機械化・自動化で変わる働き方 ―事務・営業編図面のデジタル活用で「属人性」を排し、大幅な省力化を実現 組織風土も変化(富士油圧精機)

【Vol.7】富士油圧精機 第二工場長/執行役員 剱持 卓也(けんもち たくや)氏

印刷・産業機械メーカーの富士油圧精機(群馬県前橋市)は、経営危機をきっかけに図面のデジタル活用 に取り組み、半年あまりで大幅な業務効率化を実現した。見積もりや組み立てなど設計以外の工程も省力化できるようになり、リモートワークが可能になるなど働き方改革も進んだという。短期間で幅広い部署に変化を起こせたのはなぜだろうか。同社第二工場長・執行役員の剱持卓也氏に話を聞いた。

セクショナリズムに離職増加 「図面改革」を課題解決の入り口にする

富士油圧精機は製本・印刷機械の開発・製造を祖業とし、カード類を送り出す機械や、一般産業機械などへ領域を拡大した。しかし2019年頃には、コンテンツのデジタル活用に伴う印刷業界の斜陽化や様々な外部要因によって経営難に陥り「黒字倒産一歩手前」という危機的状況に。企業を存続させるため、業務の省力化や新規事業への参入が急務となった。

同時に、組織内にも様々な課題が生じていた。職場にセクショナリズムが横行し、ミスがあるたびに「うちの部署じゃない」と責任の押し付け合いが起きる。数年前、100人以上だった社員数は定年退職や離職によって約80人に減ったが、離職者の穴が埋まらず業務遂行にも支障が出ていた。さらに仕事の多くが紙ベースで、リモートワークも進まなかった。

最も大きな課題は、情報共有が進まず「この人でなければわからない」という仕事が多すぎたことだ。特に設計者が離職すると、その人の担当する仕事が回らなくなるため、「辞められないように」と、特例処置やルールを逸脱することを容認せざるを得ない場面もあった。

同社は2022年10月、第二工場長の剱持卓也氏を中心に、図面のデジタル活用を始めた。剱持氏は図面に着目した理由を次のように説明する。

「各部署はセクショナリズムに縛られ、課題を解決しようとしても身動きが取れませんでした。設計や営業、製造など幅広い部署の業務に不可欠で、いわば組織の『共通言語』である図面のあり方を変えれば、職場全体が変わらざるを得なくなると考えたのです」

ITベンチャー、キャディの図面データ活用クラウドサービス「CADDi DRAWER」を導入し、紙やPCのフォルダに保存された図面を集約することに。ただツールの活用によるコスト削減目標などは設定せず、「デジタル活用」そのものの実現に集中した。膠着した組織に変化を起こすには「目標など気にせずとにかく行動を起こすことが重要でした」。

図面探しの時間を20分から1分に短縮。枚数から質へ、評価基準も変化

同社はこれまで、顧客から「数年前購入した機械の部品が摩耗したので、交換してほしい」といった注文があると、製造部門の担当者が現場にある紙のファイルをめくり、必要な図面を探し出して使っていた。しかし図面が見つからないことも多く、そのたびにマスターの図面を保管する設計部門に問い合わせなければならなかった。

設計部門でも図面探しは一苦労で、時には数時間かけてPCのフォルダを探し回ることも。「図面のありかはほぼ、設計担当者の記憶頼りでした。離職者がローカルフォルダに残した図面などは探すすべもなく、もう一度図面を描き直すことすらありました」

設計部門の担当者はCADDi DRAWERが社に導入開始時、過去図面のアップロードに注力した。1カ月半ほどで10万枚、2023年4月までに13万枚の規模に。同社がこれまで数十年蓄積してきた図面を、データとして活用できる資産に変えるためだ。

CADDi DRAWERは、製品や図面の番号だけでなく、部品名などのキーワードでも図面を検索できる。さらに、図面の形状をもとに類似している図面をAIが探してくれる機能も搭載する。これによって図面探しの平均時間は20分から1分に縮まった。新規の受注も、類似の図面を参照して設計を共通化できる場合は、新たに図面を起こす必要がなくなった。

ツールが導入されるまで、設計者の評価は起こした図面の枚数が基準になりがちだったという。「このため、設計者は類似の図面を探そうともせず、どんどん図面を描いて仕事をした気になっていました」。しかし現在は、なるべく既存の図面を活用して無駄な図面を描かず、付加価値の高い設計に時間を割くべきだという方向へ、評価軸も逆転しつつある。

