高校卒就職の視点・論点高校就職での複数応募はキャリアにどのような影響を与えるのか

高校生の就職活動は、全体で約55%が「社だけを調べ見て、社だけに応募し、社に内定」するという形態をとっており、「企業社のみを見て入職」することが一般的である。他方、複数の企業を見て比較した上で就職していった生徒も存在している。この両者の違いを、その後のキャリア形成から考えるのが今回の目的である。
リクルートワークス研究所が行った調査では、高校卒時の就職活動における詳細な状況について回答を得ている。このデータを用いて、複数の企業に対する応募・内定の獲得といった複数社の就職活動が高校生のその後のキャリアにもたらす影響について検証する。
本稿における「複数社応募・内定」(以下、「複数社応募」)の定義は、「社以上に応募し、かつ社以上から内定を得た」とする。他方で、「社のみ応募・内定」(以下、「社のみ応募」)の定義は「社に応募し、かつ社から内定を得た」とする。これは高校生の就職活動における典型コースといえよう。
もちろん、2社以上に応募し1社から内定を得た、というこの両者の間のケースも存在するが、今回は比較を厳密に行う観点から除外している。高校生の就職慣行のもとでは「2社以上応募し、1社から内定を得た」ケースは、当初調べて・職場見学をしていた最初の1社から内定を得られず、残った求人票から次を受けるという就職活動においても該当する。これはむしろ本稿の定義における「1社のみ応募」の延長線上にあると考えることもできるため、今回は分類を分けた(図表1の「それ以外」)。

普通科、都市部で多い、複数社応募

まず、全体の就職活動の状況を概観しよう。図表1で先述の定義に従い出現割合を表示している。「社のみ応募」については、選考活動開始週間後(例年月末)の高校生の内定率が5060%台(2021年卒者は64.2%)であることを考えれば整合的な数字であるといえよう(※1)。

図表1 高校生の就職活動の状況
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それでは、どういった生徒が「社のみ応募」、あるいは「複数社応募」をしているのだろうか。
まず、卒業学科別の就職活動の状況を図表2に整理した。「複数社応募」については普通科において比較的多く、11.0%であった。他方、「社のみ応募」が多かったのは、工業科であり70.5%であった。商業科もこれに次いで多く66.7%、一方で普通科では48.1%であった。
なお、性別でも確認している(図表3)。女性の方がわずかに「社のみ応募」の割合が高いがほとんど性別による差はない。性別よりも卒業学科の影響が強いといえよう。

図表2 卒業学科別 就職活動の状況
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図表3 性別 就職活動の状況
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卒業学科以上に大きな傾向差が出たのは、居住地であった。就職時点の居住地について確認したところ、「複数社応募」について東京23区居住者では19.7%、政令指定都市居住者では10.5%が該当しており高い。他方で、地方部居住といえる「上記以外」において「社のみ応募」が60.0%と最も多かった。都市部の生徒において比較的、複数社応募が多い傾向がある。

図表4 就職時点の居住地別 就職活動の状況
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なお、生徒の高校での成績や出欠席の状況に関するデータをもとに、「優秀」であった生徒の割合を算出した。この際の「優秀」な生徒の定義として、就職における代表的な評価事項である(※2)成績と出欠席状況を用いて、“高校年生時の成績が「上のほう」・「やや上のほう」(※3)であり、かつ高校年生時の欠席日数が年間日以下(※4)”であった者を、「優秀」であった生徒と定義する。
結果を図表5に示している。「社のみ応募」をしていた者では「優秀」な生徒であった割合が34.1%、「複数社応募」をしていた者では29.4%であり、「社のみ応募」をしていた者の方が割合が高かった。
学校において「優秀」な生徒の方が推薦を得やすいことから、こうした傾向が出ているものと考えられる。

図表5 高校年生時に、「優秀」な生徒であった割合
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「複数社応募」をした生徒のその後を確認する

以上の通り特徴を押さえた上で、キャリア形成との関係性を複数の視点から検証したい。

①キャリアの満足度
第一にキャリア形成の状況を概観するために、現在のキャリアの満足度を確認する。5つの項目を設けて現在のキャリア形成の持続性について満足しているかを分析した結果が、図表6である。
全項目において、「複数社応募」が「社のみ応募」と比較して満足度が高い結果となっている。「将来の目標に向けた、これまでのキャリアの進み具合」では「社のみ応募」は20.0%が満足しているが、「複数社応募」では35.2%であった。また、「新しい技術・技能を獲得するための、これまでの進み具合」においても、前者が19.1%で後者が35.5%と差が大きい。

