世界の最新雇用トレンドパンデミック後、好調を維持する派遣事業

202231日から3日にかけて、Staffing Industry AnalystsSIA) 主催のExecutive Forum North America が開催された。今年は3年ぶりに対面式でテキサス州オースティンにて開催されたが、同時にストリーミング配信も行うというハイブリッド型であった。スポンサーは93社、セッション数は41、そして、コンファレンス参加者は14カ国から1,250名とこれまでで最も多かったが、これは、米国では新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが若干落ち着き、経済と雇用の回復が進み、将来の見通しが比較的明るいことを反映していたのだろう。

セッションは基調講演、基調パネルに加えて、同時進行セッション、テーマ毎の座談会などが多数準備されていた。同時進行セッションは「新しい世界のリーダーシップ・トラック」「重要なセグメント&トピック・トラック」「デジタルトランスフォーメーション&テクノロジー・トラック」「人材危機の解決策・トラック」の4つに加えて、「考えを実行に移す」という業界のリーダーによるプレゼンテーションがあり、これらは各時間帯に同時進行で進められた。また、最終日には、「ブレイクスルーと規模拡大」と「スタッフィング業界の女性リーダー」という2つのテーマの「ディープダイブ(議論の掘り下げ)」セッションがあった。

Barry Asin社長によるオープニング講演は非常に明快で、業界の動向がよくわかる内容だった。業界外から招かれたゲストスピーカーの基調講演、「変換をリードする(Dan Heath氏)」と「燃え尽き症候群の後:あなたとあなたのチームが前進するための精神的フィットネススキル(Nataly Kogan氏)」は、いずれもマインドセットを変えることの重要性を訴えるもので、「なるほど」と唸らせるスピーチだった。同時進行セッションは、パネルディスカッション形式で行われ、「考えを実行に移す」枠のプレゼンテーションでは業界のリーダーによるトレンドや最新製品についての詳しい説明を聞くことができ、勉強になるものが多かった。最終日の2つのセッションにはそれぞれオンデマンドで参加したが、「議論の掘り下げ」と謳っているものの、それほど深い議論にはなっておらず、肩透かしを食らった感があった。

本コラムでは、Asin社長のオープニング講演内容からスタッフィング業界のトレンドを中心に紹介する。

Asin社長のオープニング講演より――しっかりとした回復がみえてきた経済と雇用

SIA社長 Barry Asin氏SIA社長 Barry Asin氏

SIAAsin社長によるオープニング講演は、米国経済と雇用の現況、スタッフィング業界の動向とアウトルックを網羅した、非常に中身の濃いもので、毎回楽しみにしている参加者も少なくない。3年ぶりに対面式でのコンファレンスを開催できたという達成感からか、Asin氏の笑顔が印象的であった。

講演のポイントを「好調なスタッフィング市場」「パンデミックが残したもの——大量自主退職と深刻な人材不足」「タレントプラットフォームの台頭とスタッフィング業界内の融合」の3点に絞って紹介する。

好調なスタッフィング市場

全米産業審議会(The Conference Board)の調査では、2022年の実質GDPは3.5%の成長、2023年は2.6%の成長が見込まれており、短期的な経済見通しは悪くない。2021年のスタッフィング市場は1,500億ドルを超える収益を記録している。分野別の収益比率では、特に好調なのが工業分野(34.0%)とIT分野(34.0%)、そしてパンデミック下のトラベル看護師派遣で業績を伸ばした医療分野(24.7%)である(図表1)。Asin氏によると、派遣労働者数は300万人を超え、人材派遣の浸透率は2.1%と記録的に伸びている(U.S. Bureau of Labor Statistics, 2022年1月)。スタッフィング市場にプラットフォーム、SOWコンサルタント、個人事業主らを加えた、2020年のコンティンジェント労働市場全体枠は、世界全体で4兆4,000億ドルの収益となった(図表2)。

図表1 2021年の米国スタッフィング市場の収益(分野別比率%)

図表1 2021年の米国スタッフィング市場の収益(分野別比率%)出所:Staffing Industry Analysts, US staffing industry forecast, September 2021.

