労働政策で考える「働く」のこれから「学ぶコスト」は個人が組織から獲得する時代へ

人生100年、「会社からの学び」では足りない

人生100年の時代、学びがますます重要になっている。しかし、「"世界最低水準"の社会人の学び、越えるべき3つの壁」で見たように、社会人の学習機会は限定的で、とりわけ、自己啓発に取り組む個人は27.2%と、OJTの44.3%に比べて少ない※1。政府の調査でも、自己啓発に対し「問題がある」との回答が7割を超え、「仕事が忙しくて学び直しの余裕がない」が約6割、「費用がかかりすぎる」が約3割と、時間とコストがその理由にあげられている※2

労働時間に関しては、近年、働き方改革により、適正化に取り組む企業が増えており、法改正も予定されている。社会人の学びをめぐる残る大きな課題は、学ぶための費用といえるだろう。

学校や仕事における「学びのコスト」は他者負担

我々は就職するまでは学校で、社会に出てからは仕事を通じて学んでいる。学びによって知識や技能を習得しているのは、言うまでもなく、本人だ。

では、これらの学びのコストを負担しているのは誰だろう? 多くの場合、コストを負担しているのは、学んでいる本人ではなく、学校の教育費は保護者、仕事における教育訓練費は企業である。

教育の無償化が政策課題となっていることが示すように、日本では家庭の教育費負担が大きい。大学生の収入の内訳は、家庭が60.6%、奨学金20.3%、アルバイト16.3%、その他2.8%である ※3。バブル経済崩壊後の20年間で、奨学金の利用者が増加し、今や、学部生の半数が奨学金を利用するようになっているものの、教育コストの主な負担者が家庭である構図に変わりはない。

企業における人材教育も同様だ。企業内人材育成は日本的雇用の特徴であり、OJTを中心に、仕事に必要な学びはある程度、提供される。ただし、民間企業における社員1人あたりの教育訓練費は1991年以降、漸減傾向にある(図表1)。

図表1 民間企業における月1人あたり教育訓練費(円)
出所:厚生労働省「就労条件総合調査」

このように、学ぶためのコストの多くは、実は、学ぶ本人以外の他者によって支出されてきた。これからの学びのあり方を探るには、学びの受益者と費用負担者のねじれについて、改めて考える必要がある。

自己啓発とOJTに"トレードオフ"はあるか?

現状、企業から与えられる学びと、自己負担による学びに、トレードオフの関係はあるのだろうか。正社員のOJTと自己啓発の有無を年代別に図表2にまとめた。

図表2 OJTと自己啓発の関係
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2017」

まず、年齢を重ねるにつれ、「OJTあり×自己啓発あり」は40%から23%に、「OJTあり×自己啓発なし」は31%から13%に減少する。逆に、「OJTなし×自己啓発なし」は、年齢を重ねるにつれ増加し、30代で4割近くに達し、60代では半数を超える。全体として、年齢を重ねれば重ねるほど、学びの機会は減少している。

ただし、丁寧にデータを見ると、「OJTなし×自己啓発あり」は、年齢を重ねるにつれ、わずかではあるが、増加していることがわかる。社会人として経験を積むにつれ、自律的に学ぶ人が出てくるのだ。

まとめると、組織から与えられる学びであるOJTと自己啓発には、現状、明確なトレードオフの関係はない。全体的には、年齢を重ねるにつれ、組織から与えられる学びも、自身による学びも減少するという悪循環が起きている。ただし、一部には自律的に学ぶ人がおり、職業人生が長期化していく今後は、そのような学びのスタイルが増えていくことが期待される。

教育訓練費は減少する一方で、企業利益は増加

コスト負担を当事者に求めた瞬間に、学べなくなってしまうのだとすると、人生100年のキャリア形成は大変に難しくなる。学びにかかるコストについて、何らかの手立てが必要となる。個人の学びに対するコスト負担を下げる方法として、ITやAIを活用して学びのコストを下げる、教育訓練給付金の制度の拡充といった方法は当然に有力だろう。本稿では、これらに加えて、学びのコスト負担を、個人ではなく企業に求めること、より正確には、企業の「人材投資」をアップデートすることを、提案したい。