図表6 現在のキャリアの持続性への満足度(各項目に「満足している」割合)(%)(※5)
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なお、現在のキャリア形成に関する傾向を多角的に見るために、いきいき働くに関する複数の項目についても確認した(図表7)。結果として、図表6と同様、「複数社応募」が全項目において「社のみ応募」を上回る結果となっている。

図表7 いきいき働くに関する質問(※6)(「あてはまる」割合)(%)
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②働く企業への評価
自身が働いている企業をどう感じているかについて、今回の調査では初職と現職について評価点を聞いている。この結果を整理する(図表8、9)。
10点満点の真ん中の値である点を中心に見ていくと、初職企業、現職企業ともに、「複数社応募」が点以上をつけた割合が多い。一方で、点より低い評価点、特に最低点である「点」をつけた割合は初職・現職ともに「社のみ応募」の者が多く、初職で22.2%、現職でも14.0%となっていた。
このように入社した企業に対する評価は、「複数社応募」の者の方が高い傾向がある。

図表8 初職企業に対する評価点(%)
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図表9 現職企業に対する評価点(%)
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(2ページ目に続く:なぜ「複数社応募」者はキャリア形成がうまくいっているのか

なぜ「複数社応募」者はキャリア形成がうまくいっているのか

このように現在のキャリア状況を分析すると、就職活動の“やり方”によって現在のキャリアに非常に大きな違いがあることがわかる。では、なぜ「複数社応募」者は現在のキャリア形成がうまくいっているのか。この点について、いくつかの視点からその理由を示唆するデータを提示する。

1.入社時のギャップが小さい
初職入社前のイメージと入社後の職場のギャップ(リアリティショック)の問題は、面接による選考をベースにする日本の新卒採用の大きなテーマのひとつである。高校卒者において比較をすると「複数社応募」者はギャップが相対的に小さく、実際に働いてポジティブな印象を持つ傾向があることがわかった(図表10)。
図表10のすべての項目で「複数社応募」者が「期待やイメージよりも良く感じた」割合が高い。つまり実際に働いた際のギャップが小さかったり期待よりも良かったことを示している。比べて選ぶプロセスをふんだことによって、入社した会社の魅力に気づく機会が多くなったり、入社した会社を冷静に見る視点を得られたりしたことが、リアリティショックを低減させ、その後のキャリア形成にもプラスの影響を及ぼしているのではないか。

図表10 初職入社時に会社を「期待やイメージよりも“良く”感じた」割合 (%)(※7)
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2.成長環境(Off-JT機会、教えてくれる先輩の存在)
入社した後に企業から教育訓練機会を提供されるか、また仕事の姿勢などを教えてくれる先輩や上司、同僚がいるかどうかが重要なファクターとなっている点についてはこちらで検証した。こうした成長環境についても検証を行ったところ、「複数社応募」者はこうした機会が“なかった”割合が低いことがわかった。
就職年目にOff-JT機会がなかったという者は「社のみ応募」で61.4%、「複数社応募」では52.3%であった。ロールモデルがいなかったという者は同42.5%、25.4%であった。キャリア最初期に企業から投資を受けられる環境があるかどうかは技能・経験の乏しい若者のキャリアにとって非常に重要な要素である。こうした研修制度や育成的な環境を見極める意味で、「複数社応募」が一定の役割を果たしている状況にあるといえよう。

図表11 就職1年目の成長環境(%)
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3.著しく労働条件が悪い企業に入社した割合
最後に、著しく労働条件が悪く就労困難な企業、いわば“ブラック企業”のような企業に初職で入った割合を確認する。
生徒が選考を受ける社に対して学校が推薦を出し、内定を見守る形態による「社のみ応募」と比べた場合の、「複数社応募」に対する懸念点として、学校の監督が及ばなくなる可能性があることが指摘される。これにより、労働条件が著しく悪い企業に高校生が“騙されて”入ってしまうのではないか、という声がある。
ここで「著しく労働条件が悪い企業」は年目の年収と労働時間から算出した時給水準が700円以下だった者と定義(※8)し分析を行った。
結果を図表12に示している。都道府県によって賃金水準が異なるためにここでは首都圏の都道府県(東京都、千葉県、神奈川県、埼玉県)とそれ以外で算出した。首都圏就職者においては、「社のみ応募」者で7.7%が、実際の労働時間あたりで算出して著しく賃金単価が低い企業に入社している。「複数社応募」者では7.0%と、同水準であった。また、非首都圏就職者では、それぞれ10.8%、8.3%であった。
給与水準自体は求人票を見れば明確であるが、実際の就労時間や残業代の有無は入社して初めて確認できることが多い(※9)。いずれにせよこの結果は、「社のみ応募」という“学校やハローワークによって整えられた入職経路の方が、必ずしも労働条件の良い会社に就職できるわけではない”ことを示唆している。

