未来創造 キャリアの共助が広げる、働き方の可能性シニア起業を促す協同労働 奥本英宏

実現が難しいシニアの理想の働き方

この4月から改正「高年齢者雇用安定法」が施行され、生涯現役社会の実現に向けた一層の環境づくりが進みます。今回の改正では、70歳までの雇用確保に加え、企業による創業支援措置が努力義務となりました。取組みが期待される創業支援とは、各企業がシニアの個人事業主としての独立や、社会事業への参加を促す制度を整備することです。今後、企業は雇用だけでなく、シニアの新たな働き方を開発することが求められていきます。

リクルートワークス研究所が実施した定年後の働き方に関する調査では、定年後に希望する働き方について、最も選択が多かったのは「現在の会社・組織での勤務」です。そして、2番目に多かったのは「フリーランスの働き方」でした。さらに、「他社への再就職」「お店を開く」などの自営業としての働き方が続きます(※1)。こうした調査からは、企業に雇われる働き方だけでなく、フリーランスや自営業を希望するシニアが比較的多く存在していることがわかります。

ただ、現在働くことから引退してしまったシニアの状況を調べてみたところ、50~69歳の引退状態にある744万人のうち、能力、待遇、労働条件に合った仕事が見つからない、就けないといった「ミスマッチ引退」が、約2割の159万人にも上ることがわかりました(※2)(図表1)。就業の日数や場所を好きに選び、自らの経験を生かして働きたいと考えるシニアは多いものの、そうした志向を実現できる就業機会は、現在、多くはありません。そこで、個人事業主としての独立や起業への関心が高まるものの、そのきっかけや方法が見つからずに引退に至る方も多いようです。

図表1 シニアの引退理由別人数の分布
図表1.png出所:リクルートワークス研究所『再雇用か、転職か、引退か -「定年前後の働き方」を解析する-』

シニア起業を実現する協同労働の可能性

そうした中、シニアの多様な就労希望を実現する手段の一つとして、協同労働への関心が高まっています。多くの皆さんにとって「協同労働」は耳慣れない言葉だと思いますが、欧米では労働者協同組合(ワーカーズ・コープ/ワーカーズ・コレクティブ)などの組合形態をとり、現在多くの人が従事している一般的な働き方です。一方の日本では、法的な枠組みが未整備だったこともあり、私たちの働き方の主要な選択肢にはなっていませんでした。しかし、2020年12月に労働者協同組合法が成立し、今後の広がりが期待されています。

協同労働は、事業に関わる全員が出資してオーナーとなり、地域課題の解決に自ら従事する、雇用でも自営でもない第三の働き方と言われます。一般的な企業経営とは異なり、株主と経営者、経営者と従業員の区分がありません。集まったメンバー全員で事業方針を決め、自分達が保有する技術や経験の生かし方を考え、個別の就労上の制約を尊重しつつ事業を運営していくことが特徴です。そのため、働く場所や時間の柔軟性を大切にしつつ、経験を生かしていきたいシニアに合った働き方の仕組みと言えます。また、協同労働は地域課題の解決を事業目的とするので、地域コミュニティとの関わりや地域社会への貢献を重視するシニアの就労指向にも合っています。

図表2 シニア起業における協同労働のメリット図表2.pngこうした協同労働の可能性に着目した広島市では、全国に先駆けて協同労働モデルを生かしたシニアの起業支援に取り組んできました。広島市で政策を進める経済観光局雇用推進課山根かおり課長と、事業の立上げをサポートする広島市協同労働プラットフォーム事業統括コーディネーターの小暮航氏に伺ったお話を交え、シニアの起業を実現する協同労働の可能性を考えていきます。

