社内フリーランスという選択 ~プロ人材の業務委託は拡がるか~社員から個人事業主へのトランジション

業務委託への移行方法は三者三様

社員(雇用契約)から、個人事業主(業務委託契約)への移行はどのように行われているのか。

取材にご協力いただいたタニタ、電通/ニューホライズンコレクティブ、K.S.ロジャース、3社の萌芽事例を振り返ると、個人が希望して、就業形態を変更したのは同じであるが、新たな就業形態としてのポジションやその働き方については、まさに三者三様で、さまざまな移行プロセスがあることが明らかとなった。

トランジションのタイプは異なる

タニタでは、会社と個人との関係性を見直すうえで、個人事業主が最も合理的な就業形態であるとした。業務内容は、退職の前に担当していた業務をそのまま「基本業務」とし、新たに発生した仕事を「追加業務」として複数年の契約をしている。職種は営業・企画職、事務・管理職、技術・開発職と、いわゆるプロフェッショナル職種だけではなく、管理職も含まれる。同じ業務内容が主業務であるため、キャリアチェンジの必要がなく、仕事の質と量については、中期的な展望ができる。また、専門知識・スキル等や人脈など、これまでの経験が活かせること、企業の既存システムが継続して利用できること、定年がないこと、などのメリットも多い。同社の場合は、その人材の専門性を見込んで、社内の他部署から新たな仕事をオファーされることもあるという。

電通/ニューホライズンコレクティブにおける会社と個人の関係性はタニタとは異なる。もともとは、電通の働き方を検討するプロジェクトからの発案から生まれた制度である。電通から独立した元社員は、電通100%出資で設立したニューホライズンコレクティブと最大10年間の業務委託契約を結ぶ。競合他社との業務はできないが、社内の複数の部署や他社の仕事をすることが可能となるなど、新しいカタチの兼業や起業支援である。ニューホライズンコレクティブは、元社員の専門性や数々のプロジェクトの経験等これまでのキャリアや業務実績を把握し、それを活かした仕事の機会や、学びの提供、必要に応じて相性の良いメンバーとのチームビルディングなどを行う。営業、経理、法務、広告や映像制作のクリエイティブ関連職等、それぞれの専門性を生かしたタスクフォースを組むことができるのも強みであり、同社は個人が自立して活躍するための最良の方法を模索している。

K.S.ロジャースのジェネシスは、エンジニアに好まれる就業形態を追求し、個人事業主として働いていたエンジニアが同社のプロジェクトへのコミットを高めるために、正社員と業務委託の中間的なフリーランス型社員に就業形態を変えた逆流のケースである。優秀な外部人材を獲得するための制度と位置づけられる。就業形態は、雇用保険が適用される短時間正社員の雇用契約となる。会社の制度としての自由度が高く、副業として外部の業務委託を行うことを認めている。また、フルリモートで、就業時間帯や働く場所の制限がないため、海外に居住して働くこともできる。

社員から個人事業主への移行を見ると、ここで紹介した萌芽事例は、従来行われている社外への独立支援として社外に人材を送り出す「インディペンデント」型とは異なるものである。企業の中で独立して業務を請け負う1社専属の「ディペンデント」型と、専門の組織をつくり、社内各所や社外の仕事を通じて元社員の独立をサポートする「プラットフォーム」型、フリーランスと短時間正社員の「ハイブリッド」型などに分かれている。委託する仕事内容は、それぞれ比重が異なるが、元社員が従前に就いていた本業、他部署の仕事(兼業)、他社の仕事(副業・本業)などがあり、さまざまな移行のメカニズムが存在する。

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事例はそれぞれが、自社に合った業務委託とは何かを考え、疑似雇用にならないように慎重に検討を重ねて構築した制度であり、安易に社員から業務委託へと押し出したようなものではない。

このような制度を検討する際には、雇用契約と業務委託契約の違いやその特性について、理解を深める必要がある。社内業務の外部委託をする場合、委託側である企業が受託側である元社員に対して、優越的地位の濫用行為をすることがありがちだが、業務委託契約では、企業と個人事業主は対等な関係での契約となる。これまでの労働法によるルールではなく、下請法や独占禁止法などによる規制がされているため、法令を遵守した契約を締結し、現場での運用には十分留意しなければならない。

