対話型の学びの場を創る「対話」「対話型の学びが生まれる場づくり」研究会 

人的資本経営、リスキリングなど、人材投資の必要性が大きくクローズアップされるなか、多くの企業は、個人が持つ能力をどう高め、どう価値創造につなげていくかに頭を悩ませています。本プロジェクトにおいては、その一つの解として、企業内教育の質的転換と、個人が学びの主導権を握るかたちでの戦略的な人材開発の場づくりが必要であると提言しました(詳細は報告書『対話型の学びが生まれる場づくり』)。

そして、このたび企業の人材開発部門・実践コミュニティの専門家と共に「対話型の学びが生まれる場づくり」研究会を開催し、さらなる議論を重ねています。2024年1月24日に開催された第1回研究会の主たるテーマは、「個人が学びの主導権を取り戻すとはどのような状態か」。その内容をお届けします。

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<参加者紹介>
原田氏写真原田信也氏/丸井グループ 人事部 人材開発課 課長

店舗での販売、売場責任者を経験した後、本社でバイヤー業務、新ブランド開発、PB商品の開発などに従事。2021年より現職。「対話の文化」と「手挙げ文化」をべースとする創造型企業の実現に向けた人材育成・研修の企画立案に携わる。

三木氏写真三木祐史氏/旭化成 人事部 人財・組織開発室 室長
2019年、旭化成にキャリア入社。社員の挑戦や成長を支援する企業文化の強化に向けて、旭化成グループ全体の人財育成施策の企画・推進に取り組む。自律型学習プラットフォーム「CLAP(Co-Learning Adventure Place)や、新入社員を対象にした学びのコミュニティ「新卒学部2023」を始動させ、仲間とともに推進中。

望月氏写真望月賢一氏/ソニーグループ 安部専務室 組織開発アドバイザー
ビジネスパートナー人事、製造事業所、合弁会社での人事総務を経て、2016年、ソニー人事センター長に就任。2020年からはソニーピープルソリューションズ代表取締役社長を歴任するなど、人事畑一筋。現在は安部専務室付きとして、組織開発、人事渉外関連を担当する。

山田氏写真山田淑子氏/日本IBM テクノロジー事業本部 セールス・イネーブルメント部長 L&Kスクワッド リーダー
主に通信・メディア業界の営業力強化等のコンサルティング業務に従事し、15年以上にわたって人材育成に取り組む。2019年、全社横断でLearning&Knowledgeを推進するバーチャル組織「日本IBM L&Kスクワッド」が設立された当時から活動に参加、2023年よりリーダーに就任。

辰巳写真辰巳哲子/リクルートワークス研究所 主任研究員
リクルート入社後、組織人事のコンサルティングに従事した後、社会人向けのキャリア研修の開発を行う。研究領域はキャリア形成、大人の学び、学校の機能。2020年に「対話型社会の学び方を研究するプロジェクト」を発足、プロジェクトリーダーを務めている。

問い1. この研究会での「学び」とは?

辰巳:最初に、本研究会における「学び」とは何かを定義しながら進めたいと思います。企業で働く社会人にとって「学ぶこと」は、ご承知のように、学校で教科書に書かれたものをインプットするといった形式にとどまりません。そのなかで、私たちは「学ぶこと」をどれくらいの視野で捉えながら議論を進めていくか、その点を確認しておきたいと思います。報告書『対話型の学びが生まれる場づくり』のなかでは、「学ぶことは考え方を変えること」と置いています。ラーニングもアンラーニングも含めた自身の思考体系の変容を指していて、他者の価値観を取り入れながらの持続的な自己変容であるという定義です。

図表 成人発達理論

成人発達理論の図

リサ・ラスコウ・レイヒー、ロバート・キーガン
『なぜ人と組織は変われないのか』を参考に著者作成

山田:最終ステージが「考え方を変えること」であることに違和感はないのですが、自己変容だけを学びと定義すると、捉え方が狭くなってしまうかもしれませんね。学びには、今の自分のビジネスに直結するものも含めて、いわゆるコア的なもの、言ってみれば漢方薬のように効いてくる学びもあるじゃないですか。そういったさまざまなスキルや知識を取り込み、自分で整理・体系付けをすることで新しい考え方を導き出す……学びによって、自分の考え方がどんどんアップデートされる状態なのだろうと思います。

辰巳:確かに何か新しい刺激であるとか、「へぇ、そんなことがあるんだ」という気づきからでも考え方って変わるので、そこは発達理論のステージを問わず、広く捉えていいのかなと思います。

三木:考え方を変えるきっかけとして、例えば学習時間や知識の量を増やすとか、感性を高めるトレーニングをするとか、アクションベースに落とし込めるものがあったほうが、階段は上りやすくなるでしょうね。

辰巳:ちなみに、皆さんは従業員の方々に「学ぶこと」をどのように伝えていらっしゃいますか? 

