ワーキッシュアクトに関するインタビュー従来の「仕事」の枠を超えた発想で社会インフラを守る 日本鋳鉄管

マンホールの老朽化は全国で進んでいる。膨大な労力がかかるこの点検作業を、ゲーム感覚で楽しめる市民参加型イベントで支える動きが広がっている。参加者にマンホールの蓋を撮影、投稿してもらう「マンホール聖戦」。老朽化判定のデータ収集の効率化につなげるこのイベントを、財団と共同運営する日本鋳鉄管の担当者(林悟氏、服部匡成氏)に、労働供給制約社会におけるインフラの維持管理の課題と展望を聞いた。(聞き手:リクルートワークス研究所 古屋星斗

300万基余が耐用年数超え

――労働供給制約社会についてどのように考えておられますか。

林 長期的な日本社会の問題点や課題を的確に捉えるテーマとして私たちも認識を共有しています。課題解決に向けて「徹底的なAI化」とともに必要なのが、従来の「仕事」の枠を超えた発想で取り組む地域活動だと理解しています。

――「マンホール聖戦」に取り組むきっかけと問題意識を教えてください。

林 弊社は80年以上の歴史があり、水道管とマンホールの鉄蓋を製造しています。これらは老朽化の課題に直面しています。マンホールの場合、歩道で30年、車道で15年とされる標準耐用年数を超えるものが全体の約2割と試算されています。つまり、全国に1600万基あるマンホールのうち、300万基余が標準耐用年数を超えて使用されているわけです。これに対し、更新作業は年間10万基ペース。単純計算だと全基の更新に160年かかることになります。現在のペースでは耐用年数にまったく追いつかないどころか、耐用年数オーバーのマンホールの比率がどんどん増していくのが明白なため非常に強い危機感を持っています。もちろん、上下水道事業を担う事業体様も問題意識を持っていますが、予算や人手、技術の不足がネックになり、なかなか打開策が見つからないのが実情です。

この状況を改善していく為、シンガポールに拠点を置くWhole Earth Foundationという財団との間で、市民参加型でのアプローチが必要であるとの認識を共有し、計画に賛同、ゲームアプリを利用したイベント「マンホール聖戦」を共同で進めていくことになりました。ゲームを通じ、市民にインフラ維持の重要性を知ってもらうことにも価値があると感じています。

――「インフラを支える」ことのリアルを住民が体感する、ということですね。全国各地で「マンホール聖戦」を開催しておられますが、どのような成果を得られていますか。

 マンホール聖戦は2021年8月に東京都渋谷区で実証実験をスタートし、その後、自治体と協力して2021年11月に石川県加賀市、2022年3月に静岡県三島市でマンホール聖戦を実施し、2022年11月には愛知県岡崎市でも開催しました。

 岡崎市は人口約38万人の中核市で、2023年に下水道事業100周年を迎えるにあたり、記念のプレイベントとしてマンホール聖戦を実施しました。市内には膨大な数のマンホールが点在しますが、人材や財源には限りがあり、より効率的な点検・改築が求められるため市は新たな住民参加型のインフラ維持管理手法としてマンホール聖戦を活用できればと考えています。

――岡崎市の開催エリアは駅前の繁華街など都市部がメインですか。

 おおよそ東西4km、南北10kmの範囲にある約2万基が対象となりますが、市はマンホールの敷設時期をおおよそ把握していますから、その情報を活かして地域を設定されました。

――今までのマンホール聖戦で得られた副産物はありますか。

 実は弊社は2022年の8月に、下水道の点検会社様向けの支援ツール「だいさくくん」をリリースしましたが、これはマンホール聖戦からヒントを得て誕生したものです。この誕生しました「だいさくくん」は、上下水道のデータを記載する「台帳作成」の「台」と「作」から引用して命名しましたが、GPSを利用した単なる入力ツールではなく、マンホール蓋やマンホールの画像からAIが劣化度合いを自動判定したり、蓋に刻印されている文字を読み取ったりするなど、21項目をAIが判定・判別する機能を備えていることが特徴です。

点検調査アプリ「だいさくくん」

マンホール聖戦は「健康診断」

――市民参加型で撮影・収集した画像やデータを活かしながら、点検会社が活用できる支援ツールの開発も進めてこられたわけですね。

 はい。マンホール聖戦は「健康診断」のイメージで捉えていただければと思います。そもそも市民にはマンホールの表側の画像撮影しかお願いできませんからチェック項目が限られます。ゲームアプリには写真投稿だけでなく、周りの舗装にひび割れなどの異常がないか5項目のチェック項目をレビューできる機能もありますが、市民の判定精度には個人差が大きく出てしまうおそれがあります。このため、マンホール聖戦は改修に急を要するマンホールの把握にとどめ、さらに詳しいマンホール内部の点検はプロの会社様にお任せする、という2段階の対応が可能と考えております。

