社内フリーランスという選択 ~プロ人材の業務委託は拡がるか~Vol.6 株式会社電通/ニューホライズンコレクティブ合同会社

社会と企業と個人の関係を変える電通の「ライフシフトプラットフォーム」

202011月、「電通が社員230人を個人事業主に」というニュースが大きな話題となった。日本最大の広告代理店として常にその動向が注目される電通だけに、40歳以上のミドル・シニア世代の社員を対象に同社が打ち出した「新しい働き方」に寄せる社会の関心も高い。シリーズタイトルに掲げた『社内フリーランス』とはスタイルが異なるが、〝元社員〟の自立をサポートし、その専門性や知見を広く活用するという新制度は、どのような仕組みで、何を目指しているのだろうか。制度の発起人2人に話を聞いた。

リストラではなく、自らチャレンジする選択肢として

新制度「ライフシフトプラットフォーム」(以下LSP)のメンバーは2020年夏に募集され、対象者約2800人のうち229人が手を挙げた。電通は、直近では2015年に特別早期退職優遇制度を実施、また通年ではネクストキャリア制度を設けているが、「今回のLSPはそうした早期退職制度とは、意図が全く異なります」と、現在LSPの運営を担当する山口裕二氏は指摘する。

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LSPはもともとさまざまな働き方を検討する社内プロジェクトの中で、自然発生的に中高年が年齢にかかわらず価値発揮できる働き方が話題に上ったことが構想の端緒です。中高年の社員に会社のみならず、社会で広く活躍してもらう選択肢はないか。有志が議論するなかで生まれたさまざまなアイデアを取りまとめて経営に提案し、大筋の方向性に合意を得たうえで議論を繰り返し、現在の形に至りました」(山口氏)

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「選択肢」という言葉に即して制度の概要に触れると、まず応募者は「自薦」である。応募要件は40歳から60歳までの電通社員のうち、新卒なら勤続20年以上、キャリア採用なら勤続5年以上かつ40歳以上で、大卒採用の電通では新卒の場合は最も早くて42歳からになる。「その中で今回応募した229人の平均年齢は51.7歳。私たちはもっと上に偏ると予想していたのですが、ちょうど40歳から60歳の中央値になりました。なかには社内で将来を嘱望される、いわゆるエース社員もいたのですが、そこは完全にフラットな自薦ということで経営側も納得しています」と山口氏。「肩叩き的な感覚ではなく、自らチャレンジしたいという人が229人に達したということです」

専門性を活かし、電通以外の仕事を獲得

応募した社員は退職し、改めて電通100%出資により設立した「ニューホライズンコレクティブ合同会社」(以下NH)と業務委託契約を結ぶ。「業務の内容については、これまで社内でその人がしていた仕事をそのままスライドするという形は、全く想定していません」と山口氏。「NHが目指しているのはLSPメンバーの新たな専門性、もしくはこれまで培った専門性を活かして新しい仕事を獲得することです。開拓した取引先の1つがたまたま電通だった、ということはあるにせよ、依存しあう関係性ではありません」

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具体的にイメージする手がかりとして、LSPの発起人であり、今回の募集に最初に手を挙げた野澤友宏氏に話を聞いた。野澤氏は1999年に電通に入社し、クリエーティブ局でコピーライター、CMプランナーとして活躍、現在はクリエーティブディレクターを務めている(取材時)。「確かにずっとクリエイターではあるのですが、経験を積むなかで人材育成にも注力するようになり、コーチング資格やコミュニケーションスキルのトレーナー認定も取得しています。今回LSPのメンバーになるにあたり、クリエイターとしての専門性をさらに磨いて自立することも1つの目標ですが、いずれは『クリエーティブ×コーチング』といった形で人材育成における新たな領域を開拓し、かつその指導者として専門性を高めることにより、仕事の幅を広げたいと考えています」(野澤氏)

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二足の草鞋に留まらず、百足のスニーカーを

一般に会社員は、必ずしも自らの専門性を社内で十分に発揮できるとは限らない。今回の229人も出身部署は多岐にわたるが、特にクリエーティブ系の職種は年齢を重ねるほど処遇が難しくなる。

「象徴的だなと感じたのは、かつて活躍したアートディレクターが応募してくれたことです」と野澤氏。「彼はオールラウンドに優秀であったことから、特にクリエイターには少ない実務能力の高さが重宝され、ここ10年以上バックヤード業務に専従していました。40代、50代というのは、実はクリエイターとして最も脂が乗る時期ですが、組織としてはやはり若手に場を譲らざるを得ないときもあります。58歳の彼が『もう一度アートディレクターとして勝負したい』と決意されたのは、LSPの発起人として非常に嬉しいことでした」

なお229人の職種は、クリエーティブ系をはじめ、マーケティング、営業、コーポレートと各部署からくまなく参集している。管理職やマネジメント層も多い。「印象的だったのは有資格者が目立ったことです。財務や経理部門なら会計士や税理士、法務なら弁護士。他にはエンジニア系の資格取得者も多く、自らのスキルアップに意欲的な証しです。プロ人材として活躍する素地はすでに備わっています」と山口氏。自薦が奏効したのか、「電通以外の仕事」を安心して委託できる人材が揃ったという。