図表1で見たように、1人あたりの教育訓練費は減少傾向にある。ところが、実は、企業の経常利益や内部留保は増加している(図表3)。教育訓練費が減少してきた背景には、企業が人材投資を削減・抑制してきたという面もあるが、環境変化のなかで、企業は人材にどのように投資すればよいのかわからなくなっているという面もあるのではないだろうか。

というのも、企業を取り巻く環境は、テクノロジーの進展やグローバル化によって、不確実性を増し、かつての人材育成は通用しなくなっている※4 。とはいえ、将来起きる変化を先取りした教育訓練を、過去の延長で設計することもできない。予測不能な環境変化により、人材育成の重要性が高まっているものの、具体的な教育プログラムを設計できないというダブルバインドに、企業は今、陥っている可能性がある

図表3 経常利益と利益剰余金(内部保留)の推移
出所:財務省「法人統計調査」

社員が提案し、企業が投資するのが、これからの「学び」

将来に向けて、社員の能力開発を強化したいという企業は多い。だが、新人研修のようなマス型の研修は、高い専門性を追求する社員には通用しない。特に少子高齢化により、社員の年齢が高くなってくると、社員は既に一定の専門性を身に付けており、違う分野のたとえば人事などが、学習コンテンツを設計することは不可能といっていい。

逆にいえば、ビジネスの不確実性が高まり、社員の年齢が高くなっていくなかで、これから必要になるスキルや知識について、最も目利きができるのは社員本人ということになる。具体的には、外部セミナーへの参加、同業他社との勉強会の開催、海外の情報収集など、さまざまなものがあるだろう。これらは決して、社員の利己的な行動ではない。なぜなら将来有用となるだろう知識やスキルの必要性を説明し、費用負担を承認させる過程で、会社にとってのメリットを明確にする必要があるからだ。企業の側も、現場の第一線で、何が求められているのかを知り、事業の針路を考える機会になる。

これからは、社員の側が、会社にとって、自身にとって、有効となる知識やスキル、人的ネットワークを獲得することに、もっと貪欲になるべきだ。企業の側が、経験を積んだ社員ひとりひとりに学びに対するオーナーシップを期待することは、社員のキャリア自律を促すことにもなる。「50代の能力開発、課題は『学ぶ必要』の分配だ」でも述べたように、まず企業が「学ぶ必要」を社員に分配し、その必要性をもとに社員が最適な学びの機会を企業に提案する。企業はその学びにかかるコストを投資しながら、環境変化への備えを獲得する。これは、経験を積んだ一人前の社員だからこそできる、学びのカタチだ。

企業が求める能力習得を企業が提供するOJTと、自己負担で学ぶ自己啓発とに、学びを二分するやり方は、もう古い。職業人生が長期化し、環境の不確実性が高まるこれからは、企業は社員が職業能力を高めようとするインセンティブを提供し、社員は職業能力を高めていくための投資を会社から引き出す、そんな「第3の学びスタイル」が効果的になっていくだろう。

政策的にも、企業の人材育成投資に対する税制優遇や社員提案の学びから新たな事業を生んだ事例の紹介などを通じて、このような学びのカタチを後押ししていくことが期待される。

※1 リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2017」
※2 正社員の場合。正社員以外の場合は「家事・育児が忙しくて学び直しの余裕がない」も多い(首相官邸「人生100年時代構想会議」中間報告参考資料)
※3  日本学生支援機構「平成26年度学生生活調査」
※4  労働政策で考える「働く」のこれから『キャリア自律も、ダイバーシティも、個人と組織の「対話」から始まる』等

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中村天江(文責)
大嶋寧子
古屋星斗

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次回連載 テーマ:「D&I(外国人)」 2018年7月 公開