千思万考 ーなぜ今「労働移動」を再考するのかー転職希望者の約87%は1年後に転職していない

リクルートワークス研究所では、2022年10月から【「労働移動」を再考する】プロジェクトを始動した。
このプロジェクトが目指す社会は、「労働者の主体的な意思に基づく労働移動が実現できる社会」である。転職や就職を希望する個人が、望むような「労働移動」ができないとき、それを阻害する要因とはなにか。それを明らかにし、解決するための手立てを見出し、提言していくことを目的としている。

ここでの「労働移動」とは、働いている人が現在の勤め先から別の勤め先へと移動する「転職」や、働いていない人が「働く」ことを指している。なかでも本プロジェクトのメインターゲット層は、「現在働いている人」もしくは「現在働いていないが、一度でも働いたことがある人」のうち、転職したい、もう一度働きたい、と考えている人である。

転職・就職といった「労働移動」は長きにわたって議論されてきたテーマであり、今もなお議論が絶えない。そういったなかで、なぜ今「労働移動」をテーマとしたプロジェクトを立ち上げたのか。
このコラムシリーズ「千思万考」では、本プロジェクトの背景である「なぜ今『労働移動』について再考するのか」と、このプロジェクトを通じて具体的に明らかにしたいこと(ゴール)について、既存の知見やさまざまなデータを用いて示していく予定だ。

第1回は、本プロジェクトのスタート地点でもある「転職希望者の転職率」について紹介する。

転職を希望する人は増えているが、希望者の転職率は増えていない

総務省「労働力調査」によると、2021年の転職希望者数は889万人である(図表1)。時系列推移をみると、1968年から2000年初頭までおおむね年々増加している。その後約10年は横ばい推移であり、2011年の東日本大震災以降、約200万人増えた(図表1 注3 を参照)。2015年以降はわずかではあるが増加傾向にあることがわかる。一方で、転職者数は1980年代半ばの150万人から徐々に増加していたものの、2000年以降は約300万人前後を推移し、増えていない。
この20年間、日本の転職希望者は増えているのに、転職者は増えていない状況がみてとれる。

図表1 転職希望者と転職者の推移(1968~2021年) (※クリックで拡大します)

転職希望者と転職者の推移(1968~2021年)

出所:総務省「労働力調査」
注1:いずれも就業者の数値である。雇用者に限定しても傾向は同じであった。
注2:転職者数と転職者比率の2001年以前の統計は2月時点の労働力調査特別調査の値を使用。2011年の数値は補完的に推計された値。
注3:調査票の変更のため、2012年以前と2013年以降の転職希望者数および転職希望者比率の把握方法は異なる。(2023年12月5日追記)

次に、「全国就業実態パネル調査」を用いて、同一個人の変化をみてみる。転職希望者のうち、1年後に転職した人の割合をみると、2020年の雇用者では12.7%であり、約87%は転職していないことがわかる(図表2)。正社員では8.4%、非正社員では19.3%であり、雇用形態別にみても多くの人は転職していない。2015年からの推移をみても、2019年から2020年にかけては多少下がったものの、おおむね同水準で推移していることがわかる。もともと転職希望者の多くは1年後に転職していないことを確認できた。

図表2 転職希望者の1年後の転職率(2015~2020年、雇用者)

転職希望者の1年後の転職率(2015~2020年、雇用者)

出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」
注:T年において一度も社会人になったことがない場合を除いている。T年とT+1年の2年間脱落ウェイトを用いている。

転職希望者の多くが1年後に転職していない結果になった背景はなにか。ひとつに、転職希望者の6割近くが弱い転職希望「いずれ転職したい」を持つ人であり、1年後に転職する可能性が低いことが挙げられる。対して、転職希望が強く、転職活動を行っている人は、1年後に転職している可能性は高い(転職希望者のうち転職活動をしている人は約15%)。

このように転職希望の程度にはばらつきがある。それを考慮するために、転職希望者のうち転職活動をしている人に限定して、1年後の転職率をみてみよう。すると、1年後に転職している割合は、雇用者では36.8%、正社員では30.1%、非正社員では45.1%であった(図表3)。転職活動者に限定すると1年後に転職している割合は大きく増えるが、それでも半数以上は転職していない。

図表3 転職活動者の1年後の転職率(2015~2020年、雇用者)

転職活動者の1年後の転職率(2015~2020年、雇用者)

出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」
注:T年において一度も社会人になったことがない場合を除いている。T年とT+1年の2年間脱落ウェイトを用いている。

転職の実態を明らかにし、阻害要因を解消する

なぜ転職活動をしているにもかかわらず、1年後に転職していないのか。
納得いく転職先がまだ見つからないからなのか。応募しているのになかなか採用されないからなのか。それとも他の理由があるのか。本プロジェクトのゴールのひとつは、この理由を明らかにすることである。転職希望者がどの段階でどのような理由で転職していないのか(もしくは転職できないのか)を、データ分析やヒアリングを通して明らかにしたい。
そして、もしそこに個人ではどうにもできない阻害要因があれば、それを解消する必要があるだろう。阻害要因を解消する手立てを議論し提示していく。それがもうひとつのゴールである。

第2回では、「労働移動」の状況をどう把握するのかについてみていく。

孫亜文(研究員・アナリスト)

※2023年6月21日:図表2と図表3の「2015→2016」から「2018→2019」までの数値を修正しました。