識者に聞く。高校卒就職システムの現状と展望厚生労働省 人材開発統括官付 河嶋正敏参事官(若年者・キャリア形成支援担当)

2021年2月、リクルートワークス研究所は、調査レポート「高校生の就職とキャリア」を発表した。本レポートでは(1)高校卒業後のキャリア形成の調査(2)送り出す学校の調査(3)採用企業調査をベースに、横断的に「高校卒就職システム」の検証を行っている。本連載では、レポートで得た視点をもとに、高校卒就職に詳しい有識者にインタビューを実施。
今回は、厚生労働省で高校生の就職・採用を所掌し、若年層のキャリア支援を所掌する河嶋正敏参事官に話を聞いた。
(聞き手:リクルートワークス研究所 古屋星斗、坂本貴志)
(2021年2月実施)

yosikawa_profile.jpg(プロフィール)
厚生労働省 人材開発統括官付 河嶋正敏参事官(若年者・キャリア形成支援担当)
1998年、農林水産省入省。2016年に同省食料産業局食品流通課商品取引室長。同年、同省大臣官房政策課調査官。2017年農林水産大臣秘書官事務取扱を務める。2018年同省大臣官房秘書課人事企画官。2020年8月より現職。

コロナ禍で、高校卒採用でも「オンライン就活」が進んだ

──はじめに、高校生の就職の現状について、河嶋参事官の所感をお聞きしたいです。

今年1月に文部科学省が公表した「令和2年度高等学校卒業予定者の就職内定状況調査」によると、2020年11月末時点の高卒者内定率は80.4%。前年10月末と比較して3.2ポイント増と、足元の数字はそこまで悲観的でないと捉えています。
コロナ禍による学校の臨時休業期間などに鑑み、高校卒者の採用選考期日を例年の9/16から10/16に後ろ倒しにした結果、学校・企業ともに一定の準備期間が確保できたのでは、と考えています。
一方で、コロナ禍を受けて、就職内定者数の減少に比べ、就職希望者数が11ポイント減と大幅に減少している、というデータは見過ごせません。この点については、就職から進学に志望を切り替えた生徒が一定数いたのでは、と認識しています。
内定者数自体も、前年同期比で7.5ポイント減と減少傾向にありますし、一部産業が大きな打撃を受けているのも事実です。一方で、大手企業が採用数を絞ったことを受け、地方を中心に、高校生採用に踏み切る中小企業が出てきているという話もあります。
こうした複数の視点を踏まえ、ハローワーク等を通じて学校、企業双方に積極的にアプローチし、求人開拓による多様な就職先の選択肢を提示できるようにするなど、一人でも多くの生徒が希望に沿った就職・採用を実現できるよう、様々な取り組みを鋭意進めているところです。

──選考期間の後ろ倒しについては、高校の先生や企業人事の方からもしっかり準備に臨めてよかったという声も聞きました。また、昨年はオンライン就活の定着も進みましたね。

そうですね。コロナの影響により、今年度は職場見学や企業説明会のオンライン化が急速に進みましたが、来年度以降も引き続き、こうした「オンライン就活」が行われると考えられます。
教育現場や企業におけるオンライン環境の整備状況には、地域や企業の事情によって濃淡があるため、行政の立場からもその点に配慮しつつ、取り組んでいきたいと考えています。

ハローワークを高校生にとってもっと身近な存在に

──今回、当研究所が発表したレポートでは、高校卒就職後のうち21%が、正規雇用の初職を退職し、現在非正規雇用として働いているとわかりました(20代後半時点)。就職後のキャリア形成について、政策上感じられている点はありますか。

