識者に聞く。高校卒就職システムの現状と展望早稲田大学 教育・総合科学学術院 大学院教育学研究科 三村隆男教授

2021年2月、リクルートワークス研究所は、調査レポート「高校生の就職とキャリア」を発表した。レポートでは(1)高校卒業後のキャリア形成の調査(2)送り出す学校の調査(3)採用企業調査をベースに、横断的に「高校卒就職システム」の検証を行っている。本連載では、レポートで得た視点をもとに、高校卒就職に詳しい有識者にインタビューを実施する。
今回は、かつて商業高校などの進路指導主事でもあり、高校の進路・就職指導の実際と理論をつないできた早稲田大学 教育・総合科学学術院 大学院教育学研究科 三村隆男教授に話を聞いた。
(聞き手:リクルートワークス研究所 辰巳哲子、古屋星斗)

三村先生.jpg(プロフィール)
早稲田大学 教育・総合科学学術院 大学院教育学研究科 三村隆男教授

高校教員時代から進路指導・キャリア教育の実践に取り組み、2000年に上越教育大学の講師、その後准教授となる。その間、上越市のキャリア教育を推進し、公立中学校のスクールカウンセラーとして活躍。2008年に早稲田大学教授として教職大学院における教員養成に取り組んでいる。早稲田大学大学院教職研究科長、日本キャリア教育学会会長、労働政策審議会能力開発分科会委員などを歴任。

高校卒採用システムの「不正義」とは

── はじめに、今回のレポート「高校生の就職とキャリア」についてご感想をお聞かせください

私は、長らく高校の進路指導に携わってきました。その時に感じていた肌感覚を含めて、高卒採用の実態について、データを用いて丁寧に整理されていると思います。
特に、これまであまりクローズアップされてこなかった、「就職者の追跡調査」に焦点があてられている。これは、とても評価できるポイントです。ぜひ、高校や事業所で高卒就職に携わる方々にも目を通してほしいですね。さらに、今回のレポートは「社会正義」の議論にもつながると思います。

── 高校卒採用が「社会正義」につながるとはどういう意味ですか?

社会正義とは、社会にある「不平等」や「不利益」を是正していくスタンスを指しますが、この調査で明らかになった数値は、まさに高卒採用を取り巻くシステムの限界や歪みを突きつけているといえます。
いわゆる「一人一社制(※1)」に関する議論がいい例です。高校生のために設定された制度が、当事者の利益に必ずしもなっていない。つまり、「不正義」であるという事実が示唆されています。

図表 1社だけを調べ見て、1社だけを受けて、1社に内定した人の割合とその後のキャリア状況図表1.jpg※「高校生の就職とキャリア」では、志望企業を「一社だけ」に見定めて就職活動を行った場合、複数社を検討した就職者と比べて「就職後に仕事への自信や好奇心が湧き上がってきにくい」と答えている割合が高い、という事実を提示した。
(報告書P.11)

「一人一社制」が生まれた背景とは

──高校生のために一人一社制ができたとおっしゃいました。この仕組みが浸透した背景を教えてください。

発端は、戦前まで遡ります。昭和15(1940)年に発刊された、秋田職業紹介所の『職業指導』では、就職前の職業指導方針として「一人一職指導、志望、採用。採用後の不動厳守」という文言が記載されています。ここで言う「一人一職指導」や「不動厳守」とは、1社しか就職希望が出せず、内定後の辞退は許されないという意味です。翌年には国民学校ができ、戦時体制下では労働統制による労働力の効率的な運用が必須であり、労働人口動態を固定化していこうという中で生まれた言葉です。このことによって、労働力が固定化されていき、ある程度国がそれをコントロールできるんだ、という流れがあったかもしれないということです。
その後、事業所側にも人材が安定供給される時代に変わっていきました。しかし、その中でも1人1社というのは、生徒本人ではなくて、学校や事業所がコントロールできる状態にしておこうという主旨だったと思います。1人1社の仕組みが進路指導の就職担当の矮小(わいしょう)化によって、いわゆる自由応募なんかで子どもたちが選んだらもう収拾がつかない、1人1社でなくてたくさん受験しに行ったら事業が成り立たないというような意識で用いられはじめた流れになっているのではないかと思います。
そしてこの仕組みは、戦後の高度経済成長期においては、生徒にとっても都合が良かった。もちろん学校によりますが、日本社会においてはある時期までは、財閥系の銀行を筆頭にした一流企業への推薦枠が必ず用意されていたわけですから。
こうして「一人一社制」が定着しましたが、1986年の円高不況による求人減少を皮切りに、次第にこの構造が崩れてきます。

