研究所員の鳥瞰虫瞰泥沼化する人材不足 所長 大久保幸夫

なんとも人材が採用しにくい状況になった。中小企業を経営する友人からも先日、「この1年間求人しているけれども、1人も採れていない」と愚痴を聞いたところだ。私は1980年代の前半から労働市場にかかわる仕事をしてきたが、おそらく今が最も採用しにくい環境なのではないだろうか。

過去最高の求人難

「Works」を創刊した20年前(1995年)、このときが逆に一番採用できるときだったのかもしれない。生産年齢人口(15歳から64歳までの人口)は、この年ピークを迎え、8726万人もいた。バブル崩壊後の採用抑制によって、有効求人倍率は0.63倍、新卒(翌春卒)の求人倍率は1.08倍と落ち込み、求人してもたくさんの応募者が集まり、しかも優秀な人材が採れたときだった。逆に現在の生産年齢人口は7681万人。この後、2020年には7340万人、2030年6773万人、2040年5786万人、そして2050年位は5001万人と止まることなく長期的に減っていく。直近の有効求人倍率は、1.15倍(2014年12月)だ。これは22年ぶりの高水準である。求人倍率は0.7を超えると質的に不足し、1.0を超えると量的に不足すると言われているが、現状はそれを大幅に上回っていることになる。

そしてこれからの採用見通しを調べてみると、新卒採用(2016年卒)、中途採用(2015年度)ともに「増やす」という企業の数が「減らす」という企業の数を大幅に上回り、2014年度よりもさらに人材不足が深刻化することが確実な情勢となっている。昨年も、人材不足ゆえに、募集賃金を上げたり、地域限定社員制度を導入して定着率の向上を図ったり、店舗の営業時間を短縮するなどの対応をする企業が目立ったが、今年はそれをさらに上回る対応が必要になりそうだ。

採用難は後手に回ると泥沼化する。
採用できないと、社員やパートの残業が増えて労働環境が悪化し、それによって退職者が増えて、さらに残業が増える。それが続くとブラック企業の汚名を着せられて、今度は評判が悪化することでさらに人が集まらなくなっていくという悪循環が起こるのである。
単なる景気循環であれば一時をしのぐという道もあるが、生産年齢人口の減少は続き、2020年には東京オリンピックという人材特需もあることから、抜本的な対策を取らない限りやり過ごすことは困難だと思う。

ハイロード・アプローチへの転換

日本ではもうローロード・アプローチ(Low Road Approach)は成り立たないのかもしれない、と思う。ローロード・アプローチとは、競争力の源をローコストに求め、人材育成投資は最小限にとどめ、短期的にもっとも安いコストで雇用できる人を、必要な時に必要なだけ有期雇用で調達してゆく方法だ。採用難になれば、このような経営は成り立たなくなる。反対にハイロード・アプローチ(High Road Approach)というのは、人材育成に必要な投資を行い、育成された人材が生み出す価値を通じて、企業としての競争力を維持・向上させて収益を上げるという経営である。これからはこの選択肢しか成り立たなくなっていくのではないだろうか。
人を採用して、辞めたら次の人を採ればいい、という考えは捨てて、育てて使うという方法にシフトするということである。

しかし言うは易く行うは難しで、現実はそんな簡単にはいかないだろう。事実、現在でも企業の人材育成投資は減り続けており、産業競争力会議や厚生労働省の審議会では課題として認識し、対策を練っている。
昔から日本では人材しか資源がないと言われてきたが、その割には人材育成が計画的に行われてきたとは言い難い。果たして転換はうまくいくのか。2015年は転換が進んだ企業とそうでない企業とに分かれる年になりそうだ。

大久保 幸夫

[関連するコンテンツ]