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高校卒の新卒就職者に占める正規雇用の割合は96%。つまり、新卒時点ではほとんどの就職者が正規雇用で採用されています。しかし、その後の定着度合いは決して高いとはいえません。
もちろん、個々人の事情はあると思いますが、就職後の職場定着、再就職支援については、積極的にサポートしていきたいと考えています。
例えば、今お話しいただいたような非正規雇用の方が、正社員としての雇用を望んでいる場合には、フリーターの正社員就職を支援する「わかものハローワーク」、高校卒業後3年以内の方であれば、新卒者等専門の「新卒応援ハローワーク」、といったように、複数の支援体制を整えています。
ただし、就職後にいきなり「キャリアについて考えてください」と突き放されても、本人にとっては困難な場合も多いでしょう。だからこそ、まずは就職活動前の高校1~2年生の段階から、学校におけるキャリア教育により、主体的なキャリア形成を促していくことが非常に重要だと考えています。

──学校でのキャリア形成について、具体的にどのようなアプローチがあるのでしょうか。

まずは、学級担任や進路指導担当の先生が、生徒の特性や職業適性などを十分に理解した上で、生徒や保護者の意見を把握することが重要です。それから、就職活動前に、複数の企業について研究を行い、その上で応募前職場見学に行くのも手ですね。一社とは言わず、いくつかの企業を研究することで、より仕事や企業への理解が深まるのではないでしょうか。
もちろん、地域によって応募前職場見学にも様々なルールがありますが、生徒の理解を深め、選択肢を広げる観点から、複数社の企業研究をした上での応募前職場見学が広がっていくことを期待しています。
それから、厚生労働省としては、学校側にも協力いただいた上で、ではありますが、ぜひハローワークを高校生の低学年のうちから活用いただければと思います。
当然、学校では1、2年生の段階から進路ガイダンスを行っています。ですが、地域によっては、ハローワークから、就職支援ナビゲーターと呼ばれる職員が学校に出向いて、1年生を含めた進路指導を行っているところもあるのです。
就職活動前の早い段階から、顔見知りのナビゲーターが進路相談に乗ってくれて、その後のアドバイスもしてくれる。こうした環境を就職活動前の段階から整えることで、生徒が主体的にキャリアを考える一助になるのではないのでしょうか。3年生になって就職活動が本格化してからハローワークに足を運ぶというのでは、少しハードルが高いと思いますから。

──なるほど。職場への理解を促しつつ、自己理解も早いうちから進めていくべきである、というわけですね。

そうです。加えて、当たり前ですが高卒就職者は未成年の方が多い。ですから、保護者の方の意見も尊重する必要があります。
この点についても、企業と学校、そして先ほどお話しした就職支援ナビゲーターが協力していくことができると思います。例えば保護者向けの企業見学会の場を設ける、といったように、保護者の方の理解を深めるような機会をつくることも重要だと思います。

無題.jpg(厚生労働省 河嶋参事官)

また、学校とハローワークを別物のように捉えている方も多いかもしれませんが、実際には、就職支援ナビゲーターが高校に足繁く通って、先生、あるいは生徒とも綿密にコミュニケーションをとっている事例も少なくありません。
就職後の「ミスマッチ」による早期離職を防止するためにも、生徒の適性や志向を深く理解している先生と、企業の情報を把握しているハローワークがしっかりとタッグを組んで、進路指導に関わっていけるようになればと考えています。

「一人一社制」はどうなるのか

──参考になります。今ミスマッチについてお話しいただきましたが、それに付随して「一人一社制」についての見解もお聞きしたいです。

いわゆる「一人一社制」とは、採用選考期日から一定期間に限って、1人の生徒が応募できる企業を1社のみとして、学校が推薦する、という高校生の就職慣行です。
現在、秋田、沖縄の2県では採用選考期日当初から、残りの45都道府県は選考開始から一定期間が過ぎた後、複数応募可能としています。
この点については、地域の産業構造等の違いも関わってくることから、各都道府県レベルでの議論を促しているところです。
ただし、応募の枠だけを増やしたからといって、ミスマッチが解消されるのか、というとそうではないと考えています。
繰り返しになりますが、生徒がしっかりと企業研究を行い、自分に合った会社が見つけられるか。また、先生が生徒の人となりを正確に理解した上で、推薦する企業を提示できるか。この部分をまずは徹底すべきではないか、と。

