研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.4「学生時代の成績」と「仕事満足度」の関係の変化に関する考察──古屋星斗

「ポテンシャル採用」という言葉がある。日本の新卒採用において、若者を採用する際にその「潜在性に期待して」採用することを指す言葉だ。そしてポテンシャル・潜在性の指標として広く考えられてきた要素のひとつとして、学生時代の成績や通っていた学校のレベルがある。

例えば、リクルートワークス研究所でも個人のキャリア形成を俯瞰する観点から「中学3年生時の成績」を自己評価した指標を調査している(※1)。この「中学3年生時の成績」を用いた研究としては、現在年収への正の影響を指摘するもの(※2)、社会人となったあとの自己啓発割合の高さとの関係を指摘するもの(※3)などが存在しており、その後のキャリアとの関係性が指摘されている。
では、成績と仕事の関係はどのように変化しているのだろうか。今回はこの関係が徐々に、“希薄化”している可能性を指摘する。

学校時代の成績と現在の仕事満足度の関係性が弱まっている?

リクルートワークス研究所,全国就業実態パネル調査を用いて確認する。今回は成績と仕事の質的・総合的な満足度との関係を確認することで、「成績と仕事の関係」について概観することを目的とする。中学3年生時の成績別で「仕事そのものに満足していた」質問の平均点(※4)を比較したものが図表1(※5)である。なお、今回は中学3年生時成績との関係性が最も高いと考えられる若年層を分析するため、全て24歳以下就業者を対象として集計している。
2016年調査(※6)では3.24(上のほう)~2.70(下のほう)であった。2020年調査(※7)では3.36(上のほう)~3.02(下のほう)であった。2016年に「上のほう」と「下のほう」の差が0.54、2020年では0.34の差となっている。図表からも差が縮小していることがわかるだろう。

図表1:中学3年生時の成績別 現在の仕事満足度furuya01.jpg

また、この傾向について現在の仕事の満足に関する複数の指標で同様の傾向が見られている(図表2)。2020年調査と2016年調査で共通して聞いている6つの項目について、“中学3年生時の成績が「上のほう」の方の平均値―「下のほう」の方の平均値の差”を集計している。

図表2:成績が「上のほう」と「下のほう」の仕事満足度平均値の差
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図表2の結果からは、仕事満足に関する全ての項目において、成績が「上のほう」だった者と「下のほう」だった者の差が2016年から2020年にかけて縮小していることがわかる。例えば、「仕事を通じて「成長している」という実感を持っていた」については2016年調査で0.55の差があったが、2020年調査では0.17の差まで縮小している。
つまり、若年層の仕事満足度について、中学3年生時の成績との関係が弱くなっている可能性がある。

なお、図表3に、6つの仕事満足に関する項目について「満足している者」の平均割合を2016年調査・2018年調査・2020年調査について集計した結果を表示している(※8)。2016年調査で「上のほう」だった者が38.8%満足、「下のほう」だった者が21.8%満足であり、全体として中学3年生時の成績に比例するように増減していた。その後、2018年調査では39.3%と25.5%、2020年調査では40.4%と30.0%と、年を経るごとに差が小さくなり、また比例するような関係性がなくなりつつあることがわかるだろう。

図表3:”仕事に満足している”者の平均割合(中学3年生時の成績別)(%)
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さらに、簡易的な確認のため「中学3年生時の成績(5点満点と勘案)」と、「仕事満足度に関する6つの項目(5点満点と勘案)の合計点」の相関係数を調べたところ以下図表4のとおり2020年調査の係数のほうが小さくなっている。簡易的に中学3年生時の成績を「上のほう」を5点とする5点満点で分析したが、成績の自己評価は順序尺度的な要素が強く、本来こうした分析には適さない。このため図表4で示される相関係数は疑似的なものであるが、関係性が希薄化している傾向は確認頂けるだろう。

図表4:中学3年生時の成績(5点満点)と仕事満足度の合計点の相関係数 (※9)
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この結果の背景にあるもの

この結果の背景にあると考えられるのは、やはり就業社会の変化である。
例えば、より良い就職先、もしくは就職後の配属先すらも、中学生時の成績などを背景とした学歴や学校歴を基礎として設定されてきたとするならば、「成績」と「仕事満足」に一定の関係があったとしてもおかしくはない。しかし、現代においては、中長期のインターンシップ、PBLなどの学校・企業連携といった形で、就職する前にでも有用な知見・経験やネットワークを構築することは容易になった。就業後の副業機会などは自社の配属に左右されず挑戦機会を能動的に作ることができる。特に若年層を中心に、自ら機会を創出することが可能になってきているのではないか。

日本の企業社会と日本の教育体系は、一体的なものとして効率的なシステムを企業・学校・そして若者に提供してきた。企業は学校での成績が良い若者(すなわち高学歴者)を意識的に選択することで採用選抜の一部を外部化できた(※10)。若者は努力の方向性が明確となった。しかし、よく論じられるとおり、徐々に「社会で活躍できる」ファクターは変わってきたのではないか。
今回の結果は、高い偏差値や優良な学校歴を持つ若者が、自動的により良い就業機会を得る時代が終わりつつあることを示唆している。その際に、企業社会と切り離された学校成績は意味を持つのだろうか。

(※1) 全国就業実態パネル調査(JPSED)
(※2)太田聰一・萩原牧子, 2016 ,大学卒業時の選択の短期的,長期的効果―ストレートvs大卒無業vs留年vs大学院2年進学―, Works Discussion Paper No.15
(※3)孫亜文,2018 ,どうすればひとは学ぶのか ―企業の働きかけに着目して― ,リクルートワークス研究所研究紀要2018,
(※4)「仕事そのものに満足していた」に対して、「あてはまる」を5点、「どちらかというとあてはまる」を4点、「どちらともいえない」を3点、「どちらかというとあてはまらない」を2点、「あてはまらない」を1点として集計した
(※5)比較を容易にする観点で縦軸を2.60~3.40で作図した
(※6)24歳以下の就業者、サンプルサイズ2809、ウェイトXA16を用いて集計
(※7)24歳以下の就業者、サンプルサイズ3448、ウェイトXA20を用いて集計
(※8)仕事満足に関する6つの質問(図表2参照)について、「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」を回答した割合を平均したもの
(※9)2020年調査はウェイトXA20、2016年調査はウェイトXA16で分析
(※10)日本経済絶頂期の高校生の就職を例にこの点を実証的に論じた研究として、苅谷剛彦,1991,「学校・職業・選抜の社会学」,東京大学出版会 がある