変容する価値観定年後、能力はどう変化するか

若手・中堅世代と比べ、定年後のキャリアの中身はあまり語られていない。このコラムでは、仕事に関する能力と仕事の負荷という側面から、定年前と比較した、定年後のキャリアの特徴を抽出する。

キャリアの拡張の年代調査

各自のキャリアは仕事とその人自身との関係によって規定される。その人の仕事に関する能力が高まれば、こなすことができる仕事の量や質も高まる。
担うことができる仕事の質量が増し、その際に必要となる能力も高まることで、人はより大きな価値を世の中に提供していくことができる。それがいわば「キャリアの拡張」である。拡張したキャリアを通じ、喜びを感じることができればそれもまたすばらしいことだ。
若手・中堅世代においては、キャリアの拡張は無条件に望ましいこととされるが、シニアに関してはどうなのだろうか。年代ごとに仕事で必要とされる能力と、課される仕事の負荷がどのように変化したかを探った調査をもとに、この問題を考察していきたい。

※本稿における分析は、2021年1月に実施したリクルートワークス研究所が実施した「シニアの就労実態調査」を用いて行っている。同調査では、若手・中堅の就業者と高齢就業者の就労実態を調査している。サンプルサイズは20代:415サンプル、30代:429サンプル、40代:433サンプル、50代:879サンプル、60代:882サンプル、70代:886サンプルとなっており、特に高齢就業者の就労実態を解明することに重きを置いている。

定年を境に「低下/縮小」が「向上/拡大」を上回る

年齢を経るに従い、仕事の負荷全般、仕事で必要される能力全般がどのように変化しているか、回答をまとめたのが図表1である。
横軸は各年齢層で、縦軸は「向上/拡大した」と答えた人の割合から「低下/縮小した」と回答した人の割合を引いた数値をDI(Diffusion Index)として記載している。
60歳あたりを境とし、仕事に必要な能力と仕事の負荷の双方が上下にはっきりと分かれている。定年前、すなわち20歳から59歳までは、仕事に必要な能力と仕事の負荷は拡大し続ける。一方、仕事の負荷は60歳以降に、能力に関しては65歳以降に、それぞれはっきりと、低下/縮小が向上/拡大の割合を上回り、年齢を増すに従い、さらにその度合いが高くなっている。
さらに、DIの数値をみると、能力は65歳以降に-10%程度で推移していくが、仕事の負荷は-20%を下回る数値となっている。この結果はあくまで回答者の主観的な認知によるものであり、特に自身の能力に関しては過大評価しがちな傾向があるかもしれないが、DIの低下の幅に差があるという事実は重要である。
つまり、能力の低下幅は比較的小さく、低下を自覚する人がいる一方で、そうでない人も多くいる。他方で、仕事の負荷は低下幅が大きく、より多くの人が仕事の負荷は下がっていると感じている。
年齢を重ねるに従い、能力も仕事の負荷も平均的には低下していくが、そのスピードは仕事の負荷の低下の方が大きいと人々が認識していることがわかるのである。

図表1 仕事に必要な能力全般と仕事の負荷全般の変化
1-1_ senior value.jpg出典:リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」 注:働く上で必要な能力に関しては、「あなたは、5年前と比較して、働く上で必要な能力はどのように変化したと感じていますか」の質問に対して、「5年前から向上したと感じる」「5年前からやや向上したと感じる」「変わらないと感じる」「5年前からやや低下したと感じる」「5年前から低下したと感じる」の5件法で回答を得ている。DIは「向上した」「やや向上した」と答えている人の割合から「低下した」「やや低下した」と答えた人の割合を引いたもの。仕事の負荷に関しても同様に設計をしており、5年前から増大したか縮小したかを尋ねている。

対人能力は伸び続けるが処理力・論理的思考力は低下

次に職業能力の変化について詳しくみていく。
大久保幸夫『キャリアデザイン入門Ⅰ・Ⅱ』(日経文庫)を参考に職業能力を分解してみたい。
同書では職業能力を基礎力と専門力に分けている(図表2)。同書は定年前のキャリアを議論の中心に据えており、体力や気力など、高齢時に大きな変化が予想される能力は明示的に示されていないが、今回はこれらも仕事する上で必要な能力と見なした。すなわち、本稿では、同書によって分類されている職業能力に、「仕事に必要な体力」「仕事に必要な気力」を加えたものを職業能力として定義する。

図表2 職業能力の構造

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職業能力を細分化してみると、それぞれ変化のプロセスは大きく異なることがわかる(図表3および4)。まず、多くの人が伸び続けると認識しているのが対人能力と対自己能力だ。中でも、対人能力は60歳以降もDIが+20%前後で推移しており、「5年前と比べて上昇した」と答えた人の割合が「低下した」と答えた人の割合を20%上回る状態が続く。
その一方で、対課題能力のDIは、65歳以降、概ねマイナス圏内で推移する。処理力、論理的思考力についても概ね60歳以降、低下し始める。論理的思考力よりも処理力の方がやや低下幅が大きく、65歳以降、処理力に関してはDIが-20%を下回る。
続いて、仕事で必要とされる専門力や体力・気力はどう変化していくのか…。それは次回のコラムで明らかにしていく。


図表3 対人能力、対自己能力、対課題能力の変化

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出典:リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」

図表4 処理力、論理的思考力の変化

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出典:リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」