広島市の協同労働モデルへの取組み

広島市の協同労働によるシニア起業支援の主な取組みは、協同労働プラットフォームの設置と立上げ支援にかかわる補助金制度の2つです。2014年に設置された協同労働プラットフォーム「らぼーろひろしま」では、専門のコーディネーターによる協同労働型事業の立ち上げ支援を受けることができます。そして、補助金制度はシニアの働く場の創出と地域課題の解決という明確な目的を持って運用されています。広島市を拠点に活動すること、構成員が4名以上で、うち半数は60歳以上であること、地域活性化につながる事業を手掛けることが交付要件で、立上げ経費の一部が補助されます。こうした積極的な取組みを通じて、現在は25の団体と300名を超える住民が起業し、農業や生産販売、地域サロン、配食弁当など、各地でさまざまな事業を運営しています。

広島市の松井一實市長は、市が発行する協同労働の働き方を紹介する冊子(※3)で「協同労働は、企業に雇われて働く雇用労働とは異なり、住民が個々の生活環境や価値観に応じて、自分の地域のために仲間と共に働き、成果を分かち合うという、『郷土愛』と『和』を追求した新たな働き方として、また、コミュニティ再生ツールとして大きな可能性を持っています」と語っています。広島市の取組みは、シニア起業を核に、地域の人々をつなぎ、コミュニティを活性化させる新たな取組みと言えます。そうした広島市の活動から、協同労働によるシニア起業を実現する際の重要なポイントが見えてきます。「地域の身近な課題を捉える」「プラットフォームで支える」「既存のコミュニティ基盤を生かす」という3つのポイントです。次項から、それぞれの取組みについて詳しく見ていきます。

地域の身近な課題を捉える

重要なポイントの1つ目は、地域ごとに異なる生活環境の中でなるべく身近な課題を捉えて事業を立ち上げることです。身近な課題に着目することによって、日常の中に多くの事業機会を見出していくことができます。また、地域の生活に密着した課題は、それぞれの地域に根差した本質的な事業ニーズと考えることもできます。地域の本質的な課題を解決することで、多くの人に受け入れられる継続性の高い事業を立ち上げることができるのです。

広島市雇用推進課の山根氏は、「地域の多様な課題に対応しようとした時、地域の課題を一番よくわかっているのは地域の方々。地域特性に自分たちがやりたいという志向や経験を掛け合わせた結果、バラエティに富んだ活動が生まれてきている」と語ります。

広島市の南部、瀬戸内海に面する南区宇品で立ち上がった「ひろしまうじなみなとプロジェクト」は、フリーマーケットの運営を事業化しました。この地域は高層マンションが多く、住民同士が日常的に顔を合わせる機会が少ないため、地域コミュニティが育ちにくいという問題がありました。プロジェクトでは、地域住民を巻き込んだフリーマーケットや子どもが仲間と遊べるワークショップなどを開催して住民の交流を促しています。
一方、山間部の佐伯区湯来町で活動する「下五原助協皆(しもいつはらじょきょうかい)」では、草取りなどの日常の困りごとから地域生産物の直売所や物産加工まで、過疎化が進む地域の幅広い困りごとに応える事業を展開しています。このように、地域の身近な課題を捉えることによって、地域に必要とされる多様な事業を起業していくことが可能となるのです。

広島コラム写真1.png出所:協同労働ひろしまHP

プラットフォームで支える

重要なポイントの2つ目は、プラットフォームとそこに所属するコーディネーターによる継続的な支援です。シニア起業と地域課題の解決という2つの側面を持つ広島市のモデルは、さまざまな組織や機関を横断する取組みとなります。まちづくりや福祉、子供の見守り、防犯、防災などの地域活動、そして、社会福祉協議会や地域包括センター、町内会といった多くの地域団体や行政機関との関わりが生まれます。しかし、それぞれの組織や機関の活動範囲は限られています。そのため、より効果的・継続的な支援を提供するためには、さまざまな組織をつなぐプラットフォームの立上げが不可欠です。

また、コーディネーターによる継続的なサポートも起業の鍵となる重要な取組みです。身近な困りごとから事業を立ち上げるとは言っても、やはり起業には時間がかかります。広島市が「らぼーろひろしま」(※4)の運営を委託する、日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会の事業統括コーディネーター小暮氏は「高齢者の方が出資も含めて事業に取り組むというのはパワーが必要。思いは持っていても、仲間をなかなか集められないこともある。人や機関からの支援をつなぎ合わせて、事業イメージを組み立て『さあ、やろう!』と立ち上げるには1〜2年かかることも多い」と語ります。