── 「一人一社制」にまつわる議論は枚挙に暇がありませんが、学校調査の結果からは、この仕組みが必要だとする意見もあります。

私は普通科と商業科の併設高校で就職支援をしていたのですが、当時、特定の企業への就職推薦枠ありきでその高校に入学した、という生徒を何名も見てきました。
大学の指定校推薦と同じく、各学校に割り当てられた採用枠に対し、成績を軸にした校内選考で希望者が推薦される、という仕組みがあったからです。
もちろん、一人一社制と学校推薦をベースにした採用は相性がいいですし、一概にそれが悪いとはいえません。昭和60年代の話ではありますが、当時は「求人数男子1名」といった記述があったように記憶しています。そのころはまだ男女別採用でした。その求人票を見て、学校側は「1名しか推薦してはいけない」と暗黙の了解として解釈してきたのです。
大学の推薦枠なら、その後の一般入試で自由に応募できる権利が確保されているため問題ないですが、1社しか受けられない中、「生徒が企業を受ける権利」を学校側がコントロールするのは、職業選択の自由に抵触する恐れがあります。無論、校内の選考業務を効率化したいのかもしれませんが、冒頭でお話しした「不正義」に該当すると思います。

職場を「自ら選んだ」実感を育むには

──その結果、就職先の複数検討が十分になされず、今回の分析結果からは、高卒就職者が自身のキャリアに「納得感」を持てない状況が続いているように見えます。

そうですね。高卒就職者がキャリアへの「納得感」を持てない背景には、恐らく進学者の志望校選択とのギャップも関係していると思います。
現在、進学を希望する生徒は、オープンキャンパスにいったり、体験授業に出向いたり。関連する大学や学部の情報をもとに、受ける志望校を絞り込んでいくでしょう。
他方、就職者は一人一社制によって十分に比較検討ができない。「なんで自分は進学する同級生たちと同じように、企業を選べないんだろう」と感じるのも無理ありません。

── 就職者にも「自ら進路を選択したんだ」と感じてもらうには、どのようなアプローチが必要なのでしょうか。

教育者に、二つのマインドシフトが求められると思います。
一つは、生徒の「主体的な進路選択」を促す意識を持つこと。このキーワードは、平成元年の告示より30年間うたわれてきており、2018年に改定された新学習指導要領にも盛り込まれています。当然ながら、主体性が進路指導では重要だ、という点は以前から指摘されてきました。けれども、先ほどお話しした一人一社制もあいまって、徹底できていないのが現状です。
その上で、高校生に「企業や組織で働く人」としての基礎をインプットする必要もあると考えます。企業で働くイメージが持てなければ、自分のキャリアの想像すらつかないはずですから。
もちろん、高校までの生活を通して集団行動への適応力は育まれている。なので、そこにプラスして、社会や企業で通用するコミュニケーション力を身に付けてあげるのです。
これが、就職指導のゴールだと思います。

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そして、もう一点。生徒の「未熟さ」をどう考えるかということです。高卒就職のルーツは、大正時における小学校を卒業してすぐに働き始める子どもたちに対する児童養護の意味合い、つまり「チャイルドセービング(児童保護)」の理念があり、それが現在にも引き継がれています。
対象が高卒になっても、今なお、学校、企業ともに「過保護」状態が続いていると思います。高校生たちは未熟だから、守ってあげなきゃ、と。
ただ、それが行き過ぎた結果、彼らの社会的・職業的自立を阻害してしまっているのではないでしょうか。

── 成人年齢も18歳に引き下げられますね。

そうです。もちろん、就職に関わるすべての場面で「大人」と同じように扱うのは難しいでしょう。ですが、少しずつ意識を改善していかないと、彼らのキャリアへの「納得感」はいつまでたっても育めないと思います。

(2ページ目に続く:学校、事業者、企業。三者の「連携」が肝要だ

学校、事業者、企業。三者の「連携」が肝要だ

── お話しいただいたマインドシフトも重要ですが、高校の先生が生徒一人ひとりにかけられる時間は限られているという現実もあります。どのような方法を考えていくのがよいでしょうか。

学校進路指導においては、多くの場合、進学担当と就職担当が分かれています。ただ、就職担当については、専門高校や就職者の多い高校ではある程度重きを置いていますが、就職者の少ない学校では進学が中心になっている部分もあると思います。さらに、今は人事を数年ごとにローテーションするのが当たり前になっているので、継続性が必要なはずの進路指導の特殊技能が無視されてしまっている状態です。つまり、就職指導に長けた方がそのポストを長年担当するのは現実的ではなくなっています。その上、就職指導では進学指導のように先生方自身の辿ってきた大学選択とは異なる経験が求められます。
今後は、ハローワークやキャリアコンサルタントなど、外部事業者と積極的に連携する方向に向かうのではないかと思います。

図表 学校が考える学校で取り組んだほうがよい指導(%)図表2.jpg※各項目において未回答による欠損値があるため、合計は100%に満たない
(報告書P.20)

ハローワークとの連携でできることも多いのですが、就職担当もローテーションで変わっていく現状では、ハローワークとのつながりも弱く、うまく連携できていないのではないでしょうか。例えば、ハローワークは学卒予算を組んでいますから、企業見学のためのバスを出してもらったり、レディネス・テストを無料で受けさせてもらうこともできます。ハローワークをうまく活用すればいいのですが、ハローワークが文部科学省や教育委員会の管轄から外れている、ということもあって活用に二の足を踏んでいる先生も多いと聞きます。
とはいえ、ハローワークも人手が十分に足りていない現実もある。そこで、別の機関、例えば高校生の就職を担当する機関として、地域にキャリアセンターを開設するという方法も考えられます。

