研究所員の鳥瞰虫瞰 Vol.3学びと仕事のハイブリッド化をめざそう 辰巳哲子

働きながら学び続ける、大人の学びについての議論が活発化している。
こうした、「働くこと」と「学ぶこと」をブリッジしようという試みは、社会人サイドからの「リカレント教育」の議論だけでなく、学校サイドからのアプローチもある。小学校・中学校・高校で実施されているキャリア教育がその一例だ。日本では1990年代から2000年代にかけて国の方針が出されて以降少しずつ、「学校から職業への移行教育」が増加している。

高校の「キャリア教育」では何を学んでいるのか

高校では長年「進路指導」があったが、その実態は、入学できそうな大学や入社できそうな会社を決定するための「マッチング」が中心だった。しかし、1990年代のフリーター・ニート・早期離職者の増加を背景に、学校でおこなわれる「学校から職業への移行教育」の内容は少しずつ変化してきている。実際、キャリア教育の目的は、文部科学省によって2度の変更が加えられている。要約すると、(1)「学校種間・学校から社会への円滑な移行」(1999)、(2)「職業観・勤労観の醸成」(2004)から、(3)「社会的自立」(2011)へと強調される目的に変化が見られている。

高校はどのような「移行教育」をしてきたのか

こうした目的変更を受けて、実際に高校ではどのような「移行教育」をしてきたのだろうか。
以下の図は、リクルート進学総研が全国の高校を対象におこなった「高校の進路指導・キャリア教育に関する調査」について2002年、2008年、2014年の3回分の調査を分析した結果である。分析結果は、高校でおこなわれているキャリア教育活動の内容が年々変化していることを示している。
これを見ると、2002年時点では、主に大学に移行させるための「学習指導」を示す活動が中心におこなわれていた(文理選択ガイダンスやオープンキャンパスなど)。それが2008年になると、「インターンシップ」「職場見学」「職業人インタビュー」など、「働く意識の醸成」を強調する活動への急激なシフトが確認される。2014年には、学ぶこと、働くこと両方の活動が含まれ、さらに大学教授や企業人といった学校外部の関係者が高校のカリキュラムの内部にコミットする活動が確認される。つまり、学校と学校外資源とのハイブリッドによる教育が進められている傾向にある。

キャリア教育で実施されている活動(年別)item_works03_tatsumi03_tatumi1120.jpg※1

学びの主導権は個人へ。ハイブリットをめざそう

教育と労働の問題に詳しい矢野眞和東京工業大学名誉教授は、既存の組み合わせを変えて使いやすいように工夫することがイノベーションの1つの形であるとし、新たな組み合わせによるハイブリッド型の教育を整えていく時期がきているとしている。高校生が「大学での学び」や「働くこと」を高校生活の中で体験するように、社会人が大学で学ぶ時にはこれまでの社会人経験を活かしたコース選択や学び方ができる仕組みにするなど、働くことと学ぶことのハイブリッドを前提とした改革が必要だ。例えば、大学の授業は15コマあるが、15コマのうちいくつかを社会人経験で代替できる科目もあるのではないだろうか。

学習テクノロジーの進化によって学びの主導権は個人へと移ってきている。これまでの教育は、教える側にとって便利で効率的な方法で行われることが多く、個人側の学習をどのように最適化するのかはほとんど考えられてこなかった。しかし、テクノロジーの進化は、個々の学びを最適化してくれる。教師やマネジメントに求められる役割は、学校や職場で経験した学びを個人単位で編み直し、使えるものへと再編することになるだろう。
今起こっている大人の学びの議論をきっかけに、働くことと学ぶことの組み合わせを変え、個人が使いやすいように工夫できる学校改革のイノベーションが求められる。

参考文献
矢野 眞和、リカレント学習の条件、IDE : 現代の高等教育 (604), 4-9, 2018-10

※1)普通科高校において実施された活動の種類と,実施されている年度との関連を検討することを目的として,双対尺度法を実施した。具体的には,まず各年度をサンプルとみなし,進路指導・キャリア教育の活動内容をカテゴリとみなしたクロス集計表を作成した。次に,作成されたクロス集計表における選択数を調査年度に応じた回答学校数で割り,各年の選択率を算出した。算出された選択率をもとに双対尺度法を実施した。調査協力校は、2002年619校、2008年667校、2014年852校。

辰巳哲子

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