広島コラム写真2.png出所:協同労働ひろしまHP

コーディネーターによって、協同労働という働き方の理解や実践、町内会やほかの地域団体とのネットワーキング、事業モデルの検討など、幅広い支援を継続的に受けることが可能となります。シニアの多様な就労のスタイルや経験を生かし、さらに地域それぞれの特色を捉えた事業を起こそうとすれば、団体一つひとつの立上げや運営は異なる形になります。そうした違いに丁寧に対応できるコーディネーターの存在はシニア起業の鍵となるものです。

既存のコミュニティ基盤を活かす

重要なポイントの3つ目は、地域の既存のコミュニティ基盤を有効につかって事業を立上げることです。全国各地には、農業協同組合や漁業協同組合、森林組合、商工組合など、協同労働と同じ共助を目的とする団体が多くあります。そうしたコミュニティ基盤を生かした協同労働の立ち上げは、今後、大きな発展の可能性を持っています。既に生活協同組合からは「ワーカーズ・コレクティブ」という協同労働組織が数多く生まれ、全国で活発な活動を展開しています。また、協同組合以外にも、各地域の社会福祉協議会、シルバー人材センター、地域包括支援センター、NPOなど、さまざまな就労や社会参加を支援する機関があり、こうした機関と連携することも可能です。

広島市の取組みにおいても、農業協同組合(農協)から派生して生まれた団体があります。当初、農協に対して「休耕田になったんじゃけ、どうにかせんかい!」と言っていた農家の方々が、農協ができないなら自分たちでやろうと立ち上げた団体です。協同労働の仕組みを活用することで、農家以外の一般の社会人が仲間に加わり、さらに農協の法的な枠組みを超えた事業を手掛けていくことが可能となりました。現在では、立ち上がった団体が農協を巻き込み、新たな事業を議論しているそうです。このほかにも、マンション地域の町内会運営に課題意識を持った住民たちが立ち上げた団体、社会福祉協議会ボランティアバンクの一部の活動を担う団体なども生まれています。

雇用推進課の山根氏は「今後は、町内会等の地域の構成団体が抱える課題の一部を協同労働によって解決する、または、高齢者サロンは社会福祉協議会でやっているので、活動の一部を協同労働で運営するなど、さまざまな連携の可能性があります。子どもに関わるテーマなら、子ども会やPTAなどの団体との連携もあるでしょう」と言います。地域に存在する既存のコミュニティ基盤を生かすことによって、より多くの事業が生み出されてくるとともに、地域に重層的な共助のネットワークを築いていくことができるのです。

以上、見てきたように、協同労働はシニアの多様な働き方のニーズを生かしつつ仲間との起業を実現する有効な仕組みの一つと言えます。山根氏は「企業に雇用されて働いているシニア、若手世代の参加にあたっては、副業という関わり方も十分にある」と、在職しつつ協同労働に加わる新しい参加形態への期待を語ります。今後、協同労働という新しい働き方は、シニアの起業にとどまることなく、働き方をめぐるさまざまな課題の解決に応用できる可能性を持っています。


奥本英宏

(※1)リクルートワークス研究所『40代~70代の就業に関する調査報告書』 
 https://www.works-i.com/research/works-report/item/s_000187.pdf
(※2)リクルートワークス研究所『再雇用か、転職か、引退か -定年前後の働き方を解析するー』 
 https://www.works-i.com/research/works-report/item/jpsedteinen_2019.pdf
(※3)広島市『地域で仲間と仕事をつくる たのしごと』 
 https://kyodo-rodo.jp/news/upload/01hyoshi-26-ilovepdf-compressed.pdf
(※4)広島市『協同労働ひろしま』 https://kyodo-rodo.jp