原田:丸井は「人の成長=企業の成長」という企業理念を掲げているので、学びはまさに成長を促進するコアなものとして位置づけています。それによってイノベーションが起き、革新的な事業や働き方が生まれると。そのイノベーションを起こすためには、短期的なリターンを求めるものだけでなく、広く個人の教養や人格を形成する学びも必要だとメッセージし、力を入れています。そういう意味では、先ほどの自己変容の観点も包括されていますね。

望月:創業時からキャリア自律を当たり前としてきたソニーグループも、個人の成長が組織パフォーマンス、ビジネスの成長につながるという捉え方は同じです。個人に話をするときには、その人の成長文脈と、ビジネスがこう変わろうとしているなか、あなたは何を担いたいかという対話をするのが基本です。ただ、ビジネスや組織の状況によっては、中・長期のことより、足元のための学びを優先してフォーカスするようにはなりますが。

山田:個人の成長、あるいはキャリアの段階に合わせて、学び方って変わるはずなんです。若手のうちは、とにかく知識や経験の習得が大事だと伝えますし、チームリーダーやPM(プロジェクトマネジャー)になったら、リーダーシップ、プロジェクトマネジメントといったコア的なスキルも身につけなきゃいけないと。段階に応じて、学ぶ内容も学び方も変化するとは思いますね。

三木:成長、自己変容がゴールだとは思うんですけど、普段、私たちは研修などの場面で、経験学習の話をすることが多いですね。教訓の部分です。リフレクションを通じて得た教訓には、やはり学びが多い。新しい挑戦をして、経験を経て、学びを得ようという話なので、結局は知識やスキルが必要になってきますが、どちらかというと、学びは教訓を得ることとしたほうがしっくりきます。

辰巳:学びとは自己変容がゴールではあるけれど、それに閉じない日常の成長を促進するものである。さらに、学びの内容や方法は、個人の成長段階やキャリアの段階に応じて変化する、ということですね。

問い2.「学びの主導権を取り戻す」とは、どのような状態か?

辰巳:意見交換をさせていただいた企業の方からは、今の仕事に直結し、すぐに学ぶ必要があるものについては、「ある程度の強制力を持って学ばせなければならない」という意見が出ています。一方、会社がそういった強制力を持った瞬間に、自主的・主体的な学びにはならないというジレンマも抱えています。そこでまずは、従業員一人ひとりが自主的に学ぶとはどのような状態なのか、また、このプロジェクトでも発信し続けている「学びの主導権を取り戻す」とはどのような状態なのか――ということについて考えてみたいと思います。

望月:議論の前提として、そもそも個人が「学びの主導権は自分にある」という認識を持っているかどうかですよね。もちろん持っている人はいますが、学びはデリバリーされるものであって、そこに主導権はないという認識が広がっている組織では、前提を覆さないと。それが大変な会社さんはけっこう多いかもしれません。

三木:私もそう思いました。いわゆる伝統的な日本的雇用を守るタイプの企業や、時代の流れとともに急にギアチェンジし始めた会社も多いでしょうから。

原田:当社は10年以上かけて企業文化を変革してきたわけですが、マネジメント文脈としては強制ではなく自主性を、やらされ感ではなく楽しさを促進すると。人事はそのための支援をいかにしていくか。当社の場合は、自主性、楽しさ、支援のある環境が、個人が学びの主導権を取り戻している状態だとしています。

望月:社会を俯瞰すると、事業の寿命は個人の人生より短くなってきていて、そうすると長い職業人生、何度も脱皮したり、チャレンジしたりしないと生き残っていけないでしょう。まさに、自己変容ですよね。そのために、まず自分自身がどうありたいか、それを分かったうえで動くことが、主導権を持っている状態なのかもしれません。

山田:絶対的に主導権があるとか、すべてを自分で決めて学ばなきゃというわけではなく、時代や会社の変革に沿って学んでいくことも必要かと思います。外的要因があって、それを受けての学びでもいいと思うんです。ただ、会社視点による学習であれば、それをどう活用して自分のキャリアに“紐付け”していくか、そして、自分のマーケット価値を高めていくか。つまり、個人が学び行動の意味づけをできて、納得感のある主体的な活動になっていることが、個人が学びの主導権を持っている状態なのだろうと思います。

