リスキリングの様々な側面リスキリングのプラットフォーム提供を通じて、社会課題の解決を目指す。カナダの人材教育ベンチャーSkyHiveの取り組み

テクノロジーが人の仕事を代替することによる失業(技術的失業)への懸念が高まっている。世界経済フォーラムは2020年10月に公表した「仕事の未来レポート2020」で、2025年までに世界で8500万人の仕事が失われる一方、デジタル化などに対応した9700万人の仕事が生まれると指摘した。失業した人が新たに創出される仕事に円滑に移行できればいいが、旧来のスキルや経験のままでは難しい。大量の失業や経済的格差の拡大を防ぐためには、官民連携によるリスキリングの推進が急務と指摘されている。

事業を通じて技術的失業の克服に取り組むのが、カナダでリスキリングのプラットフォームを提供するSkyHive(スカイハイブ)である。同社はAIを用いた労働力や労働市場の分析をベースに、人的資源管理、学習管理、採用管理を統合したシステムを企業向けに提供しているほか、カナダ政府と連携し、失業者向けのリスキリングサービスを提供している。同社の創業者であるショーン・ヒントン氏に、SkyHiveが提供するリスキリングのサービスや失業者支援における政府との連携について聞いた。

社会課題解決のために起業

―SkyHiveを起業した背景について教えてください

大学卒業後、カナダのNGOで労働分野のコンサルタントとして、キャリアをスタートしました。行政や企業、教育機関と連携して移民政策立案や就労支援プログラムの策定にあたりましたが、それぞれのステークホルダーが労働市場のニーズに十分応えておらず、非効率が生まれている実態を目の当たりにしました。その後、経営学修士を取得したのちに、ウォータースライダーの製造で世界のトップシェアを誇る企業のCOO、社長に就任し、事業の大幅な拡大に成功しています。当時は会社経営者としての人生にとても満足していました。

転機となったのは、2016年4月に経営者向けカンファレンスでシリア難民女性の話を聞いて衝撃を受け、自分の知識や経験を世界の社会課題を解決するために使いたいと思ったことです。その後、社会課題解決における起業や、テクノロジー活用の重要性について考える機会があり、自分の経験とAIを結びつければ、労働者にとって真に必要なスキルを習得するための支援をできるのではないかと考え始めました。そこで、会社経営をしながらアイディアの具体化を進め、2017年に起業しました。

―エンジニアの経験がないなかでの起業に難しさはありましたか

起業はエンジニアのパートナーと一緒に行っていますし、過去に機械工学や土木の専門家、設計を担うソフトウェアエンジニアをマネジメントした経験がありましたので、AIの理解や開発に対して壁を感じることはありませんでした。また、2015年頃からデジタルスキルを身につける必要性を感じ、スタンフォード大学などが提供するAIに関するオンライン講座を受け、勉強していたことが役立ちました。自分自身でデジタル分野へのリスキリングをしていた経験が起業を後押ししたのです。

政府と連携し、コロナ禍における失業者のリスキリングを促進

―カナダ政府と連携した失業者向けの支援について教えてください

SkyHiveは、AIによって労働力と労働市場の求人を探索し分析する、量子労働分析(Quantum Labor Analysis)と呼ぶ技術を持っています。この技術では、どの地域(州、地域、ストリート)でどのような属性の人が失業し、誰がどのような労働条件で再就職したかなどの情報をリアルタイムで把握することができます。このような技術を用いて、企業向けに人的資源管理、従業員の学習管理、採用管理を統合的に行えるサービスを開発・提供してきました。

しかしコロナ禍で失業が大量に発生するなか、労働市場の変化を捉え、競争力のある職やスキルについて人々に正しく周知することの重要性を認識するようになりました。失業した人の多くはさまざまな手続きに悩まされ、また失業前と同じような仕事の求人に応募します。しかし、こうした人が将来の労働市場で有望なスキルを把握でき、ワンストップで学習や求人への応募ができたら、より良いキャリアを手にしやすくなるはずです。

そこでカナダ政府と連携し、スキルパスポート(Skills Passport)というサービスを提供しています。このサービスでは、AIを使って求人情報を探索・分析した結果に基づき、労働者に必要なスキルをリアルタイムで提示するほか、労働者が自分の持つスキルを確認することをサポートします。さらに、将来可能性のある再就職先の情報やその仕事に就くために必要なスキルを学べる講座をワンストップで提供します。 

―自分のスキルを確認することは、どのような意味を持つのでしょうか

自分で自分のスキルを正確に把握することは、実は難しいのです。スキルパスポートでは、本人のこれまでの経験に基づいてAIがスキルの分析を行い、「あなたはこのスキルを持っているのではありませんか?」と提案します。これによって本人ですら気づいていないようなスキルが明らかにされます。

スキルをより正確に把握することで、スキルの類似性の計測に基づいて将来就く可能性がある職種を示すことができ、将来のキャリアの選択肢が広がります。そこで、「この講座を学びスキルを習得すれば、この仕事に就く可能性があるのでは?」と提案します。例えば、小売り店舗の営業担当の仕事だった人に対しては、リスキリングを通じてデジタルマーケティング担当などの選択肢を示すことがあります。現在はスキルの類似性が低い職種を希望する場合も、スキルパスポートでどんなスキルを身につければいいのかが明確になるので、必要な学習に進みやすくなります。カナダ政府の支援により、求職者はスキルパスポートの全サービスを無償で利用できます。 

リスキリングを通じて、誰もが希望のキャリアを実現できる世界を目指す

―そのほかに政府と連携していることはありますか

前述したようにSkyHiveの量子労働分析により、地域(州、地域、ストリート)の細かいメッシュで、求職者や求人の動向をリアルタイムで把握できます。このデータを政策立案者に提供することで、政府が常に最新かつ詳細なデータに基づいて、就労支援政策を立案することをサポートしています。

また緊急の労働需要への対応の場面でも、連携しています。例えば、2020年にはオンタリオ州から、新型コロナウイルス感染者の接触者追跡(Contact Tracing)の仕事ができる人を最速で集めたいという依頼がありました。そこで州政府に最新の労働市場の情報を提供し、求職者4000人のなかからこの仕事にふさわしい候補者を選び、約1700人にリスキリングを実施しました。最終的にこの方たちが仕事に就くことで、感染拡大防止とリスキリングによる就労促進に貢献できました。 
  
―最後に、これから事業を通じて、どんな世界を作りたいと考えていますか

SkyHiveは「世界をリスキリングする(Reskilling the World)」というミッションを掲げています。学歴やこれまでの経歴にかかわらず、労働力や労働市場のリアルタイムのデータに基づく分析や学習機会の提供を通じて、誰もが希望のキャリアを手にすることができるという意味での「キャリア構築の民主化」を実現したいと考えています。

(執筆:後藤宗明、編集:大嶋寧子)

3-3_SkyHive_Sean-Hinton.jpgショーン・ヒントン氏
SkyHive創業者兼CEO
CABC(カナダ・アメリカビジネスカウンシル) のアントレプレナーズ・サークルの共同議長。カナダ政府の招聘により「人工知能に関するグローバルパートナーシップ(GPAI)」カナダ代表として参加。労働経済分野のコンサルティング、世界23カ所に拠点を持つ2億5000万ドル規模のグローバル企業のCEOを経て、2017年SkyHiveを創業。