機械化・自動化で変わる働き方 ―接客調理・販売編店舗の機械化・標準化により「人の手」は必要最小限に。店長は管理業務に専念(くら寿司)

【Vol.1】くら寿司 広報・マーケティング本部 広報部 マネージャー 小坂 博之氏(こさか ひろゆき)氏

日本発、半セルフサービス型のリーズナブルな寿司店として昭和の時代に誕生した「回転寿司」は、平成から令和へと続く中でそのサービス形態が最も進化を遂げた外食産業と言われる。特に機械化・自動化の開発・導入においてフロントランナーと目されるのが、国内外に599店舗(2021年6月末現在)を展開するくら寿司である。同社の機械化の歩みや、顧客の入店から退店まで一切店員を介さない最新の店舗形態、従業員の働き方の変化などについて広報部の小坂博之氏に聞いた。

省力化を極め、店員を介さない完全コンタクトレス&タッチレスの店舗を実現

くら寿司の“最新形態”は「スマートくら寿司」と呼ばれ、そのシステムは来店客が店員と直に接することなく喫食可能なコンタクトレス化(非接触)を目的に構成されている。まず入店時には、自動受付機に人数を入力すると席番号を記した案内票が出力され、モニターに席の場所が表示される店員いらずのセルフ案内を導入。スマートフォンで事前予約もできる。席ではタッチパネルで商品を注文するほか、QRコードを読み取ってスマホからオーダーすることも可能で、同一テーブルで最大6台まで連携できる。会計金額もタッチパネル、スマホにて自動計算され、セルフレジで支払う。もちろんバーコード決済などにも対応しており、店員はもとより、商品以外の店内備品や紙幣・硬貨といった不特定多数が触れるモノにさわる機会も減少した。

佐藤可士和氏デザインによる原宿店佐藤可士和氏デザインによる原宿店

入店者はまず自動受付機でチェックイン入店者はまず自動受付機でチェックイン

着席したらテーブルの端末からお好みのメニューをオーダー着席したらテーブルの端末からお好みのメニューをオーダー

同システムは省力化と顧客の利便性を高めるために開発され、当初は2025年の導入を予定していたが、コロナ禍により計画を前倒しするとともに一気に加速、現在は国内の全店で導入が完了している。ソーシャルディスタンスの風潮にマッチした完全非接触型店舗は、営業自粛や時短営業が続く中でも外食を求める人々に歓迎され、大きく売上高を落とすことはなくコロナ禍を乗り切っている。現在は同社標準の郊外型店舗に加え、都心部への出店も本格化している。

会計までセルフで完結会計までセルフで完結

店長の勘や経験に頼らず、どの店舗でも均一のサービスを提供できるシステムを

同社がこうした店舗形態にいち早くシフトし、都心型店舗など次の展開を進められるのは、早くから機械化・自動化に注力してきた成果と言える。会社設立時からチェーン展開を目指していた同社は、「低価格・高品質」のチェーン店舗化にあたり作業の標準化・単純化が不可欠という観点から、例えばシャリを自動で均一に形成する寿司ロボットなどは開業時から導入していた。現在は握り、細巻き、軍艦巻きロボットから、自動炙り機、天ぷらフライヤーまで多種多様な機械を導入するとともに性能のバージョンアップを重ね、「今では包丁を使う機会はほぼなく、ケガがだいぶ減って調理の安全性が高まりました」と小坂氏。清掃に関してもテーブルの皿下げの負担は「皿カウンター水回収システム」により軽減され、食器洗浄も投入と回収以外は食洗機が行う。作業場には従業員の動線を考えて各種機械が配置されている。

「そのうえで、標準化に向けた現場の課題は2つありました」と振り返るのは小坂氏。「1つは属人化の解消です。私が入社した20年ほど前は、レーンに流す商品の量や寿司ネタの状態チェックなどは、すべて店長の経験に基づく、勘や感覚で判断していました。そうするとベテランの店長と1~2年目の店長ではどうしても差が出てしまいます。店舗によりサービスの質が異なるのが課題でした」(小坂氏)
そこで開発したのが製造管理システムと時間制限システム。製造管理システムは客の人数や滞在時間によって変化する消費皿数を自動分析・予測し、係数化した「顧客係数」を厨房に表示してレーンに流す皿数を最適化する。時間制限システムは抗菌寿司カバーにつけたタグを読み取って商品がレーン上にある時間を管理するシステムで、一定時間が経過した商品は廃棄される。この導入によりどの店舗でも新鮮なネタがレーンに上るようになり、廃棄ロスも大幅に削減された。

「抗菌寿司カバー」はコロナ禍において衛生的と評価が高まった「抗菌寿司カバー」はコロナ禍において衛生的と評価が高まった

客による“片付け”を促す水回収システムによりフロアと厨房の作業を軽減

もう1つの課題は、くら寿司がメインターゲットとするファミリー層の顧客満足度アップと業務効率化の両立である。くら寿司ではボックス席およびボックス席の脇を直線形に走るE型レーンを開業初期から導入し、ファミリーの支持を得ている。特に効率化のエポックとなったのは、水回収システムの導入と注文用タッチパネルの採用だろう。水回収システムは客がテーブルの皿回収ポケットに寿司皿を投入すると、水流により皿が洗い場まで運ばれるシステム。「積み上がった皿を他人に見られるのが恥ずかしい」「子どもが遊び感覚で皿を入れて楽しむ」といった点が好評を博したが、同時に店員にとってもテーブルの片付け作業の負担が大幅に軽減された。
「また、タッチパネルは、家族でゆっくりと食事したい、店員との会話はむしろ煩わしいというファミリー層のニーズに非常に適していました。厨房にとっても聞き間違いなどによるオーダーミスがなくなり、オペレーションの効率化につながりました」と小坂氏。