メンバーは個人事業主の他、法人を設立する者もおり、野澤氏もすでに自分の会社をつくった。「将来的に事業の複数展開を見据えて法人化しました。複数の専門性を持つことを今は『マルチメジャー化』というそうですが、他のメンバーもマルチメジャー志向の強い人が多いですね。私も二足の草鞋ならぬ、百足のスニーカーを履こうとワクワクしています」(野澤氏)

委託業務には提案活動とライフシフトに関する学びも

LSPのメンバーは個人事業主としてNHを通さず仕事をすることももちろん可能。利益相反の可能性がある競合他社の場合はそのつど検討する。一方、NHから委託される業務の報酬は、固定報酬をベースにインセンティブ報酬を上乗せする形で支払い、固定報酬部分は10年かけて段階的に減らしていく。10年間一定の収入を保障することで、メンバーの自立をサポートする仕組みである。

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委託業務については先述の通り、「電通以外の仕事をお願いする電通以外にも仕事の幅を広げる」ことをNHとメンバー間で合意している。画期的といえるのは、業務の中に「提案」と「学び」が必須の案件として盛り込まれていることである。「単にNHが他社から請け負う『決まった仕事』を再受託するだけでなく、自ら企画を立案し、リサーチして顧客を開拓する提案作業を重要業務と位置づけています。他社にNHを知ってもらうには、当社から積極的に提案することも必要だからです」と山口氏。すでに「経験豊富な元電通社員」に期待し、人材不足に悩む地方の企業やスタートアップ系企業などから相談が来ているというが、NHが本格始動し、提案力が発揮されれば同社への注目はさらに高まる。

一方の「学び」とは、ライフシフトに必要な知見を得ることである。そのサポート機能として野澤氏が中心になりNH内にライフシフトアカデミーという研修事業を立ち上げた。個人事業主化にともなう税金や確定申告、社会保険などの知識はもとより、これまでの職業人生で培ったメンバーそれぞれのスキルを発見、洗練して「専門家」にすることも構想している。「ひと言でいうとみんなを先生にするプロジェクトです。例えばクレーム処理がうまい人なら、クレーム処理術的な講座の講師からワークショップ、ノウハウ本や検定、オンラインサロンなどと次々に展開できるかもしれません。長くビジネスに従事した人ならではの経験をうまく世の中にシェアする仕組みづくりも考えています」(野澤氏)

コミュニティを形成し、スキルのデータベース化にも着手

野澤氏のそんな構想が現実味を帯びて感じられるのは、LSP229人が10人程度のグループになり、それぞれ連携するコミュニティを形成していることも大きい。山口氏によると「自治的な商店街のイメージ」である。当初の設立目的は、個人事業主になるにあたり必要な知識を共有するとともに、個人事業主が抱きやすい孤立感や疎外感を「緩やかに見守りあうネットワーク」で防ぐことにあった。

だが仕事の考え方やスピード感など、志向性が類似する尺度でグループメンバーを選んだことにより、さらなる可能性ももたらされている。「1つのグループにはそれぞれ得意分野が異なる人を集めています。企画力に優れる人、営業が得意な人、あるいは人脈豊富な人。先に『提案』も委託業務の1つと言いましたが、それを具現化するタスクフォースとしても大いに期待しています」(山口氏)

Web上の交流の場やリアルの拠点など、必要な体制や仕組みはNHが構築する。こうしてみるとLSPは、退職者を人的資源として活用するアルムナイ制度に近い側面もあるようだ。「今後の可能性としては電通だけでなく他社人材の受け入れも視野に入れており、事実すでにコラボレーションの相談もいただいています。NHの社名に『電通』を冠さなかったのはそのような意図もあり、LSPの拡充・発展により、中高年を中心に社会と企業と個人の関係が変わる可能性を切り拓けるかもしれません。ファーストペンギンである私たちの使命は、LSPをぜひとも成功に導くことです」(山口氏)

成功に向けてNHが強化する仕組みの1つが、LSPメンバー一人ひとりのスキルの可視化とデータベース化である。「これまで誰がどんな実績を上げたか、何が得意か。あるいは学んだ結果、どんなことができるようになったか。そこはデータドリブンでかなり精緻にデータプラットフォームを作り込む予定で、システム投資にも力を入れています」と山口氏。詳細なスキルデータベースが構築されれば、業務と人材のマッチングもさらに精度が上がる他、特にクリエーティブ系職種では、在職中に取り組んだプロジェクトやイベント、映像、コピーライティングなどの「作品」が実績として残せるのが大きな魅力だ。クリエイター集団としての電通の特色が反映されるであろうデータベースは、クリエイターのプラットフォームとしても機能する可能性を秘めている。

main2.jpg山口裕二氏(ニューホライズンコレクティブ合同会社 代表)

1995年(株)電通に入社。営業、海外出向や他社への出向、社内改革や人事制度の構築などを歴任。今回はLSPには応募せず、NHに出向する形でLSPの運営を担当。

野澤友宏氏(ニューホライズンコレクティブ合同会社 代表)

1999年(株)電通に入社。コピーライター・CMプランナーを経て2014年よりクリエーティブディレクターに。ユニクロ、ガスト、三菱地所、ナビタイム、リクルートなどを担当。また、Human Resource Management Directorとして人事施策・後進育成にも広く貢献。202012月末日で電通を退社。20211月より、LSPの運営を担当。