研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.4テレワークで「職場の空気感」を共有する──辰巳哲子

コロナ禍でのテレワーク導入によって、オフィスワーカーを中心に個人のパフォーマンスは「上がった」が、組織のパフォーマンスは「下がった」と認識される傾向にある。しかし、以下に紹介するように、ある取り組みをおこなっている企業では組織パフォーマンスの低下はみられていない。働き方が変わる中、どのようにして組織のパフォーマンス改善に向けた、対面に限らない「集まり」を設計すればよいのだろうか。

コロナ禍で明らかになった組織パフォーマンスの問題

「職場における集まる意味の調査」によると、個人の成果が「上がった」と回答した人のうち、21.8%の人は組織の成果が「下がった」と回答している。特にコロナ禍においてテレワーク環境で働く人とそうでない人を比較すると、テレワークで働く人は、そうでない人に比べて「仕事の自律的なマネジメント」「集中して働ける時間」「職場の仕事の効率性や生産性」の平均スコアが高い。一方で、組織のパフォーマンスを示す、「職場の一体感や仲間意識」「新しい取り組みや新規事業」「部署や企業の壁を越えた協業」「企業文化や組織風土の継承」に関しては、テレワーク制度が適応されていない人のほうが平均値スコアが高いことが明らかになっている。

図表1 テレワークの有無による個人成果と組織成果の違い図表1 テレワークの有無による個人成果と組織成果の違い注:パフォーマンスに関する各項目について、「減った/下がった」1点「やや減った/下がった」2点、「変わらない」3点、「やや増えた/上がった」4点、「増えた/上がった」5点の平均値を比較し、差を検定し有意な結果を表示。平均値スコアが高いほうが濃い赤色。
出所:リクルートワークス研究所(2021)「職場における集まる意味の調査」

しかし、テレワーク環境だから組織のパフォーマンスが下がっているということではなさそうだ。調査データを基にした分析コラム「個人の自律性と、意図的な場の設定がカギ」によると、組織成果が上がった職場の特徴として、以下のように回答している傾向があることがわかっている。

◎業務効率を上げるために会議やイベントを積極的にオンラインにしている
◎オンライン上で雑談や情報交換ができる場を意図的に設定している
◎時には長めの時間をかけて職場のメンバー全員とじっくり対話や議論する場を設けている)

この結果からは、オンライン・対面問わず、組織のコミュニケーション戦略によって、組織パフォーマンスは明らかに異なっていることが示唆されている。テレワークに慣れたメンバーは、職場での対面会議について、「その内容ならオンラインのほうが効率的なのに」と感じることもあるだろう。今後は、業務の目的にあわせた会議の場を設計する必要がある。次に明らかになったのは、組織成果が上がった職場では、目的に応じたオンライン活用が進むだけでなく、目的の設定がない雑談の場としてもオンラインの場が活用されていることだ。そして、ベースの関係性を構築するための対話や議論の場は欠かせない。

同じ時間・同じ空間を共有することの意味

「人が集まる意味を問いなおす」プロジェクトでは、個人調査データの分析や企業取材、研究者への取材、各社人事部長やグループマネージャーへのヒヤリングを実施してきた。その結果、コロナ禍で「なくした」「減少した」と考えられている組織コミュニケーションがいくつかあったが、そのうちの1つは、「五感で感じる人の雰囲気や空気感の共有」だった。
コロナ禍では新人や異動者のオンボーディング課題が話題となった。制度やコミュニケーションのルールを共有することはできても、「職場の空気」を共有することは難しいからだ。安田氏が、「「つながっていない」部分にこそ、意味が存在する」の中で指摘しているように、1対1の時と第三者が入る時とでは人の行動がまったく変わり、3人いて初めて個人の社会性が発揮される。そのため、1対1の先輩との面談だけでは、相手を詳しく知ることはできても、「職場の空気」を知ることは難しい。職場の空気感を共有するための施策が必要だと考えた一部の企業では、コロナ禍下で人数制限をおこないながらも、対面での入社式を開催していた。しかし、「職場の空気感」を共有する「集まり」は対面だけではないし、それが必要なのは、新人や異動者だけではない。例えば事業の危機的な状況を共有する、事業戦略を「職場の空気感」とともに共有するにはどうすればよいだろうか。

ある組織では、800人の従業員を対象に、経営から戦略を共有する場、それをかみ砕いて戦略を理解する場(ゼミや勉強会、部会)、その上で戦略推進の裏側や葛藤を見せることで共感を高めるために、「身近なトピックについてゆるいトーンでの情報発信」という3つの集まる場をすべてオンライン上で設計し、従業員全員と共有した。これら一連の「戦略共有」「戦略理解」「戦略共感」を通じて従業員一人ひとりが組織の目指す方向性への納得度を高め、自分の仕事と接続し、どのように組織にコミットするかを考えあえる職場の空気を作り出している。結果、コロナ禍下にもかかわらず、個人のエンゲージメントは高まり、参加者の満足度も高い。

日本は諸外国に比べ、ハイコンテクストカルチャーであり、「察する文化」が根付いている。同じ時間、同じ空間にいた時には、前述のような「事業の危機感」や、「忙しそうにしている先輩の様子」「他者のまなざし」「仕事にかける思い」は、なんとなく空気のように存在し、感じることができていた。しかし、多様な働き方が前提になったいま、「空気」を可視化し、ツールを組み合わせながら、戦略的に集まる場を構築する必要がある。

現代の「ともにあること」(=Company)をどのようにアップデートするか

組織パフォーマンスを向上させる「集まり方」とはいかなるものか。ヒントの一つになる考え方が、「カンパニー」の語源だ。中原氏は「今、問われているのは新しい「com(ともに)」のあり方である」の中で、カンパニー(company)の語源は「ともに集まる仲間」であるとし、新しい時代の「ともにあること」を現代バージョンにアップデートすることが必要だとしている。

かつての日本企業では、「同じ時間、同じ空間、同じメンバー」との「ともにある」だった。現代は、時間も空間もメンバーも多様になる中で、私たちはどのように「ともにある」のかを考え、デザインしなくてはならない。2020年に実施した五か国リレーション調査では、日本は、「会社の経営理念に共感している」かつ「仕事にのめりこんでいる」と回答した人が諸外国に比べて極端に少ないことも明らかになっている。自組織の魅力は何か、ここで働く意味は何か、ここでしかできない経験は何か、職場の仲間と何を目指すのか。あらたな時代の「職場の空気」を可視化・言語化しながら、「ともにある場」を再構築する時期が来ている。