対話型の学びの場を創る「対話」第2回「対話型の学びが生まれる場づくり」研究会

2024年2月7日に開催された第2回研究会のテーマは、大きく2つ。第1回研究会で議論したように、学びの定義が個人の自律と成長にあるとしたとき、「なぜ会社がそれを用意するのか」、そして「人事にできることは何か」についてです。活発に行われた議論の内容をお届けします。

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<参加者紹介> 役職名は開催当時のもの
原田氏写真原田信也氏/丸井グループ 人事部 人材開発課 課長

店舗での販売、売場責任者を経験した後、本社でバイヤー業務、新ブランド開発、PB商品の開発などに従事。2021年より現職。「対話の文化」と「手挙げ文化」をべースとする創造型企業の実現に向けた人材育成・研修の企画立案に携わる。

望月氏写真

望月賢一氏/ソニーグループ 安部専務室 組織開発アドバイザー
ビジネスパートナー人事、製造事業所、合弁会社での人事総務を経て、2016年、ソニー人事センター長に就任。2020年からはソニーピープルソリューションズ代表取締役社長を歴任するなど、人事畑一筋。現在は安部専務室付きとして、組織開発、人事渉外関連を担当する。

山田氏写真

山田淑子氏/日本IBM テクノロジー事業本部 セールス・イネーブルメント部長 L&Kスクワッド リーダー
主に通信・メディア業界の営業力強化等のコンサルティング業務に従事し、15年以上にわたって人材育成に取り組む。2019年、全社横断でLearning&Knowledgeを推進するバーチャル組織「日本IBM L&Kスクワッド」が設立された当時から活動に参加、2023年よりリーダーに就任。

松本氏写真

松本雄一氏/関西学院大学 商学部 教授
北九州市立大学経済学部経営情報学科助教授、関西学院大学商学部准教授を経て現職。経営組織論、人的資源管理論を専門とし、主な研究テーマは「実践共同体(実践コミュニティ)による人材育成」。「実務家の間で『学びのコミュニティ』が一層広がるように」と考え、現在、実践共同体の入門書を執筆中。

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辰巳哲子/リクルートワークス研究所 主任研究員
リクルート入社後、組織人事のコンサルティングに従事した後、社会人向けのキャリア研修の開発を行う。研究領域はキャリア形成、大人の学び、学校の機能。2020年に「対話型社会の学び方を研究するプロジェクト」を発足、プロジェクトリーダーを務めている。

問い1.なぜ、会社が個人に学びの場や機会を用意するのか?

辰巳:前回の研究会では、学びとは「自己変容がゴールではあるけれど、それに閉じない日常の成長を促進するもの」と定義しました。そうしたときに、では、なぜ会社がそれを用意・支援するのか――今日はここから議論を始めたいと思います。

松本:一つには、個人の成長が組織の成長につながるという文脈がありますよね。そのうえで、この研究会で語られている学びには、個人のキャリア自律にもつながっていく視点があるように思います。学ぶことによって視野を広げ、主体性を持ち、自分の人生は自分でマネージするという考え方に変わっていくような。成長と自律、この2つの文脈から考えてもいいかもしれません。

山田:各企業における学びの定義に関わってきそうです。

原田:その本質を見いだすのって難しいですよね。丸井グループの場合は「人の成長=企業の成長」という経営理念の下、会社が個人に成長の場や機会を提供する意味づけが最上位概念としてあるので、私としてはやりやすいのですが、でも、学びの定義がなければ、「なぜ会社から言われなきゃいけないの」となってしまいそうで……どう答えるかは、難しいところだと思います。

望月:企業にとってはエンゲージメントと個人の成長、両方が必要じゃないですか。まず、企業が成長するには、個々のスキルやマインドセットを整えていくことが環境適応において必要ですと。企業目線で言えばそうなりますが、一方では社員自身にとっての自己効力感や成長実感が必要なわけで、企業はこの両方に取り組まないといけません。表裏一体の関係ですから。エンゲージメントが低ければ、自ら判断して動くような自律性は求められず、逆に自律性があれば、学び行動も伴ってくるはずです。それをうまく抽象化できればいいと思うのですが。

