ワークス1万人調査からみる しごととくらしの論点人生を豊かにする、キャリアの“仮面”という補助線

「ワークス1万人調査」は20歳から69歳までの就業経験のある人全てを母集団としたライフキャリアに関する調査である。このコラムシリーズでは、この「ワークス1万人調査」を用いて、仕事と生活のあり方や課題、よりよいライフキャリアのためのポイントについて、各研究員の視点から掘り下げていく。

1本目となる今回は、職業生活において様々な“仮面”を持つことの意味を考えよう。

キャリアの“仮面”

多元的自己論という議論がある。役割や価値観の異なる集団や他者との関係に合わせて自己を変化させることに葛藤を感じず、相互に矛盾なく自己が成立するという認識(※1)のことだ。この点について、木谷・岡本(2018)は、特に青年期における役割の多様化による多元的なアイデンティティの存在を指摘するとともに、自らに合った場や役割を取捨選択することで従来のような一元的なアイデンティティを持つことも可能であるとも指摘し、一元的なアイデンティティを有する青年と多元的なアイデンティティを有する青年が存在すると仮定した。

筆者は、20・30代社会人と会話をしていて、こうした論を思い出すことが多い。SNSにおける複数アカウントや「裏垢」(裏のアカウントの略。サブアカウント、秘密のアカウント)は、多様なアイデンティティを許容している(※2)。また、副業・兼業といった選択肢の顕在化(※3)も職業生活における多元的自己との親和性が高い。本業では真面目・実直で通っている人が、別の仕事では変わった提案をする人として重宝がられていることもある。また、本業の労働時間が縮減するなか、社会人の可処分時間が増えることで役割が中長期的に多様化してきている。
こうした社会的・構造的な要因が引き金となって、職業生活における多次元性が広がりつつあるのではないか、というのが筆者の仮説である。本稿ではその効果を検証する。

ワークス1万人調査では、この多元的自己を職業生活において認識する場面を想定し、以下の設問を設定した(※4)。「そう思う」~「そう思わない」のリッカート尺度・5件法で聞いた。

  1. 職場や家庭、趣味の場、コミュニティなど場面によって、どのような自分を見せるか使い分けたい
  2. 仕事でうまくいかないことがあるときに、気持ちを切り替えられる別の活動がある
  3. 本業以外の仕事は本業の成果に良い影響を与える

この設問群をパラレルな職業生活への認知や許容度を示すものとして、暫定的に「キャリアの仮面スコア」と呼ぶ。

生活満足度、仕事満足度とキャリアの仮面スコアの関係

まず、各設問の全体結果を示す(図表1)。全体結果からは、「職場や家庭、趣味の場、コミュニティなど場面によって、どのような自分を見せるか使い分けたい」と考える者が多いことがわかり、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」を合わせ45.7%に達している。なお、年代・性別によってかなり傾向差があり、最も多いのは20代女性、次いで30代女性で、ともに同合計6割近くであった。一方、50代男性では同合計39.2%である。
また、「仕事でうまくいかないことがあるときに、気持ちを切り替えられる別の活動がある」では同合計が45.0%、「本業以外の仕事は本業の成果に良い影響を与える」では同合計は30.5%であった。

図表1 3設問の全体結果
図表1 3設問の全体結果この3設問の回答について「そう思う」を5点、「そう思わない」を1点のスコアとし、その合計を「キャリアの仮面スコア」として分析する(最小3点~最大15点)。
生活満足度が高い者の割合(※5)との関係を図表2、仕事満足度が高い者の割合との関係を図表3に整理した。ここでわかるのは、キャリアの仮面スコアが高いことと、生活満足度が高い・仕事満足度が高いこととはかなりはっきりした正の関係があるということだろう(※6)。
自分には様々な“仮面”があって演じ分けている、切り替える場所を持っている、様々な場が良い影響を与え合っているーこうした認識のライフキャリアにおける意味は大きいようだ。