三木:キャリアオーナーシップですよね。

望月:キャリアオーナーシップの下で何を学ぶのか、身につけるのか。誰かに言われなくても、常に自分で考えている状態、何かに対する学習動機がある状態でしょうね。

原田:あとは、先ほど出てきた「自分がどうありたいか」という軸。学ぶことに意味づけをできる何かしらの軸で、それはパーパスかもしれないし、バリューなのかもしれません。そこは言語化されていなくてもいいし、もやもやしている状態でもいいと思うのですが、いろいろな場面で「自分が選択している」という感覚を持てるかどうか。

山田:目の前のことを解決したいというモチベーションでも全然いいと思います。前回失敗したからもう一回整理してみよう、学んでみようとか、残業したくないから工夫して作業効率を上げようとか。会社で働く以上、学ばなきゃいけないこと、やらなきゃいけないことはあるわけです。ただ、それを自己成長にもつなげるのだという認識があれば、そこに主導権はあるのだと思います。

望月:例えば、今は育児や介護で時間の制約を受けるから工夫が必要だと、生活に関連したところから生まれる学び動機もありますし。

辰巳:つまり、自分の仕事、キャリアのオーナーシップと組み合わさるライフのオーナーシップ、そして短期と中・長期といった時間軸のマネジメントが必要だということですね。

望月:自分に関わる何らかの課題があって、それに突き動かされて、自分で学び行動を起こしている状態でしょうか。

原田:もうちょっとハードルを下げてもいいかもしれません。学びの主導権を取り戻すって、シンプルに言うと、自分で選べている状態。押しつけではなく、ハードルも含めて自主的に選べている状態ですよね。

辰巳:確かに、自分で選べている状態というのは、主導権を取り戻すという言葉より少しハードルが低い状態ですよね。何らかの自分の基準に沿って選べている状態……私もいいと思います。

三木:それで十分、主導権と言えそうです。要は、それをやるという最後の選択、意思決定は、本人によるものであることが大事なんだと思います。

辰巳:学びの主導権を持った状態というのは、その内容は自分で決めたものでも、会社視点によるものでもいいけれど、「自分がどうありたいか」など、学ぶことに自分で意味づけができること。そして、自分で選んだと思えて、それを自己成長につなげることができること。これまでの議論から、そのようにまとめられると思います。

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問い3.学びの定義や主導権。その対象は全従業員とするか?

三木:ここで一つ、学びの主導権について確認しておきたいのは、その対象を働く人すべてとするかどうか、という点です。具体的にはルーティンの傾向が強い業務や、製品の生産工程などに従事する人たちも対象にするのかという……。当然、対象にすべきだと考えますが、こうした安全・安定操業が第一義とされる職務においては、決められた手順に沿った仕事が義務づけられているじゃないですか。だから、主導権と言われても、仕事内容を勝手に工夫したり、変革したりができない職務の人にとっては、違和感があるかもしれないと思うんですよ。

辰巳:他社でもそうした話を聞いたことがあります。皆さんの意見をお聞かせください。

原田:対象にするべきでしょう。例えば、生産工程に携わる人たちの全員が、「学びたくない」という話はないと思うんですよ。結果、学び行動にばらつきがあったとしても、全従業員が「選べる状態」にあるかどうかが大事なのだと思います。

山田:施策として具体的にどうするかは別として、前提は原田さんがおっしゃるとおりだと思います。勤務体系や職種によって学びにブロックがかかるということは、そのまま、学びの主導権を取り戻すという状態を阻害することになりますから。

望月:環境、変化を感じやすい仕事と、感じにくい仕事があるかもしれませんよね。そのうえで、可能性にフタをしないことがすごく重要ではないでしょうか。自己裁量の程度が大きい職場と、レギュレーションの多い職場とでは違うかもしれませんが、それでも、個人の成長にフタをして「黙って言われたことをやってくれ」と言うのと、成長という言葉はまったく矛盾しているように思うのです。

三木:そうですよね。私もまったく同感です。ただ、具体的な施策を考えるときに、オペレーティブな領域をまったく意識しないで話を進めると、理想像だけを語ることにならないか、各職場の組織運営とのギャップが大きくならないかが気になったものですから。日本の多くの製造業においては、そこがネックになっているということを頭に置いて、議論を進めたほうがよいと思います。

辰巳:そうですね。私たちがどういうスタンスをとるかというのは、決めておいたほうがよさそうです。お話を伺って、改めて全従業員が対象であるということを明言したほうがよいと考えます。その前提で、次回の研究会では「個人が学びの主導権を取り戻すために人事にできることは何か」について、引き続き議論を進めたいと思います。

協力:松本雄一(関西学院大学 商学部 教授)
執筆:内田丘子(TANK
グラフィックレコーディング:原純哉(Sketch Communication)
撮影:刑部友康