未来創造 キャリアの共助が広げる、働き方の可能性地方の「関係人口」と企業の「アルムナイ」、拡大の秘訣は同じ 中村天江

企業の戦略的人事施策に、地方創生のヒントがある

前回「オンラインで県人会は『しがらみ』から『弱い紐帯』へ」では、近年、新しい県人会が生まれていて、それは個人のキャリア選択を支える共助のコミュニティであり、さらに地方創生のための関係人口を拡大するものであるということを論じました。
では、地方自治体は、新しい県人会をどのように広げていけばよいのでしょうか。そのヒントが、企業の戦略的人事施策「企業アルムナイ」にあることを、本稿ではお伝えしていきます。

「『つながり』のキャリア論 ―希望を叶える6つの共助―」では、企業アルムナイと地域アルムナイ(新しい県人会)を「キャリアの共助」の一形態としてそれぞれ紹介しています。

日本企業が続々と導入「企業アルムナイ」

地方の関係人口の拡大について論じる前に、企業の人事施策「企業アルムナイ」について、簡単に説明しておきます。

アルムナイ(alumni)とは、卒業生・同窓生を意味する言葉で、海外では学校のアルムナイ(同窓会)だけでなく、企業を離職した人たちのアルムナイも一般的です。マッキンゼーなどの外資系コンサルティング会社のアルムナイ組織が有名なのはそのためです。
トゥウエンテ大学の調査によれば、ソーシャルネットワーキングサービスのLinkedIn上には、11万8,000の企業アルムナイが存在し、うち15%は企業が公式に運営するアルムナイ、67%は非公式なグループとなっています(※1) 。

日本企業も定年退職者のための「社友会」を有している企業はあるのですが、これまで定年前に退職した人たちはそのコミュニティには含まれていませんでした。それは日本では雇用が安定していて、途中で辞めるのは例外的なことであり、企業によっては「裏切り者」とさえみなしていたからです(※2) 。

しかし雇用が流動化し、いまや働く人の約7割、正社員男性に限っても5割以上が仕事を辞めた経験があり(※3)、しかも人材獲得競争が熾烈になっています。また企業は事業の垣根を越えた協業やイノベーションを志向するようにもなりました。
そこで日本企業も、途中で辞めた社員も含む企業アルムナイを戦略的に導入するようになりました。015年以降に公式の企業アルムナイを作った企業には、例えば、ヤフー、電通、TIS、中外製薬があります(※4)。いまや企業アルムナイは、業種を問わない人事施策になっています。

「企業アルムナイ」と「新しい県人会」の2つの共通点

このような企業アルムナイと、地域の県人会には2つの共通点があります。
第1の共通点は、企業アルムナイは企業を辞めた人たちのコミュニティ、県人会は地域を離れた人たちのコミュニティであり、どちらも「離れた人たちとつながり続けるコミュニティ」であるということです。
第2は、企業や自治体による公式のコミュニティと、思いのある人たちが自主的に運営する非公式のコミュニティが共存するということです。

よって、企業アルムナイの推進施策のなかに、自治体が県人会を広げていくためのヒントがあります。逆に、自治体の新しい県人会やオンライン関係人口の取り組みから企業が学べるところもあるのですが、本稿は前者に焦点を当てます。

会員数を最大化する秘訣は「辞める時につながる」

わたしたちのプロジェクトで企業アルムナイの推進策についてお話を伺ったところ、印象的だったのがA社の取り組みです。

A社では、社員が転職やご家族の事情で退職することになったら、退職時に人事が企業アルムナイを紹介し、本人が参加を承諾したら(辞退しなければ)、企業側でアルムナイに登録しているそうです。

一般に、コミュニティへの参加は本人の自発的な意思をともなうため、WEBから申し込めるようにしておき、申請があれば、アルムナイの対象者か確認の後、承認するフローが組まれています。
しかし、この方法では、辞めていった人のうち、企業アルムナイの存在に気づき、さらに申請手続きをしてくれる人しか会員にできません。しかもインターネットはSEO対策を講じなければ、検索しても上位に表示されず、発見されないため、企業アルムナイを作っても、費用や手間をかけずに会員を集めるのは容易ではありません。
対して、A社のフローであれば、ご本人の意思を尊重したうえで、会員数を最大化することができます。

自治体がファンコミュニティづくりを目指すと後手になる

対して、自治体は他県に転出した住民とどのようにつながっているかを、①伝統的な県人会、②新しい県人会、③ファンコミュニティ(オンライン関係人口)それぞれについて整理しておきます。

① 伝統的な県人会は、古くから存在し強固な基盤があるものの、若い人たちのニーズとは一致しておらず、若い人を十分に取り込むことができていません(※5)。しかし、地方から人材が流出するのは進学と就職のタイミングが最も多く、自治体にとって若い人たちとのつながりを保つことはとても重要です。

② 新しい県人会は、若い人たちが自発的に運営しているコミュニティが中心です。しかし、ほとんどの地域では、このような新しい県人会と自治体の行政組織は連携しておらず、既存会員の紹介や口コミによる会員増にとどまっており、地域の取り組みにはなっていません。

③ ファンコミュニティ(オンライン関係人口)は、地域の出身者だけでなく、希望者は誰でも参加できるオープン・コミュニティが基本です。そのため自治体は費用をかけて、SEO対策やアプリへの登録キャンペーンを行い、会員を増やしています。

