未来創造 キャリアの共助が広げる、働き方の可能性オンラインで県人会は「しがらみ」から「弱い紐帯」へ 中村天江

地方創生の鍵は、閉塞感の払拭

20年続く東京一極集中の問題(※1)。地方における仕事の少なさが、人が地方から都市部に流出する最大の原因になっていることを、「地方創生、突破口は「非営利」の仕事創出 ―アメリカでは3番目の雇用者数―で紹介しました。仕事のほかにも、「希望することが学べる進学先がない」「日常生活が不便」といった学校や生活の質が、都市部に転出する理由になっています(図表1)。

加えて、近年、地方から都市部への流出で顕著なのが、女性の増加です。2019年、東京圏の転入超過数は、男性6.6万人のところ、女性は8.3万人でした。また、47都道府県のうち男性よりも女性の転出超過数が多い県が30もあります(※2)。転出に際して、男性は仕事を理由にあげる人が多いのに対し、女性は不便さのほか、「人間関係やコミュニティに閉塞感がある」「レジャー・娯楽施設が少ない」「地域の文化・風習が肌に合わない」といった理由をあげる人が多くいます(図表1)。人間関係の閉塞感や価値観の不一致もまた、地方から人材が流出する引き金になります(※3)。

女性の社会進出が当たり前となった今日、地方創生を推進するには、仕事の創出だけでなく、地域における人間関係のあり方も変えていく必要があります。

図表1 地元に残らず東京に移住することを選択した事情
図表1.png出所:国土交通省「企業等の東京一極集中に関する懇談会」第4回配布資料「市民向け国際アンケート調査結果(速報)」

地方の人間関係はしがらみ?しかし、8割が愛着

地方では都市部に比べて人の出入りが少ないため、コミュニティが固定化し、人間関係が濃密になりがちです。また、情報やサービスも最新のものは都市部から広がることがほとんどなので、価値観もなかなか変わりません。このような濃い人間関係が嫌で、都市部に転出する人がいるのは事実です(※4)。

しかし、だからといって、地方から都市部に転出している人のすべてが地元と縁を切りたいと思っているわけではありません。
地元を離れて暮らす人の約4割が出身地に強い愛着を、約8割が出身地に「とても愛着がある」「まあ愛着がある」と愛着をもっています(図表2①)。しかも出身地への愛着は、男女による差がほぼありません(図表2②)。

いまや「地域の閉塞的な人間関係は嫌だが、地域にはつながっていたい」という、軽やかなつながりが求められているのです。

図表2 出身地への愛着

図版2.png出所:国土交通省「企業等の東京一極集中に関する懇談会」第4回配布資料「市民向け国際アンケート調査結果(速報)」

高齢化する「県人会」、若い人のニーズとギャップ

これまで進学や就職により地元を離れた人たちのつながりは、県人会が担ってきました。県人会は、年に1、2度の懇親会のほか勉強会なども開催していますが、歴史があり高齢化が進んでいるため、事業などで成功した年配者が中心の「懐古的、階層的かつ組織的な地縁コミュニティ」になりがちです(※5)。

こうなると、若い人たちは堅苦しさや負担を感じ、なかなか寄りつきません。しかし、地域への愛着はある。そこで、若い人たちは伝統的な県人会とは別の「新しい県人会」を作り始めました。
全国津々浦々で生まれている地縁のコミュニティを図表3にまとめました。例えばフェイスブック新潟県人会は、会員数が1万4,000人を越えています(※6) 。ここには掲載されていない新しい県人会も多数存在します。

図表3 SNSを活用した地縁コミュニティ(地域アルムナイ)

