企業が語る「集まる意味」の現在地曜日により出社と非出社をわける「リモデイ」 二感と五感の差をどう埋めていくのか

サイバーエージェント 常務執行役員 CHO(最高人事責任者) 
曽山 哲人氏

業界では珍しく、リアルに集まることを重視してきたサイバーエージェント。その理由は同社が重視するチームプレイでの働き方にあった。コロナ禍を経て、彼らの集まり方はどのように変化したのだろうか。マネージャーとメンバーの出社ニーズの違い、個々が集中できる場所の違いなど、働き方に対するニーズの違いをどのように超えるのか。リアルの集まりを残しつつ五感の共有を目指すサイバーエージェントの集まり方について、曽山氏に伺った。

リアルで集まる職場でのチームプレイを重視

―― コロナ禍をきっかけに、御社の働き方はどのように変化してきたのでしょうか。

もともと当社は、リモートワークは補助的な働き方という位置付けで、週5日、オフィスに出るのが基本、という考え方でした。
この考え方は、事業開発と組織開発の両面から導き出されたものです。

まず事業開発という面では、大型のM&Aといった手法に頼らず、ほとんどの事業を自分たちの手でゼロから立ち上げてきました。そのためには、一つひとつの仕事を積み上げ、緊密なチームプレイで丁寧に成し遂げていく必要がありますが、これがリモートでは難しい。会話のスピードなどの効率性を考えると、リアルで会うのがベストだと考えています。

ゼロからつくるという意味では組織開発でも同じです。当社では、ベテランの幹部層を中途採用し、事業のヘッドにすえるという落下傘人事はやっていません。もともと新卒重視で、なおかつ中途も第二新卒が中心。つまり、若手が非常に多いということですから、育成に手間がかかります。そうなると、リモートではなかなか難しいのでこれまではオフィス中心としていました。
この状態がコロナによって一変し、2020年3月下旬より全従業員を対象にリモートワークを推奨。2020年6月から、特定の曜日をリモートワークとする「リモデイ」の運用をスタートし、現在は週2日、月曜日と木曜日はリモートの日、残る火曜日、水曜日、金曜日の3日は指定出社日というハイブリッド型の働き方を推進しています。

このリモデイをベースとし、さらに緊急事態宣言の発出下においては、すべての日を対象に「積極リモート」を周知しています。またコロナが心配な人は、申請すれば指定出社日もリモートにできます。基礎疾患がある社員、妊娠中の社員、子育て中の社員などが、頻繁に活用しています。
9月現在、火、水、金の指定出社日に出社している社員は全体の7割で、逆にリモート指定の月、木には3割が出社しています。

リアルに集まった状態のオフィス(左)と、リモデイのオフィス(右)リアルに集まった状態のオフィス(左)と、リモデイのオフィス(右)

リモートによる関係性は変化なし、ただし中身は変わった

―― よく出社する人、しない人との間で情報ギャップは生まれていないのでしょうか。

結論から言えば、情報ギャップは起こりうると思います。ただし意外にも社員同士の関係性については変化がありませんでした。私個人が感覚としてそう思っていますが、データでも実証されています。当社では毎月、全社員を対象にしたパルスサーベイを実施します。ここでは、定性的な回答も「晴れ」「薄日」「曇り」「小雨」「雨」といった天気の5段階で表示してもらっており、定量化が可能になっています。

たとえば、2021年4月、同僚や上司との「関係性」について聞いたところ、78%が晴れと回答しています。2018年8月に同じ質問をしており、その時は晴れが74%ですから、それよりも状況がよくなっている。
2020年7月、新しいことを始めたかどうかという「チャレンジ状況」についても聞いたところ、晴れの回答が79%と、こちらも非常に高い数値となりました。

―― リモデイによるリモートワークの広がりによって、仕事の仕方にどのような変化が生じましたか。

まず会議の時間が短くなりました。原則60分が30分になった。
それは移動時間がなくなったことも大きいのでしょう。会議の中身を見ていると、よい面、悪い面があると思います。あまりよくない面としては、雑談が減り、本題に早く入ろうという傾向があることです。

間違いなくよい面としては、会議の事前準備をしっかり行う人が増えたことです。これも時間短縮につながっているはずです。特筆すべきは会議資料の事前送付です。会議前に資料を見ておくと、本題の議論にすぐ入ることができます。 
会議自体の時間が短くなり、移動のための時間もないとなると、リモートワークの広がりによって、会議に出やすくなった、つまり、人が集まりやすくなったといえるでしょう。

受け身情報の欠如、オキシトシン不足、キャリア不安の可能性

―― そうした目的のある会合は設定しやすくなった半面、明確な目的はなくとも同じ場を共有することで、互いの理解が進むといったことができにくくなった、という声を聞きます。

それは間違いなくあります。以前は職場で自動的に得ていた「受け身の情報」がオンラインではゼロになってしまう。これは非常におそろしい。

たとえば、新人がオフィスで働く場合、右斜め前に座っている先輩のことまでよく見えます。その先輩は午前中はお客様にひたすら電話をかけまくり、午後は資料づくりに集中している。ああそうか、こういうやり方で成果を上げているんだ、と新人は気づく。これが受け身の情報学習で、オンラインでは不可能です。
これを改善するため、新卒、中途含め、新人の教育にあたるトレーナー役の社員に、「毎日オンラインで、朝会と夕会を各10分行う」というのをおすすめしています。受け身の情報は入らないことを前提として、必要な情報を上から渡し、下からは困りごとなどの情報をきめ細かく拾っていく。これをやらないと、これまでのようには新人が困っていることに気づけないという危機感があります。

