「同一価値労働同一賃金」は実現できるのか ~EU指令の均等待遇原則から~ 村田弘美
与党、野党の各マニフェストにも謳われ、労働市場改革専門調査会など以前から各所で均等待遇、均衡待遇などの議論がされていたが、昨年の国会、参議院および衆議院厚生労働委員会の労働者派遣法(※1)改正の議論をきっかけにして、同一労働同一賃金についての検討が加速度を上げている。これに関連する法律、主にはパートタイム労働法第8条と労働契約法では、通常労働者の待遇の相違は、職務内容、人材活用及び運用その他の事情を考慮して不合理であってはならないとしている。またパートタイム労働法第9条においては、通常労働者と比較してパート労働者の待遇について差別的な取扱いをしてはならないとする禁止規定を設けている。政府はガイドラインをつくり、司法判断における根拠規定とする意向のようだ。本質的な議論はこれからだが、EU指令をはじめとした欧州のシステムのような基準を取り入れるとしたときに、どのような点に気を付けたらよいのかを整理してみたいと思う。
同一価値労働の考えは97年前からはじまる
欧州の歴史は古く、1919年ヴェルサイユ条約では「同一価値の労働に対しては男女同額の報酬を受くべき原則」(第13編第2款第427条)からはじまった。
また、1951年にはILO100号条約(日本は1967年批准)において「同一価値の労働に対して男女労働者に同一の報酬に関する条約」を採択。1958年にはILO111号条約「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約」を採択している。
EU対象国では、EU指令(1997 年EUパートタイム労働指令、 1999 年EU有期労働指令、2008 年EU派遣労働指令)において雇用形態に係る「均等待遇原則」をつくり、非正規労働者の処遇改善の観点から、賃金を含むあらゆる労働条件について、雇用形態を理由とする不利益取扱いを禁止するとしている。EU指令は各国に適応、浸透しており、現在は見習い訓練生においても法定福利、社員食堂の利用などの福利厚生の利用や支給、契約社員やパートタイム労働者にも在籍条件に応じて各種手当、ストックオプション、賞与、通勤交通費、退職金など(従業員全員に適用している、もしくは支給要件に合致している場合)通常の労働者と同じような待遇がなされている。
EUの目的は、非正規労働者の待遇改善、学歴や職業資格は、客観的合理性の違いと判断される
欧州の社会システムの前提として、欧州では教育制度や職業資格制度と連動した職業別労働市場が形成されていること、そもそも「正規」「非正規」「フルパート」というような身分格差的な雇用形態の区別はされておらず、「フルタイム」か「パートタイム」なのか、「有期契約」か「無期契約」なのかというシンプルな区分になっている。また、賃金の支払い方(年俸制、月給制、週給制、日給制など)も雇用形態で決めるのではなく職種が主体であること、数年ごとに部署や職種が変わる人事ローテーションがないことなど、そもそも「均等待遇原則(不利益取扱い禁止原則)」が適用しやすい環境にあった。その上で、EUの雇用形態に係る「均等待遇原則」が定められたが、「均等待遇原則」は主に非正規労働者の処遇改善の観点を持っており、賃金や労働条件などについて、雇用形態を理由とする不利益な取扱いを禁止している。加えて非正規労働者を有利に扱うことは許容されている。
日本でもそうだが、欧州でも全く同じ仕事を異なる雇用形態の者が行うことは多くないため、欧州では雇用形態における違いに客観的合理性があれば許容されている。また同じ仕事であっても、人によりその成果には違いが生じてくる。客観的合理性の違いは、学歴、職業資格のランク、勤続年数(熟練度)、査定結果などで判断している。また、正規労働者に上司や同僚や関連部署との連携、後輩の育成、会議への参加など、特有の付加的な業務が与えられている場合についても同様である。このあたりの考え方は均衡待遇的といえるだろう。
日本では、どうして実現が難しいのか
労働基準法第3条(均等待遇)では、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」。労働基準法第4条(男女同一賃金の原則)や男女雇用機会均等法においては、性別による差別が禁止されている。また、労働契約法では「労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結」とされており、個人的見解を述べると、均等待遇については賛成で、それが本来あるべき姿だと考えている。一方で、内部労働市場における複雑なシステムや、外部労働市場との連動性など、日本のいびつな労働市場の現状を考えると、どのように最適化できるのか難易度の高さも感じる。今の日本の現状をみると、ガイドラインにとどまるのではないかと思う。
派遣労働者との「同一」はどうなるのか
ここでは、議論の発端となった派遣労働者のケースを整理する。派遣労働の場合は、派遣元と派遣先との2つの契約があり、主に派遣先企業の同一の職務に就いている従業員との同一条件が基本となる。EU指令同様の考え方では、直傭の従業員と同じ給与、設備、福利厚生施設、社員食堂、保育施設、交通サービスが利用できる。また派遣元である派遣会社による訓練も受けられることになる。
実際の制度では、派遣社員特有の「時給制」の給与制度、保育施設の利用、通勤補助手段などの違いをどう埋めるか。日本では、賃金・賞与だけではなく、諸手当(業績手当、勤務手当、技能手当、家族手当、住宅手当、退職手当など)、慶弔金、企業特有の基金制度、財形制度、法定以外の休暇(夏季休暇、年末年始休暇、慶弔休暇、生理休暇、リフレッシュ休暇など)、ストックオプションといった水面下にある諸制度も多いため、どの対象に何を適用するのか条件の精査をすることも必要である。
また、企業間による給与格差の違いから、派遣社員は派遣先を変えるごとに、同じ職種、仕事内容であっても、派遣先が定めた「給与」が支払われることとなる。外部労働市場の仕組みが変わり、契約社員やアルバイトのようになることが考えられる。直傭の従業員の昇給のシステムと連動され、派遣社員の査定制度の導入や、長時間勤務や企業への拘束など従業員と同じ負荷を要望されることなども考えられる。
本当の「同一」とは何か。また企業は「同一」とするためのコストをどうするのか。
非正規社員の待遇を上げるという好条件だけでなく、従業員の待遇を下げて「同一」に適応することも考えられるため、市場全体でどのような調整が行われるのか、不利益変更についても注視が必要である。たとえば、正規社員1万円、派遣社員0円の通勤手当を、今後は全員「同一」で一律5,000円とする、と改正したときに賛否両論が起こることは大いに想定されるだろう。
(※1)労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律等の一部を改正する法律案(187国会閣3)における審議
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