原田:先ほど、松本先生がおっしゃった自律との関係性が難しいんですよね。会社にとっての目的を強くしすぎると、バランスが取れないですし。

松本:企業の方からすると、確かに難しいかもしれませんね。

原田:丸井グループに手挙げ文化が浸透する前は、「社員は会社が求めているものをやればいい」というムードが強く、結局、“やらされ感”では成長につながらないとわかりました。それを一つの契機に得たのが、「社員一人ひとりが成長したぶんだけしか企業は成長しない」という根本的な考え方です。そこから、社員が自主的に学ぶことの大切さが前提になったように思います。

辰巳:企業によって社員の学びへの関わり方のスタンスが違いますよね。学びはあくまで個人のものだとして大きく関与しないスタンスが一つ。そして、会社が求めるものを学んでくださいというスタンスもあります。個人がやりたいとか、趣味的な学びは置いて、今、会社に必要なスキルを身につけてくださいと。最後3つ目としては、会社も個人も両方サステナブルにやっていくスタンス。社会がとても複雑になってきているなか、個人はキャリア自律を実現するためにもっと声を上げないといけないし、会社はそれに応える環境を整えなければいけないという考え方に基づくものです。私は最後のスタンスを重視していますが、皆さん、こうしたスタンスについてはどう思われますか?

山田:その3つのスタンスが、それぞれの視点でちゃんと実現されている状態が、企業としてヘルシーなんだと思います。

辰巳:3つともなんですね。

山田:企業の生業について知るべきこと、学ぶべきことは当然あるわけです。でも、そうした企業主体の学びだけでなく、グロースマインドセットを持つ社員によってもパフォーマンスは変わってくるので、個々が自己実現できるような学びも実現されていないといけない。誰の視点で考えるかの違いだと思うんですよ。なので、会社が学びを支援する意味というのは、結局のところ、会社のパーパスに準ずるのではないでしょうか。

望月:そのパーパスに対する理解や共感があり、「なるほど。自分も関わりたい」という気持ちがベースとなったときに、学びというものが、社員と会社が握手できるテーブルに上るのかもしれません。つまり、「この組織で頑張りたい」という前提が、自律と主体的な学びを喚起する。会社はその意欲に対して、場をつくっていくということでしょう。

辰巳:企業が学んでほしいことだけでなく、キャリア自律を支援する学び、両方ともサステナブルにやっていくということですね。そして、お話を聞いていて、その両方が大事だと企業が社員に対してわかりやすくメッセージすることが大切なのだろうと思いました。

問い2.個人が学びの主導権を取り戻すために、人事にできることは何か?

辰巳:ここからは、「人事に何ができるのか」について議論を進めたいと思います。主体的、かつ継続的な学びを喚起するには仕掛けが必要ですし、多くの企業が頭を悩ませているところでもあります。

山田:学ぶ仕組みと具体的なコンテンツ、そしてカルチャー。それぞれのフレームに対して、人事が提供できるものはあると思います。仕組みとしては、丸井さんなら手挙げ制度、ソニーさんでいえばラーニングスペースである「PORT」、そして、日本IBMには成長のためのプラットフォームがあって、そこに構成されるコンテンツも含めた制度や仕組みづくりといったフレームワークがあります。そしてカルチャーは、仕組みの背景となる大きなフレームですが、弊社の場合はトップがどんどんメッセージを出し、学ぶのが当たり前といった文化が醸成されているので、それを現場につなげていく役割があると認識しています。

辰巳:そのカルチャーでいうと、今日ご参加の皆さんの会社はいずれもトップが積極的に関与されています。トップダウンというのは、やはり欠かせないものでしょうか。

望月:そう思います。会社が奨励しているという環境がないと、アーリーアダプターにしても動きにくい。支援がないと思ったら、行動が阻害されますよね。トップからの発信があって、組織全体に認知を広げていくことはとても重要だと考えます。

山田:本当にそうですよね。人事の施策と学びを紐付けることができるのも、トップのコミットメントがあればこその話。日本IBMの人事評価はビジネスとスキルの2軸からなっており、スキルがちゃんと人事施策に紐付いています。だからこそ学ぶのが当たり前だし、安心して学べる。すべてのところで、やはりトップの関与は必要ではないでしょうか。

原田:よく、海外に比べて日本人は学ばないと言われますよね。ソニーさんもIBMさんも先進的な企業なので学びの文化は浸透しているけれど、多くの日本企業においては、「会社で決められたものだけを学ぶ」ことを是とする価値観が根強いような気がします。国全体としてそうならば、一歩目としては、各企業のトップによるルールチェンジみたいな宣言がすごく大事になってくると思います。