―― そのように、集まり方が変わることによって生じるデメリットは、ほかにもありますか。

私は「リアルは五感、オンラインは二感」とよく言うんです。オンラインだと、視覚と聴覚しか使えない。これではコミュニケーションを行うにあたって、圧倒的にオンラインのほうが情報が少なくなる。

五感のうち、味覚というものがあります。コロナ禍以前、サイバーエージェントでは社員同士の会食の機会がすごく多かったんです。同じ場所で、同じ料理を食べ、同じ空気を共有する。この共体験が人間同士がわかり合い、結びつきを深めるためにとても重要だと考えています。仕事以外の話もできますから、互いのことを深く知ることができ、信頼関係が強固になる。
人間に幸せな気分をもたらすオキシトシンというホルモンがあると聞きました。これは親しい人とハグをしたり、手をつないだり、楽しい時間を過ごしたりすると分泌される。結果、心に安らぎが生まれ、気持ちを前向きにしてくれるのだそうです。オンラインとリアルの違いにおいても、このような人間同士の化学反応に違いがあると思います。

―― 集まり方が変わったことで離職率の上昇といったデメリットは生じないでしょうか。

コロナ禍になり、年間の離職率は下がっています。コロナの初年度は不安も多くあえて転職する人は少ないだろうと思っていましたから、下がるのは想定内でした。今後もあまり心配はしていませんが、退職理由に変化が生じる可能性がある。つまり、リモートワークが進むことにより、一人でキャリアに悩んだりすることがあるかもしれません。できるかぎり個人個人に寄り添って、この問題が起きないようにしていかなければなりません。

出社とリモートのニーズは交わりにくい

―― 一方で、コロナが終息した後のリモートワークについてはどうお考えですか。上司が「集まって話をしよう」となった場合、「それはリモートでできるのではないでしょうか」という声がメンバーから上がってくる可能性があります。

極めて難しい問題です。
お金などに関する「損得勘定」という言葉があります。ここから転じて僕は「損得感情」という言葉をよく使うんです。同じ音なので区別するために、「損得エモーション」と。
AさんがBさんに対し、「リアルで集まろう」と呼びかけた場合、それに対しBさんが損よりも得を感じたら、応じてくれる。感じない場合は応じてくれない。損得エモーションが働きますから、そこを論理的に突破するのは難しい。「上司の私が言うのだから」と、上下関係という権力に物を言わせた言い方をせざるを得ませんが、それでは人はついてきません。

上司はもちろん、ディレクターやプロデューサーといったチームをまとめる側はメンバーと、打てば響くようなやり取りがしたい。それにはオンラインよりリアルのほうがいいと考えている。一方、仕事を受ける側は上司の要請に応える場面が多く、やり取りのスピードをそこまで求めませんから、オンラインで賄えると感じている。両者のニーズは簡単には交わらないわけです。上司の側が「このテーマではこういう意図があるのでリアルで話したい」と意味を伝えることが必要です。

集中力が発揮できる場所は人によって異なる

―― 他の企業からは、「オンライン主体だと、新規の関係構築が難しく、これまで培ってきたお互いの信頼残高(人間関係の信頼の度合い)を減らしているだけになってしまう」という声を聞きました。

私もそう思います。オンラインで信頼残高がつくれないというわけではありません。それがうまい人や、うまいつくり方もあると思いますが、先ほどの二感と五感の差はやはり圧倒的で、信頼を積み上げるまでにはなかなかいかない。
それに対し、どんな手を打つか、悩みどころなのですが、週3日、それも決まった曜日に原則全員が出社するという前述のリモデイは対応策の一つだと考えています。

もう一つ、僕らは毎月、その月に成果を上げた人をほめたたえる表彰式を全部署で行っているのですが、週2日のリモート日に重なった場合、季節や部署のスローガンにあわせてZoomの背景をあつらえることで、皆の気持ちを盛り上げ、一体感を醸成するような工夫をしています。

リモデイを1年近くやってきて、人が集中して仕事できる環境は、その人による、ということがわかってきました。この8月のパルスサーベイで、「リモートワークはうまく行っていますか」と質問したところ、「自宅のほうが集中できるからいい」という声と、「オフィスのほうが集中できるから、できるだけ出社している」という声が上がってきたんです。集中力が発揮できる場所は人によって違うと。
これを受け、フリーアドレス制のカフェスペースや個室型スペースを設けることで、一人ひとりが仕事に集中できる多様な環境をオフィス内につくる議論を始めたところです。

サイバーエージェント 常務執行役員CHO 曽山哲人氏サイバーエージェント常務執行役員CHO
曽山哲人氏

1998年、上智大学文学部英文学科卒業。伊勢丹(現・三越伊勢丹)を経て、1999年4月、サイバーエージェントに入社。2005年7月、人事本部人事本部長。2008年12月、取締役に就任。2020年10月より現職。

インタビュアー:辰巳哲子
TEXT:荻野進介