図表2 グローバル・コンティンジェント労働市場の収益(2020年、単位:10億ドル)図表2 グローバル・コンティンジェント労働市場の収益(2020年、単位:10億ドル)出所:Staffing Industry Analysts, global staffing forecast 2021 and The Global Gig Economy
SIAが実施した派遣会社動向調査では二桁成長が確認されており、Asin社長は当面、業界の見通しは明るいと断言する。一方、懸念材料も少なくないと注意を喚起した。1つは、昨今大きな問題となっている急激なインフレーションで、これが経済と雇用にどのような影響を与えるかは不透明だという。また、新型コロナウイルス感染症も、新たな変異の発生などによって脅威になり得る。そして、ロシア・ウクライナ情勢を含む地政学的状況が米国のみならず世界の流通、経済、雇用に大きな打撃を与える恐れがあるということも忘れてはならない。

パンデミックが残したもの――大量自主退職と深刻な人材不足

米国ではパンデミックの影響で、2020年前半に一時的に失業率が跳ね上がったが、2022年3月には3.6%とパンデミック前のレベルにまで改善している(図表3)。しかし、2020年3月から2022年3月の2年の間には労働市場と働く人材の働き方や心理に大きな変化があった。1つは皆が “stay home”を強いられるなか、リモートワークが凄まじい勢いで拡大したことである。それは、多くの企業がデジタルトランスフォーメーションを実行したからにほかならない。リモートワークの導入時、企業や働く人材に、ためらいや混乱はあったものの、思っていたよりもうまくいった、と当時を振り返る人がほとんどである。特に仕事のほかに介護や育児の責任を担っている人々にとって、リモートワークは非常に効率的な働き方だった。

図表3 米国の失業率推移(2019年3月~2022年3月)図表3 米国の失業率推移(2019年3月~2022年3月)出所: U.S. Bureau of Labor Statistics, “The Employment Situation March 2022,” News Release April 1, 2022.

ネブラスカ州のハンバーガーショップに掲げられた看板「私たち全員、辞めます」(2021年7月)出所:Barry Asin, “Faster, Better, Stronger: Leadership in a New World,” 2022 Executive Forum North America, March 1, 2022.

リモートワーク経験や、パンデミックによって生じた「働くことに対する意識の変化」は、2021年後半から顕著になった、いわゆる「大量自主退職」につながっているといわれている。2020年2月と2022年2月の自主退職総数と自主退職率を比較すると、前者は344万人(2.3%)、後者は435万人(2.9%)と大きく増えている(U.S. Bureau of Labor Statistics)。これに、ベビーブーマー世代の大量リタイアメントが重なったことで、労働市場は深刻な人材不足の状態に陥り、企業とスタッフィング会社は人材の調達に四苦八苦している。

Asin氏はこのような状況から、スタッフィングの需要は今後さらに高まると予測する。企業は適材適所の人事管理を実現するために、正社員の採用に絞るのではなく、派遣労働者、個人事業主、プラットフォームワーカーを含む多様な就業形態を活用する、トータル・人材マネジメント、あるいはトータル・タレントアクイジションという考え方に移行せざるを得ず、リクルーティングのプロフェッショナルであるスタッフィング会社の利用が広がるという。

タレントプラットフォームの台頭とスタッフィング業界内の融合

UpworkやFiverrをはじめとするタレントプラットフォームの勢いが増したのも、パンデミックの影響によるところが大きい。企業のタレントプラットフォーム利用率をみると、2020年は14%であったが、2021年には22%と増加している(図表4)。Asin氏はその要因はタレントプラットフォームの高い効率性にあると考える。これは伝統的な派遣会社と比較すると特に顕著であり、Upworkが2021年に前年比で73%増の3,500万ドルの収益を得ることができたのも、効率性が抜群に優れていたためである。

図表4 タレントプラットフォームの利用率推移図表4 タレントプラットフォームの利用率推移出所:Staffing Industry Analysts, Workforce Solutions Buyer Survey: 2021 Americas results.
しかし、伝統的な派遣会社も負けてはいない。多くの会社が人材派遣プラットフォームを導入し、人材の獲得と効率的な配置に躍起になっている。特に、医療派遣の分野ではプラットフォーム化が成功を収めている会社が少なくない。その顕著な例では、医療派遣会社大手のAya Healthcareが2020年1月からスタッフィングのためのプラットフォームを開始した。同社の収益は、2019年に6億1,200万ドルだったのが、2020年には14億9,400万ドル、2021年には57億1,300万ドルと飛躍的に伸びている。パンデミック下でトラベル看護師をはじめとする医療従事者の需要が急速に拡大するなか、タイムリーに導入したプラットフォームのおかげで、人材の獲得、マッチング、配置を迅速に実行することができ、大幅な収益アップが可能となった。

Asin氏は派遣会社のプラットフォーム導入の動きは今後も拡大し、スタッフィング市場はセルフサービス型と書類上の雇用主(Employer of Record)型の2つの形態に融合していくと予見している。

TEXT=Keiko Kayla Oka (客員研究員)