。大手企業の正規社員の大卒以上社員といえば、総合職として幹部候補で入社し、所得も地位も上がりやすい労働者である。ただ、まさにそういった者に反労働観が高い傾向が出ているのだ。なお、反労働観を持つかどうか別に、年収と労働時間を見たところ(雇用形態間・年齢間で差が大きいためこの集計は20歳代の正規雇用者で実施)、反労働観を持つ人が大企業勤務者で多いことを反映しているためか、反労働観を持つ者のほうが年収がやや高く、労働時間がやや短い結果となっている(図表3)。

図表2 反労働観を持つ者の属性別割合
図表2 反労働観を持つ者の属性別割合
図表3 20歳代・正規雇用者における所得・労働時間(※9)
図表3 20歳代・正規雇用者における所得・労働時間
こうした点に留意しつつ、最も明確な傾向差が出ていた年齢に注目する。若年者の反労働観が高かった理由を探るために、キャリアの初期における意思決定の状況に注目して分析した(図表4)。また、就業形態による差異をコントロールするために分析は正規雇用者に対して実施した。
「最初の就職」に関しては「自分の希望した選択では全くなかった」と回答した者の反労働観率は60.9%に達しており、次に「自分の希望した選択ではなかった」で54.7%。「転職・独立・起業・退職」では同52.9%と56.3%。就職や転職・退職に関しての意思決定において、いずれも“自分の希望した選択ではなかった”と回答した者の反労働観傾向が強い。他方、「結婚(事実婚含む)」に関してはこうした傾向が見られない。
以上の結果から、筆者は仮説として「日本における反労働観はキャリアの初期における何らかの自分の意思に反するキャリア形成を強いられたことが原因である可能性がある」と考える。キャリアの初期に何らかの原因があるために、その解消プロセスを経て年齢が高まるごとに反労働観を持つ者の割合が低下していくのではないか。

図表4 ライフキャリアの意思決定の状況別・反労働観を持つ者の割合(20-29歳・正規雇用者、各意思決定を経験した者)
図表4 ライフキャリアの意思決定の状況別・反労働観を持つ者の割合

反労働観とキャリアの状況

では、反労働観が日々の仕事や生活とどのような関係を持っているのかを分析しよう。上記に続けて、顕著に反労働観を有する傾向が出ていた、20歳代の正規の職員・従業員を対象に詳細な分析をしていく(なお、以下の図表5~7の結果は、全年代合計でもほとんど同様の結果が出ていたことを付記しておく)。
まずは仕事面との関係について。反労働観を持つかどうか別に、ワークエンゲージメント(※10)と仕事満足度(※11)、キャリア進捗満足度(※12)との関係を見たのが図表5である。仕事面の充実に反労働観はネガティブな影響を与えると考えるのが一般的であろうが、予想のとおりワークエンゲージメントと仕事満足度のスコアについては、反労働観を持つ者のほうが低い傾向が見られる。ただし、ワークエンゲージメントではその傾向差が大きいのに比べて、仕事満足度の差は小さいという点に留意が必要かもしれない。一方で、重要なのはキャリア進捗満足度ではその関係が逆転していることだろう。反労働観を持つ者のほうがスコアが高い。こうした状況からは、20歳代における反労働観の保持がキャリア形成面に与える影響(※13)の複雑性が見えてくる。目の前の仕事へのエンゲージメントは低いが、仕事に期待することが少ないために、キャリアの進捗度合いとしてはむしろ順調に進んでいると感じているのかもしれない。こうした結果として、キャリア形成とライフの関係には反労働観の有無によって構造的な差異が生まれるだろうと推察される。なお、大手企業在籍者のほうが反労働観を持つ割合が高いため、在籍企業規模別での分析も実施したが1000人以上規模在籍者で反労働観を持つ者のキャリア進捗満足度は+0.24、持たない者では+0.14と、企業規模を限定しても同様の傾向が見られることを付記する。
次にプライベートの満足感について分析する。図表6の各項目に「満足している」割合を分析すると、ほぼ同水準であり、やや反労働観を持つ者のほうが高い結果が見られた。なお、5%水準で有意な差があった項目は、「現在、あなたは生活全般について、満足している」のみである。全年代でも傾向は変わらず、やや反労働観を持つ者のほうが高いがほぼ同水準であった。いずれにせよ、反労働観の有無はプライベートの満足感の状況には大きな差異をもたらしていない。
つまり、反労働観を持つ者は傾向として、「ワークエンゲージメントは低く、キャリア進捗への満足は高く、プライベート満足度はやや高い」と整理できる。こうした結果は、ライフキャリア全体を通じた分析からは反労働観が一律に“悪い”とか“良い”とは言えないことを意味している。少なくともライフキャリア(仕事とプライベート)の形成とその満足感に対して、一括りに悪い影響があるとは言えないのだ。