山田:そのうえでカルチャーを浸透させるには、例えばチームリーダーやPM(プロジェクトマネジャー)が“それぞれの場所”で奨励していくことが重要です。実際のところ、個人にとっては距離感があるトップより直属の上司やリーダーの言葉のほうが影響をもたらす場合もあります。ですから、リーダーシップ層に対しては、しっかり自分の言葉としてメッセージすることを求めていますし、人事としてそういう働きかけはできると思います。

望月:確かに、各事業部門などに落ちてこないと展開しませんよね。そのスピード感に差はあっても、“自分事”にならないと進みませんから。そして、各組織なりチームなりが影響を与え合うようになって、どこかで臨界点を超えると一気に広がっていく。そこまで我慢をするというか、文化や価値観を組織に定着させていくことが人事の役割でしょう。

辰巳:今、お話に出たカルチャーとともに、人事が提供するフレームとしては仕組みや学びのコンテンツが挙がっていました。粒感は違うかもしれませんが、いずれのフレームも個人のマインドに影響を与えるもので、また、相互に影響し合うものでもあると思います。

望月:ボトムには個人のマインドセットがあって、それを刺激するのがカルチャー。そして、気持ちや行動がだんだん変わってきたときに仕組みがあり、興味あるコンテンツが流れていると、機会が生まれる。そこで何か手応えを得て、またマインドセットにドライブがかかっていくという具合に、すべてつながっているんですよ。で、マインドセットの強い人は、自ら学びの場をつくったりもするから、そうしたコミュニティも全体のつながりのなかに存在するという構図かと思います。

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辰巳:そうすると、人事が関与するフレームとしては先の3つに、オポチュニティとしての「場」とコミュニティとしての「空間」を加えた4つに集約できそうです。

原田:わかりやすいです。そのうえで、これらすべてのフレームを人事が提供、管理してしまうと、個人が学びの主導権を取り戻す状態にはなりませんよね。逆説的ではありますが、「人事がやってはいけないこと」という論点もあるかと思います。例えば、活動を自由にやらせない、人事の管理下に置かせるなどといった「やってはいけないこと」を、「人事に何ができるか」という定義につなげてもいいかもしれません。

辰巳:確かに、それも併せて考えておいたほうがよさそうですね。

山田:内発的なモチベーションを削ぐこと、やらされ感のある状態で何かの継続を強いることは、逆効果になってしまいます。

望月:例えば、浮上してきたコミュニティ活動に対して、すべからく人事の承認や決裁が必要となると「面倒くさい」という話になって、その学び意欲や機会が深く潜ってしまう。潜らなければ、「それ、自分も勉強したかったんだよね」と人が集まってきて、コミュニティが形成されるわけです。こうした取り組みを人事が邪魔しないことが大切です。人事の仕事には労働法などの法に基づき適切に管理する側面があり、それが保守的な姿勢を生んでいるところもあります。ゆえに、コントロールがきかないことへの不安も出てくるでしょうが、このような取り組みにおいては、いかにうまく放置するかを考えていくのもポイントになると思います。

山田:結局のところ、学び続ける人材をどう育成するかを考えると、これまでに出てきたフレームを整備することがすべてではないですよね。社内外問わず、この日本というエコシステムのなかで学び続けてスキルをどう身につけるか。いわゆるラーニング・ハビットを持つ人材にするためにきっかけを与えるのが、実は私たちの大事な目的であり、役割なのかなと思いました。

原田:まったく同感です。このプロジェクト自体の肝というか、ゴールにしてもいいぐらいだと思います。人事がやることは、そのジャーニーマップを仕組みでどうつくっていくか、ということなんでしょうね。

辰巳:本プロジェクトでは、まさにその点を見据えて、個人の主体的な学び行動に大きな影響をもたらす「対話型の学びが生まれる場づくり」を提言しています。次回、最後となる研究会では「なぜ対話型の学びの場が有効なのか」、そして「どのようなものでありたいか」をテーマに、議論を重ねていきたいと思います。皆さん、ありがとうございました。

執筆:内田丘子(TANK
グラフィックレコーディング:原純哉(Sketch Communication)
撮影:刑部友康