機械化・自動化で変わる働き方 ―医療・介護編自律搬送ロボットと“協働”し、看護師本来の業務に集中できる環境に(トヨタ記念病院)

【Vol.5】トヨタ記念病院 副総看護長 黒田 直美(くろだ なおみ)氏

医療従事者の中でも特に人手不足が深刻化しているのが看護師。有効求人倍率はこの5年で2倍を超え、需要に供給が追いつかない一方、医療の高度化や患者の高齢化を背景に、看護師に求められる役割はますます広がっている。この課題において機械化・自動化が寄与できるのは、臨床現場の看護師たちの働き方を見直し改善することである。ロボットやデジタルトランスフォーメーション(DX)を活用した看護師の業務改善に意欲的なトヨタ記念病院の副総看護長黒田直美氏に、自律搬送ロボットの開発を中心とした業務改善の話を聞いた。

自律搬送ロボットにトヨタの技術を応用。新病院では30台が稼働予定

愛知県豊田市にあるトヨタ記念病院は、トヨタ自動車が運営する企業立病院。ベッド数527床の大規模病院であり、内科・外科とも幅広い診療科と専門医を揃えて最新の治療を行う。また、24時間365日体制の救急救命センターを有するなど、高度医療と救急医療を担う地域の中核的な急性期病院として知られている。

現在は2023年中の竣工を目指して敷地内に同院を新築移転する工事が行われているが、新病院のスタートにあたり、薬剤や医療機器、検体を必要な場所に運ぶ約30台の自律搬送ロボットの導入を予定している。2019年から開発が始まり、現在、実証実験として4台が稼働中である。

自律搬送ロボット

自律搬送ロボットの試作機の胴体は小型冷蔵庫のような形状だが、全体的に愛らしい印象。搬送するのは薬剤をはじめ、フットポンプ、輸液ポンプやシリンジポンプ、低圧持続吸引器といった医療機器が中心で、今後の本格運用を想定して採血スピッツなどの検体容器も運んでいる。薬剤科や検査科のスタッフが物品を積み、搬送先を入力して送り出すと、ロボットは自動でドアを開け、エレベーターを呼び出し、人や物を避けて目的の病棟にたどり着く。搭載したカメラやセンサーにより自己位置を判断して衝突物を避けるのは、トヨタの自動運転技術と基本的に同じ仕組みである。ドアやエレベーターも管制システムでロボットと連動できるよう改造している。走行スピードは人がゆっくり歩く程度。廊下を行き交う患者とすれ違い、狭い場所に行くこともあるため、「ロボットが通ります」「ロボットが右に曲がります」などの喋る機能も備えており、エレベーターに乗る際、人を認識すると「お先にどうぞ」と患者やスタッフを優先する。

ロボットは目的地に到着するとスタッフを院内PHSで呼び出す。やって来たスタッフがID認証によりロックを解除して中の物品を取り出し、返却物があれば積んでボタン操作するとロボットは「行ってきます」と言い残して元の場所に戻っていく。「一番の特徴は、患者さまの往来がある場所を行き来する点です。ほかの病院で実装されている搬送ロボットは職員動線で動くことが多いと聞いているので、やはり患者さまをはじめストレッチャーや台車など、すべての人や物をAIで認識して避けて通るのが際立った特徴です」と副総看護長の黒田氏は語る。

自律搬送ロボット2

看護師の仕事理解から開発がスタート。業務を定性的に評価すると“非看護業務”は4割に

自律搬送ロボットの計画は4年前、「看護師本来の仕事の充実のために何かできないか」という黒田氏たちの思いから始まった。一部病棟、救命救急病棟・GICU(総合集中治療部)に薬剤搬送用の業務用エレベーターがなかったことに端を発する。「日中は搬送担当者が薬剤を運んでいたのですが、人手がない夜間には看護師がとりにいっていました。これらの病棟は集中治療を要し、刻々と容体が変わるハイリスクの患者さまが多くいらっしゃいます。そのような患者さまのそばを、看護師でなくてもできる作業で離れることに心苦しさと危機感を抱いていました」と黒田氏は振り返る。

まず夜間に薬剤をとりにいく作業を削減しようとトヨタにロボットの活用を打診し、ロボットなど先端技術の開発を担うトヨタの「未来創生センター」とタッグを組んだ。「開発にあたり最初は2週間ほど、試験導入を予定する病棟の看護師にトヨタ側のスタッフが一対一でつき、24時間密着する形で看護師の仕事を知ってもらいました。『今何をしていますか?』と看護師に聞きながらストップウオッチで時間を計り、業務の洗い出しを行いました」(黒田氏)