CADDi DRAWERが導入開始Photo by 今村拓馬

過去の知見を活かし属人性から脱する。1日9万円のコスト削減に

CADDi DRAWERには、図面データだけでなく発注実績情報もアップできる。また、見積りや製造工程などの各業務担当者が図面データに引継ぎ情報を追記することも可能。図番をキーにこれらの情報が名寄せされる仕組みだ。一つのシステム上で、図面そのものと原価や加工に使った工具、製造工程での注意点などを一緒に見られるようになる。これによって見積もりの担当者は、再発注があった時に過去の原価を確認し、すぐに金額を出せるようになった。また再注文品と気づかず、顧客に前回と異なる金額を提示してしまい、「前より高いじゃないか」と不信を招くこともなくなった。

新規の図面についても、類似品の図面を検索し、その原価を参考にすることで、より精度の高い金額を素早く算出できるように。経験の浅い新入社員や若手も、過去の見積もりを参照することで金額を出しやすくなった。過去のデータでわからないことがあれば、併用している別のチャットツールに図面のリンクを入れて、離れた場所にいる先輩に質問もできる。

資材置き場に過去の紙の図面が大量に眠っている資材置き場に過去の紙の図面が大量に眠っている

また製造に使った工具や注意点などは従来、現場で紙の図面に手書きされ、製造が終わると破棄されていた。こうした情報も、クラウド上に可視化されるようになった。

「いつでもどこからでも、誰もが同じ情報を得られるようになったことで、経験の浅い社員の仕事が飛躍的に速くなり、知見の蓄積も進みました。熟練度などの属人性から脱し、全員が安定したアウトプットを出せるようになったのです」

ツール導入からわずか半年で、設計部門の図面探しや見積もり作成の時間が大幅に短縮され、加工プログラムを組む部署の社員も、8人から5人に減った。こうした結果、1日約9万円の人件費を削減できたという。月実働21日で計算すると、184万円もの削減効果が出たことになる。

2023年3月からは設計部門での本格活用が始まり、新たに作る図面の抑制効果も今後本格的に表れる見通しだ。このため剱持氏は、最終的な削減効果は1日約17万円に達すると見込む。

「半年でこれほど大きな効果が出るとは想像していませんでした。社員たちもあまりの変化のスピードに実感が追い付かず、数字を見ると誰もが驚くほどです」

図面DXは、職場全体を変える「黒船」だった。導入前には戻れない

図面のデジタル活用は、社員の働き方や意識にも変化を及ぼしている。

「あの人がいないと仕事が回らない」という事態が改善されたことで、子育て中の女性なども休みを取りやすくなった。自宅からクラウドにアクセスすることで、在宅勤務も可能になり「働くお母さんたちは仕事を休む心苦しさから、我々は特定の社員に依存しているというストレスから、それぞれ解放されました」。

また、図面デジタル活用の成功を目の当たりにした営業や経理でも、デジタルツールの導入を模索する動きが始まった。「ツールは『コスト』ではなく『業務効率化に必要な投資』だという認識が広がりつつあります」

ただ最初にツールの導入を決めた時は、社内から反対意見もあったという。

「面倒くさいことはやりたくない、変化せずに乗り切りたいという人から、『デジタル活用しないための意見』も出されました。こうした意見に対して『なぜツールを使うべきか』を一つひとつ説明し、言い訳を解きほぐしていきました」

現在は、社員81人の半数以上が少なくとも毎週1度はツールを使い、このうち30人は、ツールへのアクセスが業務に不可欠なヘビーユーザーとなっている。

「CADDi DRAWER」を提供するキャディで、活用支援(CS)を担当する新谷一平氏によると、社長ら経営幹部がツール導入を決めても、導入の実務を別の人に任せた段階で危機意識や熱量が薄れ、現場の動きが止まってしまうケースもあるという。「富士油圧精機さんが図面DXを成功できたのは、社内の業務に精通した剱持氏が熱意を持って、ツール選定から現場への導入までを一貫して担ったことが大きな要因でしょう」と指摘する。

剱持氏は、同社にとっての図面改革を「黒船」に例える。

「デジタルツールという『外圧』をやむを得ず受け入れたことで、社員自身も意識しないうちに職場のあちこちが変わり始めました。その結果、誰もが『もうツールのない時代には戻れません』と話すほどの大きな変化が引き起こされたのです」

(聞き手:坂本貴志/執筆:有馬知子)