図表2 生活満足回答者率とキャリアの仮面スコアの関係

図表2 生活満足回答者率とキャリアの仮面スコアの関係

図表3 仕事満足回答者率とキャリアの仮面スコアの関係

図表3 仕事満足回答者率とキャリアの仮面スコアの関係

「キャリアの仮面スコア」が高い人はどんな人か

次に、キャリアの仮面スコアが高い回答者の属性について分析していこう。キャリアの仮面スコアが高い群(ここでは、15点満点中11点以上(※7))の割合で見る(図表4)。
例えば、性別では女性が37.7%、男性が33.6%で女性がやや高い。年代別では20歳代が41.2%とかなり高く、以下50歳代の31.6%まで年齢が高くなるほど低下していく。60歳代はやや増加し34.7%であった。週労働時間では「20時間以下」が38.8%と最も高く、「41~50時間」が35.0%と最も低いがその差はわずかであった。就業形態別では「自営業主(雇い人あり)」が44.4%と高く、「会社などの役員」(42.6%)が続く。事業経営者が高いようだが、これに「正規の職員・従業員」(37.0%)も続いた。他方で低いのは「契約社員」(30.5%)、「嘱託」(29.3%)である。

こうした結果を整理すると、キャリアの仮面スコアは「女性のほうがやや高く、若手ほど高い。労働時間の長短はあまり関係がなく、経営者が高い」という傾向が見られる。
なお全体回答者におけるキャリアの仮面スコアが高い群の割合は35.6%であり、うち図表4の属性に関して高かったグループの例を挙げると、「女性×20代×正規の職員・従業員」は47.3%だった。様々なライフキャリアの出来事を想像し、キャリアの“仮面”を使い分けたいと考える回答者が、特に若手や女性においては多いことがわかっている。若年者ほど労働時間が縮減していることが指摘されている(※8)が、その余剰時間を使って様々な“使い分け”の効果を体感しやすくなっているためかもしれない。また、育児などライフイベントへの感度が高いことが“使い分け”ている人への共感として、女性のほうが高い傾向を生んでいるのかもしれない(もちろん、若年層男性でもライフイベントへの感度は高くなっており、これが全体として若年層のキャリアの仮面スコアを押し上げていると考えられる)。

図表4 回答者属性別キャリアの仮面スコアが高い群の割合(※9)
図表4 回答者属性別キャリアの仮面スコアが高い群の割合(※9)

キャリアの“仮面”が人生の満足感を後押しする

最後に、正規社員のデータを取り上げて、現代の「仕事と人生の満足感の関係」を考えよう。そしてそのなかで、キャリアの“仮面”が人生の満足感にどのような影響を与えているかを検証する。

筆者の考える影響のプロセスは、以下のようなものだ。まず正規社員の人生の満足度(ライフ満足スコア)(※10)には、会社への愛着としての「組織コミットメント(※11)」と、「キャリアの仮面」の双方が関わっている。本業で所属する会社への愛着を持てることの意味は当然として、あわせて多元的な自己を持てることが現代の複雑化した不安の多いライフキャリアのなかでは重要だと考えられるからだ。ただし、その影響は直接人生の満足度に及ぶだけではなく、まさに「キャリアの不安」を減少させることを通じて影響するのではないか。「キャリア不安」は、「職場でスキルや技能の獲得が十分にできていないこと」「スキルや技能が、現在職場で必要な水準に達していないこと」「周りと比べて、自分の成長速度が遅いように感じること」の3つの設問(※12)を用いた(※13)。

図表5はその筋道をモデル化し、分析した結果を示したものだ(※14)。この結果が示すとおり、図表5からは以下のことが判明している。

  1. キャリアの仮面スコアはライフ満足スコアに0.1%水準で有意な正の効果を持つ(ライフ満足を増加する)
  2. キャリアの仮面スコアはキャリア不安スコアに0.1%水準で有意な負の効果を持つ(キャリア不安を減らす)
  3. キャリア不安スコアはライフ満足スコアに0.1%水準で有意な負の効果を持つ
  4. 2.3.のため、キャリアの仮面スコアはキャリア不安スコアを減らすことを通じても、ライフ満足を増加させる
  5. 組織コミットメントは、ライフ満足を増加する

図表5 ライフ満足スコアに対する現代社会人の組織コミットメントとキャリアの仮面スコアの状況(構造方程式モデリング結果)(※15)