図表3_小.jpg出所:「『つながり』のキャリア論 ―希望を叶える6つの共助―」

(※1)国土交通省(2021)「企業等の東京一極集中に関する懇談会とりまとめ 参考資料」
(※2)総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告 年報(詳細集計)」
(※3)中村天江(2019)「地方における女性の閉塞感 ――進学・就職の次はキャリア」『WEB労政時報』
(※4)リクルートワークス研究所(2016)「UIターン人材活躍のセオリー ~都市型人材を地方の起爆剤に~」 https://www.works-i.com/research/works-report/item/160407_uiturn.pdf
(※5)国土交通省(2021)「ライフスタイルの多様化と関係人口に関する懇談会 ~関係人口と連携・協働する地域づくり~」最終とりまとめ https://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/content/001396630.pdf
(※6)南雲克雅氏インタビュー(2021)「14000人が集う『フェイスブック新潟県人会』とは」『兆し発見 キャリアの共助の「今』を探る』 https://www.works-i.com/project/10career/mutual/detail002.html

地域が好き、応援したいという共通の価値観

「新しい県人会」は、国交省の懇談会が2021年につけた呼び方で、20代から30代の県出身者の社会人や大学生が参加している地縁コミュニティのことです。
伝統的な県人会が同郷の人たちとの安定した関係を重視しているのに対し、新しい県人会は「地域好き」「地域を応援したい」という共通の価値観のもと、イベントや交流会を活発に行っています(※7)。

また、類似する考え方に「ネオ県人会」もあります。ネオ県人会は、2013年に当時日本財団CANPANプロジェクトの責任者だった山田泰久氏が命名したもので、地域にゆかりのある人たちのSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)上のコミュニティのことです。
山田氏は、ネオ県人会は個人の思いで作られる非公式なコミュニティで、参加者の多くは2030代であり、会によっては参加者が入れ替わったり、活動が下火になったり、新しい会ができたりと新陳代謝も起きると指摘しています(※8)。

SNS上のネオ県人会を発展させ、より多様なつながりを含むのが新しい県人会です。これらの県人会には、伝統的な県人会とは異なる魅力があります。

同郷の人たちとのつながりは、安心の居場所

山田氏は、「組織化された従来型の県人会と比べると、ネオ県人会のつながりはゆるやかです。ネオ県人会が何より大きいのは、安心できる居場所を持てることです。地元を離れた後も同郷人と語り合う場があれば、不慣れな土地で生きる不安が和らぎ、孤立も防げます」と言います。
共通の価値観をもつ人たちとの交流が、安心の居場所になり、孤独感が和らぐ。これはまさに「キャリアの共助」となるコミュニティの特徴です(図表4)(※9)。

実際、ネオ県人会は個人のキャリア選択の役にも立っているそうです。「一般的な県人会は、中高年の会員が多いため地元の外での生活基盤が確立しており、Uターン志向の薄い人が大半です。
対して、ネオ県人会の特徴の一つが、「Uターン」をテーマにした活動が多いことです。(ネオ県人会によって)都会で活躍する地元出身者や、地元で面白い取り組みをしている人たちとつながることもできます。
彼らの情報やアドバイスが、就職や起業を後押しすることもあります。Uターン希望者も、Uターンを経験したロールモデルを見つけられて、地元で暮らすイメージを描きやすくなります」と山田氏は述べています(※10)。

図表4 キャリア形成における共助の価値

図表4_小.jpg出所:リクルートワークス研究所(2021)「『つながり』のキャリア論 ―希望を叶える6つの共助―」

伝統的な県人会と新しい県人会は「弱い紐帯」

確かに、同郷の出身者だからといって誰もが同じ目的意識をもつとは限らず、むしろ山田氏が指摘するように個人やライフステージによってコミュニティに求めるものは変わると考えるほうが自然です。であれば、県人会も複数あってもよいはずです。

伝統的な県人会と新しい県人会のいずれとも積極的に連携している鳥取県関係人口推進室の岡本圭司室長は、
「新しい県人会の人たちは伝統的な県人会に対して、普段からずっと一緒に活動しているわけではないけれど、県人会の人にイベントに来て話をしてほしいとか、手を借りたということはあるわけです。
一方、伝統的な県人会の人たちは新しい県人会に対して、「自分たちの県人会とは別のものだけど、もしよければ『県人会、年取って後継ぎおらんようになったけん、後継ぎになってくれるといいな』という期待はしてるんじゃないかなと思います」

