研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.4転職がなくなるとき。6.6%の『コミットメントシフト』が生んだ、新しい転機──古屋星斗

転職者の6.6%が『コミットメントシフト』している

2019年に「転職がなくなるとき。コミットメントシフトの時代」を執筆した。「ある日を境にして前の会社を辞め別の会社に転職する」のではなく、副業などの形態により少しずつ別の会社やプロジェクトに携わり、徐々に“コミットメントを移していく”ことで、リスクフリーかつ能動的に自身のキャリアを変えることができる、という内容である。

図表1:「コミットメントシフト」のイメージ
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この論に対して多くの反響を頂いた。その後に様々な「コミットメントシフト」の例とも言える社会人と話していく中で、魅力的なキャリアチェンジを遂げた方を何人も見てきた。
副業したことのある会社への思いが膨らみ後々ジョインした人、社外の活動に熱を上げる中で自社での仕事の面白さに気づいた人、退職した後も元の会社の仕事を行っている人。確かに、個別のケースではたくさんの興味深い事例がありそうである。それでは、社会全体としては「コミットメントシフト」は個人にとって効果的なのだろうか。
今回は、リクルートワークス研究所の最新のデータ(1)を用いて、「コミットメントシフトを経てキャリアチェンジ(転職)をした人」を分析してみよう(2)。

まず、コミットメントシフトを経てキャリアチェンジした人の転職者全体に占める割合を確認すると、2019年で6.6%であった。2018年の5.1%から微増している。

図表2:転職者に占めるコミットメントシフトを経た人の割合(3)
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コミットメントシフトの効果①転職後の仕事の質

次に、コミットメントシフトを経てキャリアチェンジした人と、経ずに転職した人(通常の転職者)の転職後の状況を比較してみよう。
まずは転職後現在行っている仕事の性質を比較した。転職した後の仕事は、想像と異なることも多いがコミットメントシフトではそのギャップが減少するとともに、働きやすく意義を感じやすい仕事に従事できているのではないか、という仮説だ。結果が図表3である。

図表3:現在の仕事の性質(4) 「あてはまる」人の割合(%、有意に高い方が赤字)
furuya2006_02.jpg有意水準 ***:1%水準 **:5%水準 *:10%水準

「1年間で仕事がレベルアップ」した、についてはコミットメントシフトが38.1%、通常の転職が26.2%と有意にコミットメントシフトが高い。転職の前に一段設けることで、転職直後から最高速で仕事に打ち込むことができ、これが素早いレベルアップに繋がっているのかもしれない。

他の項目でも、特に有意水準が1%水準である2つの項目「他人に影響を与える仕事」「仕事のやり方を決められる」の結果を見ると、自身によって有意味感のある仕事に入職できていることがわかる。これは、自分が能動的にキャリアを選択した、という感覚がコミットメントシフトによって高まった結果として仕事の意味付けが高いレベルとなっていることを示唆している。
ほとんどの設問についてコミットメントシフトをした者が有意に高い結果となっており、転職後の仕事への理解が深まった状態で入職できることを表しているのではないだろうか。

コミットメントシフトの効果②仕事の満足感

次に、仕事への満足感について多面的な質問からその状況を分析した(図表4)。

図表4:現在の仕事への満足感、「あてはまる」人の割合(%、有意に高い方が赤字)
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こちらも全ての項目でコミットメントシフトを経た人の方が「あてはまる」割合が高いが、5%水準で有意にコミットメントシフト側が高かった項目は、「成長実感がある」「キャリアの見通しがある」「生き生きと働いている」「夢中になっている」であった。わくわくしながら、転職後の仕事に取り組む姿勢が垣間見えるようであり、仕事のパフォーマンスも高いことが推察される。

コミットメントシフトによって、次の仕事に対して単純な前職との比較だけではない広い視野が備わっていることで、転職後の仕事への納得感やモチベーションに繋がっている傾向があると言えよう。

「変化」、そして年収

コミットメントシフトの大きな効果が示唆される結果であるが、更なる検証のため「変化」を見ておこう。
特に「元から仕事観がポジティブだった人がコミットメントシフトをしているだけではないか」という意見を検証するため、同一回答者について2017年末の回答と、2019年末の回答を比較している(図表5)(5) 。
両者の差において、「+」はコミットメントシフトした人の方がポジティブな変化が大きかったことを意味する。