このように現状、地方自治体は人口減少に直面し、UターンIターン人口の増加や関係人 口の拡大を図っているにもかかわらず、地域から流出する若い人たちとのつながりを十分に保つことができていません。地元を離れた人たちの約8割が地域に愛着をもっていることを考えれば、これはとても惜しいことです(※6)。

(※1)Alison M. Dachner and Erin E. Makarius (2021) Turn Departing Employees into Loyal Alumni A holistic approach to offboarding,” Harvard Business Review, March–April 2021
2)
中村天江(2018)「人材不足でも『辞めた社員は二度と敷居をまたぐな』が続く不思議」『研究所員の鳥瞰虫瞰vol.3』https://www.works-i.com/column/works03/detail045.html
3)
リクルートワークス研究所(2020)「全国就業実態パネル調査2020」https://www.works-i.com/research/works-report/item/200611_jpsed2020data.pdf
4)リクルートワークス研究所(2021)「『つながり』のキャリア論 ―希望を叶える6つの共助―」https://www.works-i.com/research/works-report/item/tsunagari_210316.pdf
5)中村天江(2021)「オンラインで県人会は『しがらみ』から『弱い紐帯』へ」https://cms.works-i.com/project/10career/style/detail002.html
6)中村天江(2021)「オンラインで県人会は『しがらみ』から『弱い紐帯』へ」https://cms.works-i.com/project/10career/style/detail002.html

地元出身者は、地域の理解者であり、魅力の伝道師

自治体が関係人口を増やすうえで、絶対数が多いのは地元出身者よりも、地域にゆかりのない県外の人たちです。なので、地元出身者とつながるよりも、県外のファンを増やすことを優先すべきとの考えもあるかもしれません。
しかし、県外の人たちを惹きつけられる地域の魅力、例えば文化や歴史、特産品、イベントは、地元出身者にとっても魅力であり誇りです。
逆に地元出身者は不満しかないのに、県外の人にとっては非常に魅力がある自治体というのは考えにくく、県外のファンを増やすためには、地元出身者にとっても魅力のある自治体であることが必要です。

地域から人が流出するのは、進学先や就職先がなく、また、特定の人間関係のしがらみの強さが原因であり、地域そのものが嫌いなわけではないのです。地元出身者は、地域の理解者であり、当事者です。地域の魅力の伝道師や案内人にもなる可能性をも秘めた、大切にすべき存在です(※7)。

卒業時、成人式、転出時、「離れる時につながる」へ

今後、自治体が関係人口を増やしていくには、地域の最大の理解者である地元出身者たちとつながり続けることをもっと重視すべきです。そしてそれは、他県に転出した人たちを県外のファンと同時に集めるのではなく、離れずにつながり続けることによって可能です。
自治体は、高校や大学の卒業時、成人式、住民票を移すタイミングなど、住民が地元から離れる時に、新しい県人会やファンコミュニティを案内して、登録を促すことができます。
「離れてからつながりなおす」から「離れる時につながる」に変えれば、これまで自治体が新規の会員獲得にかけていたコストを他のことに活用できます。何より、地域のかけがえのない「人財」の思いを大切にできます。

魅力的な「地域アルムナイ」を作るために自治体は?

では、地元出身者とつながり続けるために、自治体は何ができるのでしょうか。魅力的なコミュニティは、参加者が義務感ではなく自分の意思で参加しており、コミュニティに熱量があります。参加者にとって必要な情報が入手できたり、交流を通じて楽しさを感じられたり、時には予期せぬ出会いや新たな仕事の機会につながるといった、メリットがあることが参加を促します。
逆に会員数を増やしても、そのコミュニティに魅力がなければ、会員はいずれ退会するか、不活性化(登録はあっても情報はみていない、活動には参加しないなど)します。登録者にとって魅力的なコミュニティであり続けることが本質的にとても重要です。

そのため自治体は、さまざまな地元出身者の多様なニーズに応えられるよう、伝統的な県人会だけでなく、非公式の新しい県人会も重要なコミュニティと位置づけます。
自治体は新しい県人会の主体性や創造性を尊重するために、積極的かつゆるやかに連携や協働していきます(※8)。
加えて、自治体は非公式の県人会も含めて、転出時の案内や広報誌などで住民に紹介し、希望にあったコミュニティへの登録を促していきます。

「つながりなおす」から「つながり続ける」へ

オンライン関係人口の政策ではファンコミュニティの形成に重点がおかれています。地域へのファンを増やしていくには、地元出身者からも支持される取り組みが不可欠です。
そのため企業アルムナイと同様、自治体は地元出身者とのつながりを「地域アルムナイ」として活性化していくべきだと、わたしたちは提案します

地域は地元出身者と「離れてからつながりなおす」から、「離れずにつながり続ける」へ。
そこから、キャリアの共助であり、関係人口の基盤ともなる地域とのつながりが広がっていきます。

中村天江

(※7)リクルートワークス研究所(2021)「『つながり』のキャリア論 ―希望を叶える6つの共助―」https://www.works-i.com/research/works-report/item/tsunagari_210316.pdf
(※8)中村天江(2021)「オンラインで県人会は『しがらみ』から『弱い紐帯』へ」https://cms.works-i.com/project/10career/style/detail002.html