図表5 仕事面と反労働観の関係
図表5 仕事面と反労働観の関係
図表6 プライベート満足率と反労働観の有無
図表6 プライベート満足率と反労働観の有無

大きな「不安」は何が原因か

反労働観の有無は、ライフキャリアの満足感には影響を与えていない。ただし、満足感を生み出す構造を変えている可能性があるわけだが、反労働観を持つ者についてここで一点懸念を提示しておく。各種の「不安」が大きいことだ(図表7)。
ここでは、キャリア不安、プライベート不安、関係不安(詳細は注釈参照(※14))の3種類の不安について検証しているが、その全てにおいて不安スコア(高いほど不安を強く感じている)は反労働観を持つ者が高い結果となっている。この反労働観を持つ者がライフキャリアの全方位的に抱えている不安は、何によるものなのだろうか。反労働観を持つ者についてプライベートの満足感は決して低くないしキャリア進捗への満足はむしろ高いが、大きな不安を抱えている。つまり、私的領域やキャリアの満足にもかかわらず、安心ができないような何か別の理由が存在している可能性がある。この際「不安」に着目することで、反労働観を持つ人の状況を、より深く理解することができるのではないか。
今回の1万人調査では、その具体的な理由の在り処を掘り下げることは難しいが、日本の就業者の反労働観に注目する際に大きな「不安」という要素は、決して無視できない検討課題であることは間違いないだろう。
仮説ではあるが、反労働観が(20歳代の)ライフキャリアに与える影響を模式図にした(図表8)。この模式図の仮説の中核は、中央にある「反労働観によって“キャリア・仕事への期待値の低下”が起こっているのでは」というものだ。期待値が低いことで、満足しやすくなる。これは決して否定されるものではない。しかし、顕在化している「不安」と関連している可能性もある。この「キャリア・仕事に関する期待値の低下仮説」を、日本における反労働観について今後の検討課題として指摘しておく。

図表7 不安スコアと反労働観の有無
図表7 不安スコアと反労働観の有無
図表8 反労働観がライフキャリアにもたらす影響の模式図(仮説)
図表8 反労働観がライフキャリアにもたらす影響の模式図(仮説)
執筆:古屋星斗

(※1)本調査はコモンメソッドバイアスへの対策のために、同一回答者へ説明変数として設計した設問と被説明変数として設計した設問の回答時点を分けた2時点のパネル調査である。本稿でいえば例えば、反労働観を特定する設問はtime1、仕事やプライベートの満足感を測定する設問はtime2で実施している
(※2)quiet quitting
(※3)BBC,2022年1月27日,The rise of the anti-work movement, 2023年12月8日閲覧
https://www.bbc.com/worklife/article/20220126-the-rise-of-the-anti-work-movement
(※4)引用元原文は以下のとおり。日本語訳は筆者によるもの。“Many workers are fed up with work … There may be some movement toward a conscious and not just visceral rejection of work,” writes Black, suggesting people do only necessary work and devote the rest of their time to family and personal passions.”
(※5)ここでは、「仕事とはそもそもつらいものであり、そこに楽しさを見出すことは困難だ」という設問に対して、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と回答した者
(※6)中学校、高校、高等専門学校、専門学校・各種学校、短期大学卒業
(※7)大学、大学院修士課程、大学院博士課程卒業・修了
(※8)現職従業員規模が正規・非正規合わせて1000人以上の企業の在籍者
(※9)年間所得は副業・兼業からの収入を含め、賞与・ボーナスも含めた数値。週労働時間は「ここ数か月の平均的な1週間の労働時間」として回答を得た。複数の仕事をしている場合にはその合計。異常値を除外するため、週20時間以上、60時間以下の回答者で集計
(※10)ここでは、Shimazu et al, 2008より「仕事をしていると、活力がみなぎるように感じる」「職場では、元気が出て精力的になるように感じる」「仕事は、私に活力を与えてくれる」などの項目の因子負荷量が高い因子を用いた
Shimazu, A., Schaufeli, W. B., Kosugi, S. et al. (2008). Work engagement in Japan: Validation of the Japanese version of Utrecht Work Engagement Scale. Applied Psychology: An International Review, 57, 510-523.
(※11)ここでは、「現在、あなたは今の仕事に満足している」「私が担当している仕事はだんだんレベルアップしていると感じる」「私は将来の仕事における自分をイメージできる」「私は将来の仕事で、どのような可能性があるかを考えている」の設問(リッカート尺度、5件法)に対する最尤法・プロマックス回転による因子分析において因子負荷量の高かった因子を仕事満足度因子と呼称
(※12)「自分のキャリアにおいて、これまで成し遂げたこと」「自分の目標とするキャリアに向けた、これまでの進み具合」「自分の目標とする将来の収入に向けた、これまでの収入の増え具合」「自分の目標とする社会的な地位に向けた、これまでの進み具合」「自分の目標とする新しい技術・技能の獲得に向けた、これまでの進み具合」に対して、リッカート尺度、5件法(満足している~不満である)の回答を最尤法・プロマックス回転による因子分析の結果として1因子で分析したもの。Spurk, Abele & Volmer,2011を参考にリクルートワークス研究所にて邦訳
Spurk, D., Abele, A. E., & Volmer, J. (2011). The career satisfaction scale: Longitudinal measurement invariance and latent growth analysis. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 84(2), 315-326.
(※13)なお、先に「全年代の結果でもほぼ同様であった」旨記載したが、このキャリア進捗満足スコアのみ20歳代と全年代合計で差異が見られ、全年代合計ではほとんどスコアに違いがなかった
(※14)キャリア不安は「職場でスキルや技能の獲得が十分にできていないこと」「スキルや技能が、現在職場で必要な水準に達していないこと」「周りと比べて、自分の成長速度が遅いように感じること」、プライベート不安は「金銭、経済的に不十分、不安定なこと」「将来の仕事・生活が明確にイメージできないこと」「現在や将来の自分の健康状態」、関係不安は「仕事上の人間関係が悪いこと」「仕事で、自分の長所が発揮できていないと感じること」の設問(リッカート尺度、5件法。「いつも不安を感じる(毎日のように)」~「全く不安を感じない」)の因子負荷量が高い因子。最尤法・プロマックス回転により分析して抽出された3因子。因子得点が高いほど不安を感じる頻度が高い