変容する価値観定年後の仕事に納得感を抱くまで

定年後、人は徐々に体力・気力の限界に気づき、仕事の負荷も低下していく。この現実に対して人はどう受け止めているのか。能力と負荷との関係性に焦点を当てて分析する。

負荷が適切だという人が定年後に増える

定年後に、一定数の人が能力の低下を感じ、多くの人は仕事の負荷の低下を感じる。両者の関係について、人はどのように捉えているのか。

図表1は人が自らの能力を基点とし、仕事の負荷をどう感じているかをみたものだ。これをみると、意外にも定年前後に、能力に比して仕事の負荷が適切であると感じる人が増えていることがわかる。自身の能力に照らして仕事の負荷が適切であると感じる人の割合は20代で54.5%、30代で56.2%、40代で54.3%と横ばいで推移した後、50代前半の60.9%から60代後半で71.0%まで上昇する。

定年前は多くの人が能力に対して仕事が過大であると感じている。膨大な仕事量、難しい仕事、多大な責任。定年後にはこれらの大きな負荷から解放されるのだ。50代以降、仕事の負荷が低下していくことによって、多くの人にとって、仕事は心地よい水準に調整されていく。つまり、定年前後で仕事の負荷が少なくなっていくことで、能力と仕事負荷のバランスが適正化されていくのである。

また、仕事負荷の低下は別の問題も生んでいることを言及しておく必要がある。つまり、能力に比して、仕事の内容が不足していると答える人が増えるのだ。50代後半でそう答えた人は11.4%にすぎないが60代後半には18.8%に高まる。全体の2割と決して多数派ではないが、仕事の内容に物足りなさを感じる人が増えることは事実としてある。

図表1 能力と負荷のマッチング

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出典:リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」 注:「あなたの現在の仕事の内容は、あなたの働く上で必要な能力に対して適切だと思いますか」に対して、「能力に比して、仕事の内容にやや不足を感じる」「能力に比して、仕事の内容に不足を感じる」と答えた人を「仕事の内容が不足」であるとし、「適切だと感じる」と答えた人を「適切」とし、「能力に比して、仕事の内容が過大に感じる」「能力に比して、仕事の内容がやや過大に感じる」と答えた人を仕事の内容が「仕事の内容に過大」であるとした。

いまある仕事で生き生きと働く

能力に比して仕事の負荷が適切かどうかという点は、仕事の満足感に極めて大きな影響を与える。能力に対する仕事の負荷のレベルが「生き生きと働けているかどうか」にどんな影響を与えているかをみると、能力と負荷が一致していると感じている人ほど、生き生きと感じながら働いていることが明確にわかる。一方で、仕事が能力に比して過大、仕事が能力に比して過小、どちらにせよ両者が乖離していれば仕事に対する満足度は低くなってしまう(図表2)。

多くの人が定年後に能力と仕事の負荷の低下を感じながらも、その関係性に納得感を抱き、満足している。要するに、必ずしも大きな仕事がいい仕事といえるわけではないのだ。たとえ仕事が小さいものであっても、いまある仕事に確かな意義を見出せたとき、人は生き生き働けるのである。

図表2 能力と負荷のマッチングと仕事満足度

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出典:リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」 注:「現在のあなたの仕事に関する以下の項目について、どれくらいあてはまりますか。―生き生きと働くことができている」の項目に対して、「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」と回答した人を「あてはまる計」、「どちらかというとあてはまらない」「あてはまらない」と回答した人を「あてはまらない計」としている。

仕事は、生活の中心から生活の一部に

これと同時に、歳をとるにつれ、人々の心に占める仕事の割合が小さくなることも忘れてはならない。アメリカのキャリア研究者、ドナルド・E・スーパーの役割に関する研究をもとに、「勉強」「仕事」「地域・社会活動」「家庭・家族」「芸術・趣味・スポーツ」の日々の5つの活動が、働く人の心に占める割合がどの程度かを調べた(図表3)。

すると、仕事が心に占める割合は、50代の51.9%から70代には38.2%まで下がることがわかった。定年前の人にとって仕事は生活の中心だが、定年後は家庭・家族、芸術・趣味・スポーツ、地域・社会活動など、他の活動の位置づけが向上することで、仕事は生活の一部となる。

定年後の人が仕事の負荷が少なくなるなかでも仕事に前向きに取り組んでいる事実と、ここにあるように、多くの人が歳をとるに従い、仕事に対する自身の位置づけを低下させていることは互いに関連しているはずだ。

70歳になっても、80歳になっても、元気でありさえすれば、人生の最後まで働くことが求められるこの時代、自身の能力と仕事の負荷の低下を感じながら仕事をしていくことは誰もが避けられない現実となる。

定年後のキャリアにおいて、体力や気力の低下と向き合いながら、いまある仕事に価値があると感じたとき、人は心から楽しんで仕事に向かうことができる。昨今、定年後に、やりがいのある仕事を奪われ、失意に暮れるシニアという姿がクローズアップされがちだが、実態はそうではない。多くの人は意外にもこうした境地に自然にたどり着いている。

図表3 日々の活動が心に占める比重

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出典:リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」 注:「あなたにとって、現在、以下の5つの活動のそれぞれはどの程度の比重を占めていますか。所要時間ではなく、心の中に占めている割合をお答えください」と聞いた上で、回答してもらった割合の平均を記載している。