図表12 就労困難な企業に入社した割合(%)
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関連する指標として、初職の労働条件が事前に聞いていた情報と合致していたかを図表13に示した。つまり聞いていた・提示されていた条件との関係で「話が違う」と感じた経験について検証したものだが、その割合について両者に大きな差はない。むしろ「複数社応募」者の方が、「合致していた」割合が高い傾向にあった。

図表13 入社前に聞いていた情報と「合致していた」割合(※10)(%)
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今回検証した、「就職活動のプロセス」の違いについては、これまで高校生の就職に対する調査・研究としてはほとんど着手されてこなかった分野である。その背景には、これまで高校生の就職の“典型コース”ともいえる、学校による保護的な支援を受けて入職していくケースが多かったため、検討の必要性が低かったことがあるだろう。
しかし、普通科の進路多様校など、すでに手厚い就職指導が困難となっている学校もある。経験のある教職員の退職・世代交代によって比較的経験の浅い進路指導主事が担当する学校が増えているという話も聞く。さらに、教員の超過労働の問題もあり、生徒の就職指導の環境は大きく変化してきたといえる。こうした中で、学校が決めた社にのみ応募して入職する、という就職活動が生徒にとって全面的に有効であるとはいえなくなってきているのではないか。
高校卒の若手社会人を詳細に分析した今回の結果は、こうした現状を端的に示しているのではないだろうか。

(※1)選考開始から週間時点では現行の就職慣行上では社目を受けることは難しい時期であり、この時点での内定率は916日開始の就職活動において“社目の選考で内定を得た”高校生の比率であるため
(※2)リクルートワークス研究所が高校に対して行ったインタビューにおいても、学校推薦を与えるか否かの基準として、学校の成績、出欠席状況などをスコア化して決定している旨を確認できる
(※3)「高校年生の頃、あなたの学業の成績は、学年全体の中でどれくらいでしたか。」と質問し、「上のほう」から「下のほう」で構成される件法の回答のうち、上位2つを回答した者
(※4)「高校年生のときのあなたの欠席状況について、一番近いものを選んでください。」と質問し、「答えたくない」を含む項目のなかから、「欠席しなかった」、「年間1・2日」と回答した者
(※5)「現在のあなたの仕事やキャリアに対する満足感について、最もあてはまるものを選んでください。」という質問に対する各項目を「満足している」から「不満である」までの件法で回答を得た結果のうち、上位2つ(「満足している」「どちらかといえば満足している」)回答の者の割合
(※6)「以下の各質問に対するあなたの考え方について、最も近いものを選んでください。」という質問に対する各項目を「よくあてはまる」から「全くあてはまらない」までの件法で回答を得た結果のうち、上位2つ(「よくあてはまる」「あてはまる」)回答の者の割合
(※7)「最初に就職した会社・職場について、入社前の期待やイメージと比べて、入社後どのように感じましたか。」という質問に対する13項目を件法(「かなりポジティブ」~「かなりネガティブ」)で回答を得たうちの「かなりポジティブ」「ややポジティブ」の合計の割合。図表では視認性の観点から項目を抜粋して表記したが、13項目全てで合計割合について「複数社応募」が高かった。なお、結果を因子分析(最尤法、プロマックス回転)し、3つの因子を抽出した結果も「人ギャップ因子」で「社のみ応募」が-0.01、「複数社応募」が+0.18、「組織・仕事ギャップ因子」で同-0.02、+0.18、「条件ギャップ因子」で同+0.00、+0.17と、「社のみ応募」がネガティブなギャップが大きい結果となっている。
(※8)具体的には、年目の収入(税込みの額。副業・兼業からの収入を含め、賞与・ボーナスも含める)に対して、年目の平均的な週間の労働時間(残業時間はカウントし、通勤時間、食事時間、休憩時間は除く。複数の勤務先で仕事をしている場合は、合計の仕事時間。時間単位で集計)に50を乗じたものを年間労働時間水準として、「年目の収入」÷「年目の年間労働時間水準」によって算出。なお、外れ値を除外するために、労働時間は28時間以上100時間未満を対象、収入は130万円以上2000万円未満を対象として集計した。サンプルサイズ1782。うち首都圏就職者361、非首都圏就職者1421
(※9)リクルートワークス研究所が実施・公開した高校卒就職者の就職に関する調査においても、「きれいごとだけでなく、本当のことも聞きたかった」「実際の仕事内容を知りたかった」などの声を確認することができる
(※10) 「最初に就職した会社・職場について、以下の事項は入社前に聞いていた情報と合致していましたか。この場合の「合致していなかった」はあなたにとって、入社前に聞いていた情報より不利な条件であったことを指します。」という質問に対する回答のうち、「合致していた」回答の割合