最終的にデータをまとめると、「看護師でなくてもできる業務」は約4割に上った。ただしこれは業務量調査から単純に算出したものではない。「先ほどの夜間に薬剤をとりにいく作業にしても時間にすれば微々たるもの。調査の中で新たにわかった、使わない薬剤を返品する作業を含めても、割合としてはコンマ数パーセントにすぎません」と黒田氏。

「しかし私たちにとっては、看護師が患者さまのそばを離れる時間を最小限にすることが重要でした。密着してもらった当初はそのことがなかなか理解されず、『今は患者さまの近くにただ立っているだけでは?』と言われたりもしました。一般の人にはそう見えても、実は全身状態の観察や評価を行っているのです。看護師の役割は大きく『療養上の世話』と『診療の補助』と法定義されていますが、これらにかかる業務は医師やメディカルスタッフと連携し、患者さまに寄り添う一連の過程の中で発生するもので、一つひとつを切り離すことはできません。私たちはそれをうまく言語化するのが割と苦手なのですが、今回は密着のあとに開発側と掘り下げてディスカッションを行うなかで言語化ができ、相互理解を図れたことがよかったと思います」と黒田氏。

定量的だけではなく定性的に業務を見直すことで、“自律搬送ロボット”にゴーサインが出たうえ、調査でわかった未使用薬剤の確認・返品作業の削減にも着手した。患者の容体変化に合わせて点滴セットや輸液セットに入れる薬剤をそのつど処方、ミキシングし、薬剤科がロボットを介してリアルタイムに近い形で病棟に届ける体制も新たに構想して試行中である。このほか、病院食の配膳・下膳業務についても検討した。ここはロボットの得意領域に思えるが、「検討した結果、かえって看護師の手間が増える懸念がありました。食事に関しては体調が悪くてゆっくりな方、時間をずらす方などがいらっしゃって一律の時間での対応ができないからです。何もかも自動化するのではなく、看護師が提供する価値の最大化を図るうえで、優先順位をつけて採否を決めることが必要です」(黒田氏)。

高齢者看護の充実やタスクシフトの実現を視野に業務のDX化を推進

同院はかねて「トヨタ生産方式」を取り入れた業務改善を行っている。デジタル化・自動化に関しては、搬送以外にも患者がタブレットで基本情報を入力するAI問診の導入や、会議やカンファレンスのオンライン化を進めて効率化を図っている。看護長には、スケジュール管理のアプリが入ったスマートフォンを支給。新規に入院する患者をどの病室に入れるかを話し合うベッドコントロール会議も、データベースソフトの活用とオンライン会議によって費やす時間を短縮した。「あらゆる業務で無駄を削ぎ落とすことにより、看護師本来の業務に集中し、さらに看護の質を高めていきます」(黒田氏)

看護師は慢性的な人手不足とされるが、同院の場合、配置基準は満たしており、数の上では人手不足ではない。「ただし看護師の業務自体が増えることにより、現場の感覚としては逼迫しています」と黒田氏。最たる理由は入院患者の高齢化が進むのに伴い、急性期の診療の補助行為に加え、喀痰吸引などの看護必要度が高まったことがある。自立度が低い患者には、食事や歩行介助など日常生活援助も必要で、年々その割合は増加する一方である。またこの数年は、コロナ患者の受け入れ・看護にも新たに人員が割かれるだけでなく、新卒看護師がコロナ禍により臨床実習を十分経験しないまま入職するケースが増えたことから、今まで以上に卒後教育やOJTに力を入れている。

さらに患者に最も近い看護師には、医師とメディカルスタッフを結ぶチーム医療の要(かなめ)として、また医療専門職としての期待から、「できること」がますます広がる。2014年には医師の手順書があれば、看護師も薬剤投与など医療行為の一部ができる特定行為研修制度が創設された。同院でも術中麻酔の管理ができる研修修了者を育成中である。「ほかにも特定行為ができる領域は集中治療や在宅医療など次々に増えていますので、当院でも特定看護師を活用していきたい」と黒田氏。もちろん認定看護師や専門看護師の資格取得・育成も推進しており、看護師にしか担えない役割が増加、専門化、高度化するなかで、「ロボットによる自動化や業務のDX化が、本来の看護師業務を遂行するために寄与するのは間違いありません」と黒田氏。

自律搬送ロボットが試験導入された3年前は、物珍しさからロボットが通るたびに立ち止まっていた患者たちも、今では院内でロボットが動くのを日常の風景と受けとめている。看護師に至っては、「夜間に薬剤を運んでくれるのが当たり前になりすぎて、年に数日のメンテナンス期間中には『なんとかならないか』と問い合わせがあるほどです」と黒田氏。いなければ困る仕事のパートナーとしてロボットがすっかり定着している。看護師がその専門性を十分に発揮、高める未来に向けて、同院の取り組みは1つのモデルケースとして注目される。

聞き手:坂本貴志村田弘美、高山淳/執筆:稲田真木子)