学習を阻害する組織の現状大人が学びに向かわない潜在的な理由を検証する

これまでの大人の学びに関する多くの研究では、学んでいる人と学ばない人との差を明らかにしながらも、どういう状況であれば主体的に学び始めるか、という点について現実的な議論が不足していたように思われる。このことは、個人が学びに向かわない潜在的な理由に向き合わない限りは解決策を見いだすことは困難だ。そこで、個人が学びに向かわない潜在的な理由について、以下の4つの仮説を立て、分析を行った。

①自分がいま何を学ぶべきかわかっていない
②何を学ぶべきかわかっているが、やる気がない
③やる気はあるが、やり方がわからない
④1~3をクリアしているのにできない場合は、周り・上司が邪魔をしている可能性が高い

個人が学びに向かわない潜在的な理由を考える

①自分がいま何を学ぶべきかわかっていない(21.9%)
個人が学びに向かわない大きな理由の1つは、「自分がいま何を学ぶべきかわかっていない」ということだろう。
調査で、何を学べばよいかわかっているかを尋ねた。結果が以下の図表1だ。この質問の結果からは、(「あてはまらない」「あまりあてはまらない」を合計)すると、21.9%存在することがわかる。

図表1 「自分が何を学べばよいかわかっている」(%)自分が何を学べばよいかわかっている②何を学ぶべきかわかっているが、やる気がない(5.7%)
さらなる分析で「何を学べばよいかわかっている」のに、「仕事に関連して体系的に学びたい」と思わない人は、全体の5.7%であることがわかった。一方、「何を学べばよいかわかって」いて、「仕事に関連して体系的に学びたい」と思っているのは、25.3%であることもわかっている。何を学ぶべきか、学びのターゲットがはっきりしていれば、やる気を引き上げる可能性がある。

③やる気はあるが、やり方がわからない(8.9%)
やる気を尋ねるために、「仕事に関して体系的に学びたいことがあるか」と聞いたところ、47.5%が「あてはまる」「ややあてはまる」と回答している。そのやり方を知っているのか、「スキルアップの方法が明確か」どうかを聞いてみると、「あてはまらない」(「あてはまらない」+「あまりあてはまらない」)人が24.1%いる(図表2)
これを集計すると、仕事に関して体系的に学びたいのに(やる気はあるが)、方法が明確でない(やり方がわからない)と回答したのは、8.9%であった。

図表2 「仕事におけるスキルアップの方法が明確だ」(%)
「仕事におけるスキルアップの方法が明確だ」④そして、上記の①から③をクリアいるのに学びに向かわない場合は、周りや上司が邪魔をしている可能性が高い。『大人は自主的には学ばない』で見たように、「あなたの職場には、仕事や学びのやる気を下げるような周囲からの働きかけ(発言や介入行動)がありますか」と聞いたところ、18.1%が「はい」と回答している。

これまで個人の学びはとかく「個人のやる気」の問題にされてきた。しかし、個人が学びに向かわない潜在的な理由に目を向けてみると、自身のキャリア形成のために何を学べばよいか、どうスキルアップすればよいのかを明らかにすること、職場における「やる気を削ぐ」ような働きかけを取り除くことで、学びに向かう意識となる可能性があることが示唆されている。これら個人が学びに向かわない潜在的な理由からは、本人のキャリア形成のために必要な学びの機会を提供したり、スキルアップの方法を明らかにしたりといった、職場の先輩や上司にできることがまだまだありそうだ。

個人のキャリア観・仕事観は、どのように個人の学習行動に影響するのか

次に、キャリア観および仕事観との関連から個人の学び行動をみてみよう。
連合総研が2008年に実施した調査では、あくまで社内のキャリアについてではあるが、「自らのキャリアパスは自らが考える」と認識している人は自己啓発の実施および希望の割合は高く、「会社にまかせている」とする人では低いことが明らかにされている(連合総研,2009)。本プロジェクトで実施した調査データを分析したところ、図表3の結果が得られた。ここでは「この1年間で現在の仕事に直結する学びはありましたか」という設問に「あった」と回答した人に対して影響がみられる要因を分析した。

図表3 学習行動に影響する、個人のキャリア観・仕事観
学習行動に影響する、個人のキャリア観・仕事観この結果から、学習行動に対して、個人のキャリア観・仕事観はある程度の影響力を持っている(R2=.219)ということが明らかだ。学習行動に対して一定のプラスの影響力がみられるのは、影響力の大きい順に「自身のキャリアの中で『やりたいこと』がある」「今の自分の成長課題が何か、わかっている」「主な職場以外に自分の持ち味を発揮する第2・第3の場がある」だ。これらにあてはまる場合、学習行動がおこなわれている可能性が高い。一方で、「今の会社で定年まで働くと思う」はマイナスの影響がみられ、個人の学習行動を低減させていることがわかる。また仕事をどうとらえているかを尋ねた、「仕事観」についてはキャリア観に比べて影響力は低い。これらの結果を踏まえると、キャリアの明瞭さ、現状と将来キャリアのギャップを認識していることが学習行動につながっており、さらに自身の持ち味を発揮する場が多いほど、成長課題に気づく機会が多いからか、学んでいる。定年まで同じ職場で過ごすことを望んでいる場合には、成長という変化も望まないからか、学ばない傾向にあるようだ。

各企業では従業員の自主的な学習行動を求めている。厚生労働省(2018)では、企業による金銭的援助、就業時間への配慮、各種情報提供が自己啓発を促進するとしたレポートを発表していたが、それだけでは個人は自主的に、継続的には学ばないだろう。本分析結果からは、むしろ、自身のやりたいことを明確にするような後押しや、成長課題をクリアにするようなマネジメントの仕組み、職場以外に持ち味を発揮する場を用意することなど、個人の中長期のキャリアを軸にした職場づくりこそが、個人の学習行動につながる可能性が示唆されている。
とはいえ、これまで日本企業では長らくキャリアの主導権も学びの主導権も個人の側になかった。そんな個人に対してまず企業ができることは何なのか、稿を改めて報告する。

辰巳哲子