図表5:「あてはまる」割合の変化(6)(%ポイント)(「両者の差」について+0以上を緑)
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右端の「両者の差」欄をご覧頂きたい。仕事満足の全項目を含め、多数の項目で差が「+」となっており、コミットメントシフトをした人の方が、正の変化量が大きいことがわかるだろう(7)。

つまり、コミットメントシフトをした人は、「①現在、仕事の内容や取り組む姿勢が豊かなものとなって」おり、また、コミットメントシフトにより「②良い変化が得られた」可能性がある。

最後に、年収の変化についてはどうだろうか。図表6に整理したとおり、2017年時点の年収はほぼ変わらないが、その後コミットメントシフトをした人の上昇率が高く、また転職で年収が10%以上上がる率も高いという結果になった。
「一緒に働き、認められ、その後その仕事へ入職していく」。コミットメントシフトがもたらすこのプロセスが、具体的な年収の増加という形で表れているのではないか。

図表6:年収の変化 (8)
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新しい選択肢

新型コロナウイルスの影響により、仕事やキャリアにもたくさんの影響が出た。転職を一旦保留にした人、起業の準備を先送りにした人。そして、1年後の自分がどうなっているのか想像できない、という人が大多数だろう。
ただ、リモートワークが急激に広まり、オンラインで仕事をすることが当たり前となったなかで、副業など社外・業務外の活動も実施しやすくなったと言われている。
自身のキャリアを積極的に作るために、「いきなり転職」、ではなく「やってみたいことがあればとりあえずやってみる」から始めるチャンスは、コロナショック後の世界では大きな選択肢として浮上してくる。

リスクを許容しづらい状況だからこそ、「ゼロイチの転職」という個人にとっても企業にとってもハイリスクな選択にいきなり飛び込むのではなく、「原職復帰」という選択も残しながらキャリアチェンジを行うことができる、コミットメントシフトは、これからの時代に人の可能性を伸ばすことができる有力な手立てになる(9)。

転職して新しい同僚に「はじめまして」。
履歴書の経歴の年月が「前職を退職した翌月に入職」で綺麗に並ぶ。
今は「当たり前」のこの光景に違和感を覚える日は、それほど遠くないのかもしれない。

(※1)リクルートワークス研究所,「全国就業実態パネル調査2020」
(※2)本稿では、これを「転職した人のうち、転職の前年に金銭目的以外の副業をしていた人」と定義する。金銭目的の副業(生活費目的や遊興費目的)については、“キャリアのコミットメントを移していく”という性質が極めて薄いことから除外したため、「転職・起業目的」や「能力を高める」「人脈を広げる」などの“キャリア目的の副業”を行っている人が対象となる。なお、副業先に転職したか否かについては本調査では観測できないが、転職する前段階において「前職と異なる仕事に取り組んでいたことで、新しい職へ移行するステップが存在していた」点は転職先を問わない共通の事実である点を重要とし対象を抽出している
(※3)表記年末の時点で「1年以内に転職した」者のうち、その前年末の段階で「金銭目的以外の副業を実施していた」者の割合
(※4)回答の前年12月時点で就業していた者のうち、直近1年に転職し、20~59歳の者に限定して分析している。サンプルサイズはコミットメントシフト196、通常の転職1605
(※5)つまり時系列としては、2017年末回答→2018年金銭目的以外の副業の経験→2019年転職→2019年末回答、と整理できる
(※6)比較検証できる項目
(※7)差がマイナスとなっているのは「業務全体の理解」や「やり方の決定」である。コミットメントシフトでこの下がり幅が大きくなることは、以下の理由が考えられるだろう。プロジェクトベースで参画等していた際と比較して、転職後フルコミットに近い状況となった際に、副業の際にはできていた「やり方」が難しくなったり、プロジェクト参画では必要なかった「業務全体の理解」が必要となったり、という副業と本業で求められる関わり方の性質の違いに起因するのではないか
(※8)年収200万円未満、2000万円以上を外れ値として除外している
(※9) なお、原職の企業(社員の本業の企業)にとっても、「社外活動をしている社員」の方が会社へのエンゲージメントが高いという結果があり、メリットは大きい。これは、「比べて初めてわかる自社の良さ」があったことを示唆している。詳しくは、リクルートワークス研究所,『若手社会人のキャリア形成に関する実証調査 結果報告書』,P.65 https://www.works-i.com/research/works-report/item/youthcareer.pdf