全国就業実態パネル調査「日本の働き方を考える」2022非正規雇用者の賃金が低いのは世界共通なのか? ―国際比較からみた日本 小前和智

日本では、非正規雇用の特徴として賃金の低さが挙げられる。国際的にも、そのような傾向はみられるのだろうか。

1では欧州諸国と日本の比較を行った。人口規模や経済規模なども考慮して、それらの規模が比較的大きな国と比較した。国際比較するにあたっては、労働時間の多寡と雇用契約期間の有無によって分類する。これは、雇用者を「正社員」と「正社員以外」といった分け方で区分する国は稀だからだ(注1)。

グラフの左側では、無期雇用者に対する有期雇用者の時間あたり賃金の比率を示した。欧州諸国も国によってばらつきがあるが、欧州諸国では79割に対して日本は6割程度である。日本の有期雇用者は無期雇用者に比べて相対的に時間あたり賃金が低い。

次にグラフの右側、一般労働者(フルタイムで働く雇用者)に対する短時間労働者の時間あたり賃金の比率をみると、概ね79割程度である。それに比べ、日本は6割に満たず、日本の短時間労働者の時間あたり賃金は欧州諸国と比較して低いことがわかる。

図1:2010年代における雇用形態間の賃金比率の国際比較図1 2010年代における雇用形態間の賃金比率の国際比較

出所:Eurostat Structure of Earnings Survey(2010、2014、2018)、賃金構造基本統計調査(2010、2014、2018)、毎月勤労統計調査(2014、2018)
注1:欧州諸国、日本ともに2010年、2014年、2018年の値の平均(毎月勤労統計調査は2014年、2018年のみ)
注2:対象者は、eurostat 10人以上の雇用者を有する企業;賃金構造基本統計調査 10人以上の常用労働者を雇用する事業所;毎月勤労統計調査 常時5人以上を雇用する事業所

日本で非正規雇用といえば、短時間勤務や有期雇用が思い浮かぶ。そのどちらにおいても、国際比較上、時間あたり賃金は低い。しかしながら、単に短時間勤務であったり、有期雇用であるだけでそれほどまでに賃金に差が生じるのか、もう少し分析してみよう。

2では回帰分析を用いて、時間あたり賃金に影響を与える要素ごとに、その影響の大きさを推定した。無期雇用であっても有期雇用に対して男性で7.3%、女性で10.7%賃金が高くなるにとどまる。図1の日本で35.2%=100-64.8)の差が観察されたことからすると、ずいぶんと小さい。

労働時間に至っては、労働時間が長くなるほど時間あたり賃金は低くなるとの結果が出ている。これも図1の国際比較の結果(短時間労働者よりも一般労働者のほうが時間あたり賃金が高かった)とは、ずいぶんと様相が異なる。では、何が大きく影響しているのか。

その答えは、日本固有の正規・非正規という区分にある。正社員は非正社員と比べて、男性で79.5%、女性で62.1%も賃金が高くなっている(注2)。日本で短時間労働者や有期雇用者の時間あたり賃金が低いのは、これらの形態で働く雇用者の多くが非正社員であることによる。

図2 時間あたり賃金に影響を及ぼす要素図2 時間あたり賃金に影響を及ぼす要素

出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)2016~2022」 
注:図中の数値は、時間あたり賃金を被説明変数、呼称正社員ダミー変数、無期雇用ダミー変数、週労働時間の対数値を説明変数とし、年齢(5歳階級)、学歴、産業大分類、職業大分類、企業規模、都道府県、観測年を制御したOLSにより算出された限界効果から算出。

正社員と非正社員とでは、単に区分が異なるだけでなく、その多くで仕事の内容が異なっている。実は、図1の欧州諸国との比較において日本が相対的に低かったのは、区分による仕事内容の差異が大きいことの結果と捉えることができる。

慢性的な人手不足が叫ばれる現在だからこそ、任せられる仕事の内容が本当に正社員に限定されるのか、あるいは仕事の内容が近いにもかかわらず時間あたり賃金の差が大きすぎないかといった点検が、企業には求められるだろう。そうした点検が、企業内部での人材活用の効率化につながり、ひいては採用活動の円滑化にもつながるかもしれない。

注1:たとえば、アメリカは正規・非正規雇用というよりも、「一時的かつ条件付きの雇用」(Contingent worker)が論じられており、日本や欧州の文脈とはかなり異なる。また、即時解雇が可能な国なので、不当な差別による解雇でなければ、いつ解雇されても法的な問題は発生しない。本稿で比較する欧州(の大陸)諸国では、非正規雇用の問題は有期雇用の不安定さの問題として取り上げられる。

注2:正規・非正規の区分(学術的には「呼称」と呼ばれる)が賃金差を説明する有力な要素になっていることを学術的に論じているものとして、神林(2017)、川口(2017)、小前・玄田(2020)などがある。

参考文献
川口大司(2017)「社会の課題に労働経済学はどのように応えるのか?」川口大司編『日本の労働市場─経済学者の視点』終章、有斐閣.
神林龍(2017)『正規の世界・非正規の世界現代日本労働経済学の基本問題』慶應義塾大学出版会.
小前和智・玄田有史(2020)「期間・時間・呼称から考える多様な雇用形態─無期短時間正社員の可能性」日本労働研究雑誌、No.716pp159-175.

小前和智(研究員・アナリスト)
・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、
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