業務委託契約への移行の特徴

業務委託契約の特徴を見ると、1つ目は、報酬の設定が挙げられる。委託する業務の価値基準の設定については公正なものになるように慎重に設定されていた。社員から独立事業主へと移行する際には、業務委託への就業形態変更後の報酬や、待遇的な側面については、従前と比較して著しく不利にならないように、均衡待遇的な配慮がされていた。業務委託には社会保険、福利厚生、休暇はないが、報酬は、社員時の給与と社会保障に相当する部分も含めた総額と比較して検討されるなど、むしろ有利になるような設定も見られる。2つ目は複数年の契約によって中長期の安定性を担保していることである。3つ目は、業務の遂行にあたり、これまでの知識、スキル、経験、人脈が活かせ、能力発揮ができるような環境や、キャリアの継続ができる仕組みを構築していることなどが挙げられる。4つ目は、職業能力があれば定年など年齢に関係なく働けることである。5つ目は、働き方の柔軟性である。社員と同じ働き方ではなく、働く時間や働く場所を自分自身で決めることができる。企業との契約の通りに業務を遂行するために自己管理は必要となるが、自由度が高いのが個人事業主の魅力でもある。企業の就業規則やルールとは大きく異なった働き方を望む個人が、雇用契約ではなく業務委託契約を望むケースもあるようである(図表2)。

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実際にはこのような人事制度はなくとも、いったん退職をした元社員に、一定期間を経て、個人事業主として、業務を委託するケースは多々ある。企業の事業内容や、仕事内容を熟知しているため、委託する業務について一から説明する必要がなく、信頼性や関係性も担保できていること、質的側面でもおおよその見当がつけられるなど、業務の遂行について確実性の高い元社員への業務委託は、合理的でもある。一方で、すべての社員に業務委託の適性があるわけではない。現実的には個人事業主として、業務を完遂できる専門能力に加えて、業務を遂行するための管理能力も必要とされるため、企業側は依頼する業務について十分な経験があり、高い成果が上げられると判断できる人材か否か、事前に見極めをすることが必須となる。

年齢に関係なく働くことのできる社会はつくり出せるのか

欧米諸国では、年齢差別の禁止や、年齢を理由として退職させる定年は違法としているが、日本とは雇用慣行や解雇規制などが異なるため、必ずしも参考になるとはいえない。各国の年金財政は逼迫しており、むしろ、高齢化率の高い日本が、先立って超高齢化社会に対応したモデルをつくることを期待している。日本のシニアの就業意欲は高く、2025年に義務化される65歳定年制や、70歳までの就業確保措置といった新たな選択肢の行方は注目されている。70歳まで継続した業務委託契約を締結する制度の導入は、努力義務で、労使合意が前提ではあるが、今後は増加することが見込まれる。どのような就業形態を選択するかは個人の自由であるが、自律的にキャリアを築くための1つの選択肢となるだろう。

本レポートで紹介した社員から個人事業主への移行については、シニアのための制度ではなく、30代、40代、50代の業務委託が中心である。個人差があるため、社員から個人事業主へと移行するにあたって、企業ごと、もしくはポジションごとに、どのタイミングで移行することが最適なのかを見極める必要が生じる。

個人事業主を取り巻く環境も変化しつつある。政府は2020年12月に「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(案)」を作成、また「フリーランス・トラブル110番」といった公的相談窓口も設けられた。労災保険についても一部の業種について対象の拡大が検討されている。

萌芽事例では、東京海上日動キャリアサービスの新たな人材サービスの「プロドア」を介したミドルシニアの業務委託についても紹介した。このビジネスを社内で支えているのも業務委託の人材である。日本では人材不足が進んでおり、プロフェッショナル人材の持つスキル、知識、さまざまなノウハウを市場全体で共有する必要性は高まるだろう。

村田弘美(グローバルセンター長・主幹研究員)