と、伝統的な県人会と新しい県人会は共存共栄すると言いますそのためには、伝統的な県人会と新しい県人会、そして行政が、弱い紐帯でつながっていることが大切だとも岡本氏は述べています(※11)。

オンラインで「ファンコミュニティ」に発展

県人会はいまや形を変え、地域に思いのある人たちが自発的に立ち上げたSNS上のコミュニティも含むようになりました。SNS上には、「〇〇学校卒業生」のように、特定の条件を満たす人しか参加できないグループもありますが、地域の出身者以外も参加できるコミュニティも沢山あります。
進学や就職をするまで住んでいた生粋の出身者以外にも、旅行やイベントで訪れ好きになった、地域の名所や特産品が気に入っている、仕事の都合で一時住んでいたなど、地域のファンはいます。
ファンコミュニティでは参加できる人が多いので、行きかう情報や人とのつながりが増える可能性も高まります。

「キャリアの共助」であり「関係人口」でもある

新しい県人会や地域に思いのある人たちのファンコミュニティ。わたしたちはこれらを「キャリアの共助」の一形態だと考えています。そしてこれらは、地域の「関係人口」でもあります。

従来、国や自治体は地方創生のために、その地域に移住する定住人口や、観光に訪れる交流人口を増やす政策を積極的に推進してきました。しかし、移住と観光だけでは広がりに限界があるため、関係人口という考え方が提唱されました。
政府は2020年の成長戦略で関係人口の拡大を盛り込み、20213月には、国土交通省の懇談会が「関係人口の拡大・深化と地域づくり」という報告書をまとめています(※12)。その中で特に、ネオ県人会のようなオンラインでのつながりは「オンライン関係人口」と定義され(図表5)、今後の推進が明記されています。

図表5 関係人口

図表5.png

現在、県人会に対して「しがらみが強そう」「堅苦しそう」といった理由で敬遠している方もいるかもしれません。しかし、いまや新しい県人会が生まれ、しかもそれは個人のキャリア選択を支える共助のコミュニティであり、関係人口として地方創生を支える存在でもあります。

新しい県人会は、個人のキャリア形成においても、社会の持続可能性においても、期待される存在です。そこで次回「地方の『関係人口』と企業の『アルムナイ』、拡大の秘訣は同じ」(527日公開予定)では、新しい県人会を拡大する方法について論じていきます。

中村天江

(※7)国土交通省(2021)「ライフスタイルの多様化と関係人口に関する懇談会 ~関係人口と連携・協働する地域づくり~」最終とりまとめ
(※8)山田泰久氏インタビュー(2021)「SNSでつながる『ネオ県人会』 Uターンなど人生の選択のきっかけに」『兆し発見 キャリアの共助の「今』を探る』 https://www.works-i.com/project/10career/mutual/detail001.html
(※9)中村天江(2021)「他者との交わりで、人は動きだす―キャリアの『共助』に潜む5つのパワー―」 https://www.works-i.com/column/hataraku-ronten/detail019.html
(※10)山田泰久氏インタビュー(2021)「SNSでつながる『ネオ県人会』 Uターンなど人生の選択のきっかけに」『兆し発見 キャリアの共助の「今」を探る』
(※11)Mark Granovetter1973年、“The Strength of Weak Ties”という論文で、会う頻度が高い家族や職場の同僚などの強いつながりよりも、たまにしか会わない知人などの弱いつながりのほうが、自分にとって新しく価値の高い情報をもたらす可能性が高いとの仮説を提示した。実際、仕事探しにおいて「弱い紐帯の強さ」の存在が確認され、個人のキャリア形成における人的ネットワークの重要性の根拠とされるようになった。
本稿では、山田氏のネオ県人会の「ゆるいつながり」が、個人のキャリア形成における弱い紐帯について説明しているのに対し、岡本氏の「弱い紐帯」は県人会や行政組織といったステークホルダー間のつながりの質について言及したものである。
(※12)国土交通省(2021)「ライフスタイルの多様化と関係人口に関する懇談会 ~関係人口と連携・協働する地域づくり~」最終とりまとめ