変容する価値観定年後、人は仕事に何を求めるか

定年前後の仕事に対する価値観の変化を分析したところ、定年を前にして、仕事に対する価値を失っていく姿が浮かび上がってきた。そして、その後、多くの人は仕事の中で新しい価値を見出していくというプロセスをたどる。定年後の就業者が仕事に何を求めているのかを明らかにしよう。

歳を経るにつれて「他者への貢献」に高い価値

ここで、6つの価値観について改めて考えてみよう。まず、「他者への貢献」である。この価値観は、「人の役に立てること」「社会の役に立つこと」などで構成されている。仕事で直接やりとりをする顧客に限らず、社内外問わず、広く他者に対して貢献したいという思いを持つことが重要だと考える人は、定年後に増える。

さらに、この価値観には「仕事において自身の責任を果たすこと」という要素も含んでいる。仕事とは本来、誰かのために尽くす行為であるはずだが、定年前の人にとって、そうした意識は低い。よりよいキャリアを築きたい、収入を高め、家族を楽にしたいという考えで働いている人が多数派のはずだ。要は、定年前の人は「自分のために働いている」という意識が強い。

これに対し、定年後は多くの人が「他者のために働いている」。仕事を通じて他者に貢献し、彼らを喜ばせ幸福にする。歳を重ねるにつれ、こうした仕事本来の意義づけ、意味づけを人々は自然に行うことがわかる。

図表1 価値観の因子得点(他者への貢献、生活との調和)

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出典:リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」より作成

「体を動かすこと」の価値は高齢になるほど高まる

一方で、「生活との調和」は「無理なく仕事ができること」「自分自身が望んだ生活をできること」「職業が安定して、将来に不安のないところで働くこと」などが含まれている。ワークライフバランスが保たれながら、生活に必要な収入が得られることを重視する価値観であり、仕事は生活の手段という意味合いが強い。この価値観は年齢ごとの変化が少ない。

続いて、「仕事からの体験」の因子得点は、20代で高い値を記録した後、中年にかけて低下する。そして、定年後しばらくたつと20代の水準まで回復する。これは「わくわくするような体験をすること」「さまざまな人と交流する機会があること」「いろいろな種類の活動をすること」など、仕事を通じた体験を日々楽しむことを重視する価値観である。多くの人が、若い頃にはこうした価値観を重視していたはずであるが、長い会社員人生のなかでこうした感覚は徐々に失われていく。人は職業人生において、中高年のときに忘れていた価値観を定年後に取り戻すという経験をするのだ。

仕事を通じて、「体を動かすこと」も高齢者にとって重要な価値観だ。身体を使う仕事に対する偏見を持つホワイトカラーは少なくないが、年齢を重ねるにつれて、仕事を通じて「体を動かすこと」に大きな価値があることに多くの人が気づく。閉じた空間から出て、適度に身体を使う仕事に就くことは日々の生活を規則正しく保ってくれる運動にもなる。

図表2 価値観の因子得点(仕事からの体験、体を動かすこと)

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出典:リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」より作成

能力の発揮・向上を最後まで目指す働き方

最後は「能力の発揮・向上」を目指す価値観である。高齢になっても、自ら学び直しを行うことなどによって、自身の専門性を高め続けるキャリアを選択できることはすばらしい。学びを行うことを苦にしない人であれば、平均的には能力が低下する時期にあっても、それを維持し向上させることはできる。

実際に、対人能力、対自己能力は高齢になっても伸び続けると感じている。対人能力と対自己能力は仕事をするうえに必要なだけではなく、よりよい生活を営むためにも必要とされる能力である。定年後の仕事に確かな意義を見出しながら働けるためには、これらの能力をいかに高めていけるかが重要になると予想される。低下する体力や気力、処理力・論理的思考力と向き合いながらも、持てる能力を思う存分に発揮し向上させる働き方をすることは可能なのだ。

一方で注意すべきは、この価値観は「高い収入や栄誉」を目指す働き方とは無関係ということだ。後者は収入や地位の向上そのものが目的なので、能力の発揮・向上は目的達成のための手段に過ぎない。

「高い収入や栄誉」からいかに離脱するか

そして、定年後の幸せな働き方と深い関係にあるのが、まさしくその「高い収入や栄誉」を目指す価値観である。ここまでみてきたように、20代では多くの人がこの価値観を重要だと感じていたが、年齢を重ねるにつれて重要度が著しく下がる。

 

これまで多くの人が大事にしてきた「高い収入や栄誉」を目指す働き方。先にも述べたようにこのような価値観を重要視する側面があるからこそ、仕事を通じて高いパフォーマンスが発揮される。定年前のキャリアにおいて大事にしていた「高い収入や栄誉」を求める価値観。この価値観をどうすれば捨て去ることができるか。それが、定年後に充実したキャリアを送れるかどうかの試金石になる。

なぜ人が50代で仕事に対して意義を失い、迷う経験をするかといえば、定年を前にして「高い収入や栄誉」を追い求め続けるキャリアから転換しなければいけないことを、予期しているからだと考えられる。

人生100年時代、70歳や80歳になっても働くことが当たり前の社会が訪れれば、誰もが「高い収入や栄誉」を目指す働き方を手放さなければならない局面がやってくる。従来のままの自分ではいられないと気づいたとき、仕事の価値観をいかに転換するか。難しいことだが、現にこの難題に多くの人が直面し、うまく乗り越えているのもまた事実なのだ。

図表3 価値観の因子得点(能力の発揮・向上、高い収入や栄誉)

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出典:リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」より作成