── 共感します。私も、「一人一社」ルール自体に問題があるというよりは、ルールに過剰適応した就職活動の実態が問題ではないか、と考えてきました。例えば、「一人一社制だから、そもそも一社しか企業見学をしていない」といった実情があります。

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そうですね。そうした事実も踏まえて、学校、ハローワークともに、応募前の段階から、生徒自身により多くの企業研究を促しつつ、企業見学を行うといった部分に、もっと力を入れていってもらいたい、と思います。
そして、これは、企業の方にも、よくよくお願いしたいところですが、職場見学を受け入れることは、もちろん簡単なことではありません。誰かしら、社員の方が生徒を案内しなくてはいけなくなるので、時間やコストの制約も発生します。
ただし、こうした機会に生徒に対して十分な理解が促せないと、結果的にミスマッチを生み、早期離職につながるかもしれない。長い目で考えると、企業にとっても損失になりかねないともいえるでしょう。
そうならないためにも、事前の職場見学やインターンの受け入れが企業のメリットにもなる、ということを、私たちとしても、可能な限り訴えかけていきたいと思います。

──同感です。就職支援に関してもう一点、お聞きしたいです。昨今は民間の就職エージェントなど、学校でもハローワークでもない、サードプレイヤーの台頭も始まっています。この点についてはどう捉えていますか。

民間職業紹介事業者ですね。この点に関しては、昨年2月に取りまとめられた「高等学校就職問題検討会議ワーキングチーム報告」の中でも、「職業安定法上、民間職業紹介事業者による職業紹介が可能であるということが十分に知られていないという実態がある」と記載されています。
ですから、高卒者が民間職業紹介事業者による職業紹介を利用できることについて明確化し、周知を行っていく必要があります。
他方、こうした民間職業紹介事業者の認知度、浸透状況については、地域ごと、学校ごとに差があります。
このため、学校関係者もメンバーとなっている各都道府県の高等学校就職問題検討会議において、生徒の主体性を尊重しつつ、学業に専念できる環境を整えることを前提に、進路指導について丁寧な対応を行う観点から、民間職業紹介事業者による就職あっせんの在り方について検討、協議を行っていただきたいと考えています。

行政として「就職後」の支援にも注力

──最後に、就職後の行政支援についてお伺いしたいです。私たちの調査によると、「学校機関で学び直したい」と考えている高校卒社会人は、全体の32.3%いました。この点について、行政で何か支援はしていますか。

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「学び直しがしたい」という意欲については、私たちとしても貢献したいと考えています。
高校卒社会人に限らず、誰であっても、何歳になっても、必要なスキル・能力が身に付けられる環境を整える。厚生労働省として、特に力を入れている施策のひとつです。
具体的には、労働者の主体的な学び直しを支援する「教育訓練給付制度」を用意しています。これは、民間の教育訓練機関を含めた、様々な講座を受講する際に、その費用を一定割合で給付する仕組みです。
MBAやマーケティングといったビジネス系の講座であったり、介護や福祉といった医療関係、他にもIT関連の講座など。多種多様な教育機関のコースが給付の対象となっています。
こうした制度も、学び直しを考えている若手社会人の方には、ぜひ活用いただきたいですね。

──厚生労働省として、就職後の支援についても積極的にサポートされている、と。

ええ。ほかにも、在職者を対象に、必要な時にキャリアコンサルティングが受けられる仕組みも整えています。
全国に37カ所設置されている「キャリア形成サポートセンター」で、いつでも気軽にキャリアや仕事の悩みを相談できる体制があります。
特に、昨今はコロナの影響で研修などもオンライン化しているケースも多い。そう考えると、なかなか新入社員の方は職場に溶け込みにくい環境になっているかもしれません。
そういった時に、企業の内外を問わず彼、彼女たちの悩みを受け止めたり、これからのキャリアプランをイメージできるような場所として活用してもらえる。そんな場所になるといいな、と考えています。
就職前から就職後まで。高校卒業者のキャリア形成のために、一貫したサポートができるよう、厚生労働省としても一層注力していく所存です。

──ありがとうございました。

(執筆:高橋智香)