皿回収ポケットに投入された寿司皿は、水流で洗い場まで運ばれる皿回収ポケットに投入された寿司皿は、水流で洗い場まで運ばれる

その後も水回収システムと連動した抽選ゲーム「ビッくらポン!」や、抗菌寿司カバー「鮮度くん」などを次々と開発。「ビッくらポン!」は客による皿の回収を促し、「鮮度くん」は衛生面をアピールするなど、ファミリー層への訴求と、廃棄ロスや衛生管理、オペレーションの効率化といった課題改善を同時に叶えたのが、同社機械化の第2フェーズと言えるだろう。「とりわけオーダーレーン(※)の導入は画期的でした。高速で商品をお届けできるメリット以上に、注文がなければ作れない熱々のラーメンや淹れたてのコーヒーを出せるようになり、メニューの幅が一気に広がったのです。機械化の進歩によって全店の標準化はもとより、今までできなかったサービスが可能になっています」と小坂氏。オーダーレーン導入により注文品を店員が運ぶこともなくなった。

※くら寿司には上下2段のレーンがあり、上段は注文商品専用

採用対象の幅が広がる。早くから店長になる社員が増え、出店ペースも加速

「標準化・単純化の人的メリットは、覚えてもらう作業が減ったことにより採用する人の幅が広がったことです。特に外国人従業員は、留学生も含めて多く採るようになりました」と小坂氏。ホールスタッフの場合、以前は接客教育に時間がかかっていたが、「要望があった時にいかにお待たせせずに質の高い接客を行うか。その一点に絞り込んだ指導ができるようになり、研修時間も短縮された」という。「スマートくら寿司」では基本的に接客は発生しないが、タッチパネルの操作に戸惑う年配客をはじめ必要な時には対応する。「ピンポイント型の接客だからお客様対応に集中でき、精神的にも余裕を持ってホスピタリティを発揮できます」(小坂氏)

一方、厨房で人の手により行うのは、シャリに寿司ネタを載せる作業とシャリの炊き上げ、うどんや汁物に使う出汁づくり。ネタ載せは機械より人のほうが速く、炊飯は毎日緻密な温度管理を行う必要があるからだが、出汁づくりは同社のこだわりとしてあえてセントラルキッチンで作らず、毎日各店舗で自然素材を一から煮出している。「本来こだわりたい部分を徹底して追求できるのも機械化の恩恵です」と小坂氏。現在のペースで機械化が進めば2030~2040年にはさらなる機械化が期待できると見ているが、人の手が入る部分は残しておきたいという。

小坂氏
また小坂氏は、「入社時から最も変わったのは、店長に求められる役割です」と指摘する。「商品の質量管理が機械化された2000年頃から、店長はシステムが問題なく稼働しているか、タイムスケジュールが守れているか、シフトの人員が確保できているかといった運営の基本的な部分を担うようになりました。よい意味で店長になるハードルが低くなったので、この頃から全国の出店ペースも上がりました。現在では早い社員だと、1年足らずで店長に昇格しています」(小坂氏)

機械化による「QSC+H」をさらに推進し、誰でもできる働き方を

今後のくら寿司は完全非接触型サービスを標準装備した「スマートくら寿司」をスタンダードとしてさらに進化させる。将来的な機能拡充の例として、スマホアプリを利用する客には過去の注文履歴を分析して、「あなたへのおすすめ商品」を上位表示するなどが挙げられる。「飲食店勤務において、お客様との触れあいや会話をやりがいに感じる人には、少し物足りない部分があるかもしれませんが、当社が重視しているのは店舗拡大に向けて『誰でも、簡単に、均一のサービス』ができることです」と小坂氏は語る。

スマートフォンのアプリからもオーダーが可能スマートフォンのアプリからもオーダーが可能

言い換えれば、くら寿司は飲食店の基本であるQSC(クオリティ・サービス・クリンリネス)のみならず、ホスピタリティ(H)の部分も可能な限り機械に任せようとしている。もとより店舗スタッフの適正数は機械化・自動化の推進によって他社よりも少なくて済んだが、今後はさらに年齢や国籍を問わない幅広い採用が可能になるだろう。また、「人の手による作業」の縮小化が進むことで、導入研修の期間短縮や教育内容の効率化が図れる一方、「人の手によってこだわりたい部分」を集中して追求できる。さらに、店舗を管理する店長の仕事がマネジメントに特化することにより、出店計画を踏まえた店長人材の早期育成が可能となった。チェーン展開を図る多くの飲食企業にとって、機械化・自動化を極限まで推し進めるくら寿司の取り組みは、間違いなく1つの指標になるだろう。

(聞き手:村田弘美、高山淳/執筆:稲田真木子)