── 大学のキャリアセンターのような、キャリアを考えるための「サードプレイス」をつくる、と。

ええ。実際に、米国では大学生も高校生も一般の人も来る、地域のキャリアセンターの事例もありますからね。加えて、高卒の就職者は「情報誌」が少ないのも解決すべき問題だと思います。いわゆる一般求人誌とは違った高卒用の情報誌とか、高1から高3までの3年間かけて就職を希望する生徒にはこういう機会を与えていこうという流れも示されていない。特に普通科では、就職希望者は少数だけれど、どうやって彼らの支援をするか、どの学校でもある程度できるような形にしていかないといけません。

── 企業が自社の魅力をもっと生徒にアピールしていく機会も必要だと思います。

私が教員をやっていた昭和60年代は、職場見学を推奨していました。当時の職安でバスを出してもらい、卒業生の職場や長年お世話になっている地元の事業所を訪問し、今でいうジョブシャドウイングを実施し、仕事に生で触れてもらいました。インターンシップが許されない時代でしたので、製造、流通、ホテルなどなかなか経験できない職場を回りました。本当に、ただ見学に行くだけです。事前選考ルールに抵触しないようにしていました。

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でも今は、インターンシップなどの制度も充実してきましたし、企業を訪問して「リアルな職場を見る」チャンスは増えている。なので、企業はこうした卒業生との接点を積極的に生かしていくのがよいと思います。

今後の「キャリア教育」はどうあるべきか

── 三村先生はキャリア教育を学校の教科に組み込んでいく、「Linked Learning(リンクト・ラーニング:つながる学び)」の重要性を指摘なさっています。

リンクト・ラーニングは、米カリフォルニア州を中心に取り組まれている、キャリア教育の一種です。
主旨は、誰もが高等教育機関で学び、仕事に就く準備ができている状態にするということです。高度化する社会の中で、これまでのように、学んだ後に働くといった順序は崩れてきています。そのため、働くことと学びは常につながっているのだという前提に「つながる学び=Linked Learning」が必要なのです。

図表 リンクトラーニングとは何か図表4.jpg(出典)パワーアップ情報ファイル2019年12月号 【キーパーソンに聞く②】早稲田大学教職大学院教授 三村隆男氏 より引用(2021年3月9日閲覧)
https://www.panasonic.com/jp/corporate/sustainability/citizenship/pks/demae/career/powerup/191225.html

この指針のポイントは、英語、数学、理科といった独立した教科で物事を教えるのではなく、複数の教科の先生が協力しあって、ひとつの授業を作りあげること。
例えば、英語の授業で「温室効果問題」を取り扱うとしましょう。
その際に、英語の先生が淡々と授業を進めるのではなく、例えば理科の先生と協業して温室効果を再現する実験をしてみたり、社会の先生と一緒に温室効果ガスが社会経済に与える影響を議論してみたり。複数の教科を融合(Linked)させて、ひとつの事象を多面的に学ぶことを推奨するんです。
それが、巡り巡って就職や進学後に生きる「教養」となる。そう考え、日本でもリンクト・ラーニングを実践できないかと今、少しずつ導入を進めているんです。

── 大変興味深いです。「リンクト・ラーニング」は、どうやって推進していくのがよいでしょうか。

もちろん、学校や企業、行政機関といった、様々なプレイヤーの協業が求められるとは思います。ですが、基本的には地域レベルで責任を持つのがベストです。
地場産業の未来をどうやってつくっていくか。どんな人材を育てるべきか。それを考えるのは、地域の仕事ですから。
全国一斉に制度を整えても、地域によって差異が出てしまっては、再度調整が必要になってしまう。実際、本国のアメリカでも地域レベルでの検討によって、導入が進んでいます。
リンクト・ラーニングでは、テーマがあって教科が横断するのではなく、教師自身が自分の教科指導を充実させるために他教科の先生を巻き込むのです。専門性と専門性がぶつかるところに職業や生き方を創出するのです。言い換えれば、こうした学びが同時多発的に授業で生まれると、多様なものの「見方・考え方」を生徒は身に付けることができ、それがこれからの生き方を創出する学びにつながる価値観となるのです。
その過程で、自分がどの部分で社会に貢献したいかを検討してもらうことが、これからのキャリア教育にとって必要ではないかと考えています。
もう「やりたいこと」を追求するだけのキャリア教育は終わったと思うんです。これからは、一人ひとりが、社会の求めにどのように応えられるかを吟味し、学ぶことでその役割を職業につなぎ実現することになります。それを支援するキャリア教育時代が来ています。その意味で、コロナ禍における医療業務従事者の姿から学ぶことは多いのではないでしょうか。また、仕事を通じて社会の役割を果たすということに、「一人一社主義」がどのように関連しているか、高卒就職に関わるすべての人に考えていただきたく思います。

── ありがとうございました。

(※1)学校を介した採用選考で、就職活動解禁時に生徒の応募企業を1社に限定するルール