――そもそも住民参加型イベントで集めたデータがなければAIも活用できないわけで、そういった意味では市民、自治体、点検会社の協働作業という面もありますね。マンホール聖戦の効果やメリットについてあらためてご説明いただけますか。

in mishima.png静岡県三島市にて開催された住民参加型イベント「マンホール聖戦」

 例えば、三島市の場合、まずはマンホールの全体状況を把握したいというニーズがありました。このため、蓋の表の写真だけでもできる限り短期間に多く集めるのにマンホール聖戦は最適だったと思います。加えて、富士山の伏流水が流れる同市は、下水道網が整備されているおかげで子どもたちが川遊びできる綺麗な水環境が守られている、という形でインフラ整備の重要性を市民にアピールできる機会にもなりました。それがひいては観光客の誘致につながれば、との期待も市側にはあったと思います。

――先ほど岡崎市でのマンホール聖戦で、マンホールの点検や維持のための「人材や財源は限りがある」という呼び掛けも紹介されていましたが、この点についてはどうお感じになられますか。他自治体でも同様の課題を共有していますか。

 程度の差こそあれ、政令市や中核市以外は人材や財源の不足がつきまといます。老朽化の激しいインフラは事業体様の判断で改修の是非を判断するしかなく、地方では特に、歩道に敷設されているマンホールの蓋の上に乗るとがたついたり、錆びていたり、舗装に亀裂が入っていたりする状態で放置されているケースが見受けられます。

――今後もそういった状況に直面する自治体が増えることが考えられるなかで、深刻な問題にならないうちに新しい仕組みを作らないといけないわけですよね。

 岡崎市では2日間のマンホール聖戦で2万基の蓋の写真を集めることを目標としていました。三島市でも2日間で延べ400人が参加し、1万基をコンプリートしました。下水道の点検会社様が巡視対応できるのは通常1日あたり2人1組で160カ所ほどです。そう考えると、プロの業者レベルの精度は得られないにせよ、効率よくデータ収集できるマンホール聖戦のメリットはやはり大きいと思います。

ゲームを楽しむ副産物としての「やりがい」

――参加者からはどんな声が聞かれますか。

 「これまでは下を見て歩くこともなかった」「マンホールの蓋の種類はこんなにあるんだね」「いい運動になった」といった反応をよく聞きます。「地元に貢献できてうれしい」という声もあります。最初はゲームの景品目当てだったのが、参加してみると副産物として「やりがい」を感じられた、という感想を聞いた時は私もうれしかったですね。

服部 渋谷区で開催した際、どんな動機で参加されたかのか聞いてみると、商品目当てよりも、「インフラを守る」というコンセプトに共感した、という方のほうが若干多い結果になりました。撮影を繰り返すうち、ゲーマーズハイのような状態になって、だんだん深みにはまっていくような感覚を得る人もいるようです。地域性もあって、加賀市で開催した時は、おじいさんと子、孫の3世代で参加した方もいました。

――ゲーマーズハイというお言葉が出ました。心理学で「作業興奮」という言葉がありますが、熱中して取り組むうちにある種の興奮を呼び起こすこともあるんですね。ちなみに参加者は男女どちらが多いですか。

服部 特定の年代や性別に偏ることはありません。平日の昼間だとどうしてもサラリーマンの人は少なくなりますが、仕事帰りや土日に参加する方もいます。リピーターになっていただき、別の地域でもお会いする女性もいます。特に地方に行けば行くほど、幅広い年代の方が参加される傾向はあります。

――マンホール聖戦を通じてどんな社会を作っていきたいと考えていますか。

服部 「水が途切れない世界を実現する」という弊社のパーパスを念頭に、これからもインフラをしっかり整備していくことで社会貢献したいと思っています。上下水道ともに老朽化という社会問題を抱えて厳しい状況にあるなか、市民の方にも加わっていただく形で課題解決を図るのはSDGsの理念にも沿うと考えています。

――冒頭で言及いただいた、「従来の仕事の枠を超えた活動」を活用することが今後のポイントになっていくんじゃないか、とも思っておりますが、そのあたりはいかがでしょう。

服部 弊社は業界中堅で大きな影響力はありませんが、逆にそういう立場だからこそ、新しい分野にどんどんチャレンジしていきたい、と思っています。マンホール聖戦は社会貢献と将来的な業界全体の底上げにつながることを企図し、目先の利益にとらわれない先行投資の取り組みです。また弊社は、マンホール聖戦だけでなく、水道管の施工がもっと楽になるような工具開発なども行っており、熟練工でなくても施工可能となることで、労働市場の枠が広がり、社会課題となっている労働力不足の解消に貢献できればと考えております。

日本鋳鉄管の林氏と服部氏へのインタビュー

hayashi.jpg■プロフィール
林悟氏
1995年日本鋳鉄管入社、工場、営業、子会社への出向などを経て202110月より社長直轄で新規事業分野の営業を担当

hattori.jpg■プロフィール
服部匡成氏
1990年川崎製鉄(現JFEスチール)に入社。2019年4月、JFEスチールから出向(のちに転籍)により日本鋳鉄管の総務部長に就任。2021年6月より、ブランド戦略推進室長を兼務