図表5 ライフ満足スコアに対する現代社会人の組織コミットメントとキャリアの仮面スコアの状況(構造方程式モデリング結果)(※15)
つまり、「本業の会社に肯定的でかつキャリアの“仮面”を持つ社会人は、キャリア不安が軽減されることを通じて、ライフ満足が高まっているのではないか」という分析仮説は支持されたことになる(※16)。現代の社会人の人生を豊かにすることを仕事の面から考えたときに、本業の会社に愛着を持つことはもちろん重要な要素だが、ただそれだけで人生の満足感が最大化するのではなく、キャリアの“仮面”を活かすことが大切な要素となっているのだ。
それは、無理に本業の自分を他の場面で貫きとおす必要がなくなっていることを意味している。社会での役割が多元化していくときに、本業では真面目なキャラクターであるからといって、家庭や趣味、別の活動の場で同じような真面目なキャラクターである必要はないのだろう。そして、様々な自分を見せられることが結果自分のキャリア不安を軽減し、人生を豊かにする。

現代の仕事と人生の関係を考えるとき、キャリアの“仮面”という補助線を通じ新たな視界が広がっていくのだ。


執筆:古屋星斗

(※1)詳しくは、以下論稿等を参照。 木谷智子 & 岡本祐子(2018). 自己の多面性とアイデンティティの関連――多元的アイデンティティに注目して――. 青年心理学研究, 29(2), 91-105.
(※2)コミュニティごとにSNSアカウントを変えることは一般的に行われている。
(※3)日本経済団体連合会の調査によると、2013年に全企業規模で25.1%だった副業・兼業を認めている企業の割合は2022年に53.1%と、10年弱で倍増した。
(※4)「以下の設問を読んで最もあてはまるものを選んでください」として聞いた。
(※5)「現在、あなたは生活全般について、満足している」について、リッカート尺度・5件法の「あてはまる」~「あてはまらない」において上位2肢(「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」)を回答した者の割合。
(※6)なお、ワークス1万人調査では、説明変数と被説明変数の時点を分けて実施しており 、コモンメソッドバイアスの問題は生じない設計となっている。図表2・3においては、キャリアの仮面スコアに関する設問はtime1、満足度に関する設問はtime2で実施している。
(※7)少なくとも2問で「どちらかといえばそう思う」、もしくは1問は「そう思う」と答えた回答者である。
(※8)労働力調査を分析した日経新聞記事によれば、2022年の男性の労働時間は25~34歳が45~54歳と比べて3.7%短くなっている。過去との減少率も若年層ほど大きい。
日本経済新聞,2023年8月17日,朝刊5面,「労働時間、若手ほど短縮 働き方見直しに世代差 13年比減少率、25~34歳8.6% 45~54歳は5.7%」
(※9)就業形態について、「家族従事者」と「内職」はサンプルサイズが小さく当該集計から除いた。
(※10)ライフ満足スコアは、「現在、あなたは生活全般について、満足している」「現在、あなたは幸せである」「あなたはこれまでの人生について、満足している」「現在、あなたは家族や家庭の状況について、満足している」の設問(リッカート尺度・5件法)により構成される潜在変数。
(※11)このため、当該分析の対象は正規の職員・従業員とした。なお組織コミットメントについては情緒的コミットメントを想定し観測変数とした。「この会社の一員であることを誇りに思う」「この会社のメンバーであることを強く意識している」「この会社に多くの恩義を感じる」
(※12)リッカート尺度・5件法。
(※13)当該3設問を観測変数とする潜在変数である。
(※14)構造方程式モデリングによる分析を実施した。
① 数値は標準化回帰係数を示す。双方向矢印は共分散。
② 本モデルとデータの適合度はχ2(154)=1483.80,CFI=.953,TLI=.942,SRMR=.056, RMSEA=.044(upper bound .046)。サンプルサイズは 4400。
③ 実際の分析モデルには、推定に必要な各観測変数の誤差変数および内生成性を持つ各潜在変数における攪乱変数が含まれているが、図を明瞭にする観点から表示しない。
④ また、同じ潜在変数を構成する項目の誤差項間および同一の質問項目である越境実施スコア間に限り共分散を追加したが表示は省略した。
⑤ 統制変数の回帰係数や有意水準は省略した。
⑥ *** p<0.001
(※15)統制変数として、年齢・性別(女性ダミー)・最終学歴(大卒以上ダミー)、所属企業規模(1000人以上ダミー)・所得・週労働時間、BIGFIVEより神経症傾向スコアを導入した。BIGFIVEについては以下より引用し実施した。
小塩真司 & 阿部晋吾(2012) 日本語版 Ten Item Personality Inventory (TIPI-J) 作成の試み. パーソナリティ研究, 21(1), 40-52.
(※16)厳密には部分媒介であり、ライフ満足を直接増加させ、キャリア不安の軽減を通じてさらにライフ満足を増加させていた。