学習を阻害する組織の現状大人の学びをどう捉えるか

学びの概念はここ数年で大きく変化してきている。実際に研修会などで「自分らしい学び方を教えてください」と尋ねると、これまでは「学び」とは認識されていなかった、「他の人に教えてあげる」「たまに行動を振り返る」など、“知識を使ってみること”や“人とのかかわり”“普段接しない人と会話すること”などが「学び」として挙げられる(※1)。
さらに学びのプロセスにおいては、アンラーニングのように既知の内容を学びほぐし、新たな知との融合を図る場面もあるだろう。こうした、多様な大人の学び行動をどのように捉えたらよいのだろうか。

多義的な「自己啓発」の対象

これまで大人の学びには、「自己啓発」という言葉が多くあてられてきた。内閣府(2021)はリカレント教育を構成するメニューを公的職業訓練、OJT、Off-JT、自己啓発、就業以外の職務経験等の 5つに区分し、自己啓発をその一部に位置付けている。ただし、「自己啓発」の意味づけや概念、その対象は論者によって大きく異なっている。厚生労働省「能力開発基本調査」では、自己啓発とは、「労働者が職業生活を継続するために行う、職業に関する能力を自発的に開発し、向上させるための活動をいう(職業に関係ない趣味、娯楽、スポーツ健康増進等のためのものは含まない。)」(厚生労働省,2021)と定義している。原(2014)は、「個人が、勤務先の指示ではなく、自分の意思で、就業時間外に自身で費用を負担して行う、今の仕事やこれから就きたい仕事にかかわる学習のこと」としている。また、中原(2014)は、「組織から強制的に学ばされるのではなく、従業員が自発的に読書、e-Learning、資格取得などを通じて自己学習をすること」と意味づけた。その他にも国や研究者によって行われてきた「自己啓発」の定義を概観すると、以下に挙げるようにその内容には揺らぎがある(安西ほか,2000;川端,2003,厚生労働省,2021)。
① 組織主導による人材育成か、個人の自発的意思に基づくものか 
② 今の仕事に直結する学習か、個人のキャリア形成を促進するための長期的な学習か
③ 職務遂行能力の向上を目的とするものか、包括的な人格形成を目指すものか

実際に職場の学びを捉えようとしたとき、自己啓発の定義として示された上記①~③以外にも、職場での経験を通じた学習や既知の学びほぐしが求められるアンラーニング、芸術に触れたりまったく専門分野と異なる人との接点を持ったりするなど、アイデアを生み出すための土壌を耕すような学びもある。近年複数の企業で活発化している、他者との対話を通じて答えのない問いと向き合う学びもある。これら大人の学びをどのように捉えたらよいのか、まずは企業内スキル獲得方法の歴史的な変化に着目した。

企業内スキル獲得方法の変化

企業内のスキル獲得方法の変化を概観してみると、1990年代までは仕事に必要なスキルは企業が考え、そのスキルを効率よく獲得できるよう、自社内で研修が企画・開催されていた。しかし、この仕組みは2000年に入って大きく変化している(図表1)。

図表1 スキル獲得方法の変化スキル獲得方法の変化注:the future workplace experience: prepare for disruption in corporate learningを参考に著者作成

以前は組織に「同じ量・質のスキルをもった人」が多くいる状態が望ましいとされていた。こうした時代には、講師がもつ知恵を従業員に一斉に効率よく分配するという形式での一斉集合一斉研修が効果的だった。ところが2000年代に入り、スキル獲得方法が変化してきた。その背景には、産業構造の変化により、仕事の内容がより複雑化してきたこと、一人ひとり異なる仕事の経験や専門性に対してこれまでのような、「講師がもつ知恵を参加者に共有する」という形式での一斉集合研修が成り立たなくなってきていることがあげられる。
同じ知識を同時に伝達するだけなら、学習者の必要や都合にあわせた自主学習の機会をつくればよく、あえて集まる必要はない。さらに、学習テクノロジーの進化やコロナ禍でリモートワークが進んだこともあり、近年のパーソナライズド・ラーニング(個別化された学習)の潮流は、より自分のやり方にあった学びが実現できる環境に変化してきている。個々に必要な学びをより効率的に行える環境が整ってきたといえるだろう。

しかし、これら一連の学習は、正解のある学びを効率的に行うのに適した方法ではあるものの、場を提供したからといって、個人に主導権のない「やらされる」受け身の学びの状態では、個人は自主的に学ぶことはないだろう。また、この方法は、先の見えない社会において他者との間で新たな意味を創り出していく種類の創発や共創といった学びには向かない。

本プロジェクトの「学び」の視界

本プロジェクトでは上記のような自己啓発や大人の学びに関するこれまでの研究成果に目配りしつつ、メンバーの多様な経験をもとに、実際の大人がどのように学んでいるかを挙げ、それを2軸4象限に集約することを試みた。以下図表2である。

図表2 4象限の学び
4象限の学び縦軸は、時間軸だ。上半分は、目前の仕事で求められる学びで、下半分は今すぐ役立つものではないが、少し長いスパンで必要となる学びを指す。横軸は、客観主義の学び・構成主義の学びだ。
客観主義の学び(モノロジカル)とは、誰がみても同じ客観的な知識を身につけるプロセスとして学習を捉えることだ。学習者は教師から与えられる学習内容を効率よく取り入れることが求められ、系統的で効率的な「教え方」が重視される。企業内研修ではあらかじめ決まった知識を効率よく伝えるための仕組みとして、eラーニングや集合研修のなかで実践されてきた。構成主義の学び(ダイアロジカル)とは、知るということは「自分の中に意味を構成すること」であり、学習者一人ひとりが各自異なる意味を自ら構成していく過程として学習を捉える他者との交流によって知識が社会的に構成されていくと考える。

4つの事象を見ていこう。
課題解決型
目前の課題解決のために必要な客観的な知識を身に着ける学びだ。新たな仕事に向き合うときに不足している知識を読書で補ったりする行為がこれにあたる。

ソリューション共創型
問いを立て、他者と一緒にアイデアを出しながら、課題を解決する行為だ。

キャリア熟達型
いますぐ役立つわけではないが、長期的な個人のキャリアを考えた時に継続的に行われる語学学習や専門分野の学習行動がこれにあたる。
自己変革型
中長期の学びで、他者との対話を通じて自分自身を変容させるものだ。


本プロジェクトでは学びの概念を上記のように捉えなおすことによって、人々の学習行動の課題を明らかにし、学びに向かわせる組織・向かわせない組織の実像をあらわにしていく。

参考資料(掲載順)
内閣府(2021)「リカレント教育による人的資本投資に関する分析-実態と効果について-」政策課題分析シリーズ 19
厚生労働省(2021)「令和 2 年度能力開発基本調査」
原ひろみ(2014)『職業能力開発の経済分析』勁草書房
中原淳(2014) 『研修開発入門 : 会社で「教える」、競争優位を「つくる」』ダイヤモンド社
安西祐一郎・長尾真・坂村健・大槻説乎・山本正信・鳥脇純一郎(2000)『自己の啓発』岩波講座マルチメディア情報学第 11 巻
川端大二(2003)『人材開発論』学文社
「多義的な「自己啓発」の対象」の執筆にあたり、法政大学博士学位論文『自己啓発の促進に個人の学習方略と組織支援が及ぼす影響』を参考にさせていただきました。執筆者の佐藤雄一郎氏に感謝申し上げます。

辰巳哲子