フランスの「働く」を考えるフランスで「有給休暇取り放題」は浸透するのか

先進国で唯一法定有給休暇がない米国で、ネットフリックスやリンクトインなどの有名企業が発端となった「有給休暇取り放題」制度の需要が高まっている。優秀な人材の引き寄せや定着率の向上にも貢献しているようだが、米国の影響を受けたからなのか、フランスでも「有給休暇取り放題」制度を導入する企業が増えている。現在300社超あり、制度に関する議論も非常に活発化している。しかし、議論は必ずしも肯定的なものだけではなく、根強い反対派もいる。

フランスでは25日間の有給休暇が法律で保障されており、雇用主は従業員に期限内に有給休暇を取得させる義務がある。法定の有給休暇の他に11日の祝日を合わせると、年間36日(※1)の休暇があり、EU圏でトップクラスとなる(※2)。このように恵まれた有給休暇制度がすでに存在するフランスでも「有給休暇取り放題」を導入する意味はあるのだろうか。それはどのような効果を生むのか。導入時の注意点や法律枠組みに関する問題点等、実際に制度を導入した企業の取り組みから、それらを検証してみたい。 

「有給休暇取り放題」の浸透を阻む2つのセオリー

保険サービスのルコは2021年4月から1年間のトライアル期間を設け、期間終了後に「有給休暇取り放題」導入を決定した。トライアル期間は研修生などを除いた全社員を対象に実行された。ルコは「有給休暇取り放題」にまつわる2つの障壁を「仮説」として注目しつつトライアル期間を実行した。1つ目の仮説(以下、仮説1)は「有給休暇取り放題を導入すると、休暇取得率は一般の平均以下になる」というもの、2つ目(以下、仮説2)は、「制度導入が従業員へのプレッシャーを増やし、社内の緊張感を高める」というものである。

仮説1に関しては、2017年に実施されたNamelyによる調査(※3)において、「有給休暇取り放題」を導入すると、「実際の有給休暇取得日数は導入前に比べて減少する」ということが明らかになっている。プレゼンティズムが残る企業文化では、忙しく働く同僚たちを傍目に有給休暇を取得する罪悪感が生まれる。また、成果主義の基準が曖昧な企業では、ノルマ達成が「有給休暇取り放題」の条件になることが多く、取り放題どころか、法定休暇でさえも取得できない状況に陥ることもある。仮説2は、従業員の制度に対する理解が統一されていない場合に起こることが多い。例えば、責任感が強く同僚に迷惑をかけてまで有給休暇を取ろうとはしない従業員と、そうでない従業員の間で生じる軋轢などがそれである。 

ルコでは、1年間のトライアル期間終了時に全社員252人を対象にアンケート調査を行った。その結果、仮説1については「従業員の平均有給休暇取得日数は年間37日」と、フランスの平均である33日と比較して4日多く、また、男女比では女性が男性より2.9日多く有給休暇を取得しているという結果が出た。なお、テレワークを行う従業員は、テレワークを行わない従業員よりも有給休暇の取得率は8%少ない。

仮説2は、75%が「同僚との関係が悪化したとは感じていない」と回答した。80%が「生産性と専門的能力開発にプラスの影響がある」と回答した。また、新入社員の59%は「『有給休暇取り放題』制度がルコに就職するという選択に影響を与えた」と回答しており、ルコでは、優秀な人材を引きつけるだけでなく、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上に繋げることにも成功したようだ。

質問:「有給休暇取り放題」は生産性とQOL向上に決定的な影響はあったか出所:ルコのアンケート調査結果から

なお、「有給休暇取り放題」制度導入後に断念した事例では、デジタル系スタートアップのイエス・ウィ・デヴがある。「有給休暇取り放題」制度は優秀な人材を引きつけるためには有利であったが、制度を聞きつけて入社した新人が入社後すぐに3カ月の休暇を取得したことを発端に、設立当時から働く従業員の不満が蓄積し、彼らのエンゲージメントが低下し、結果職場環境が悪化してしまった。「プロジェクトを途中で投げ捨てて休暇に出ることは許されない」とする意見と、「制度は誰でも何時でも利用できるという平等のルールがある限り利用しない方が悪い」という意見は真っ向から対立する。スタートアップのように変革に柔軟な企業文化であっても、こうした感覚のギャップが原因でうまく機能しないことも多く、従業員同士の制度に対するコンセンサスは非常に重要である。

プレゼンティズムからの完全脱却を目指す

会計システム開発のアニコップでは、2021年1月から「有給休暇取り放題」制度を導入している。創業者でCEOのニコラ・ペロー氏は制度の導入に先立って、上司・部下という概念を完全に撤廃し、全従業員31人のステータスをフラット化するところからプロジェクトを始動させた。そして、従業員にさらなる自主性を持たせるために、出勤・退社時間を撤廃した。テレワーク日数を含め、週に何日、何時間働くかの判断は従業員に全てを委ねる形となった。こうして組織が柔軟性を持ち、従業員の完全な独立性を尊重する経営方法を取ると、休暇に関しても完全なる自由を求めることになる。「有給休暇取り放題」のアイディアは、改革を推進する上で必然的に浮上した。

アニコップでは制度の導入を検討した際、コンセンサスを得るために社内で何度も話し合いの場が持たれた。それは各従業員の考えや感覚を把握し共有するためである。導入が決定されると準備・トライアル期間を設け、専門のコーチも介入させた。労働弁護士からアドバイスも多く受け、法律上の問題点をあらかじめクリアにした。社内コンセンサスを得た後は全従業員で「憲章」を作成し、皆がそれに署名した。「憲章」の具体的な内容は、「休暇を依頼する時はプロジェクトに影響が出ない時期を選択し、2 週間前までに通知する」などである。

フランスで「有給休暇取り放題」を導入している企業は、取得の最低基準を法定休暇5週間とし、それ以上の有給休暇を取得させることを目的にしている点を忘れてはならない。「有給休暇取り放題」のパイオニアであるインディード・フランスも、プレゼンティズムからの完全脱却を目指し「有給取り放題」を導入した際には、マネジャークラスが率先して法定有給以上の日数を取るようにしたことで制度のスムーズな定着が可能となった。
また、労働心理学者のセバスチャン・オフ氏は、制度を悪用する従業員について、「全体の約3% のみであり、この3%は次第に自ら退職していくことが多いので、企業への長期的なインパクトはない」と断言する。

従業員の完全なる独立とは、裏を返せば、従業員自身が最後まで仕事に対する責任を負うということであり、これを、雇用主が責任を転嫁していると指摘する声もある。コロナ禍が長期化し企業は縮小を余儀なくされているなか、従業員のノルマやタスクは増えるばかりで暗黙のプレッシャーがかかっている。例えば、現実的でないノルマを突きつけられ、労働時間内に全てのタスクを完了する十分な時間が取れない場合、有給休暇中に仕事をしたり、最悪の場合、法定有給さえも取得できない場合もある。

アニコップのペロー氏は斬新な人事制度を次々と成功に導いている秘訣として、「これまでの価値観を頭ごなしに否定するのではなく、新しい習慣を受け入れるために必要な段階を着実に踏むことで、失敗するリスクを軽減させることができる」と語っている。「有給休暇取り放題」制度には利点も多いが、その効果を最大限に発揮させるためには、下記のような条件をクリアにする必要がある。

  • 制度が企業文化に反していない
  • フラット型組織への移行の心構えがある
  • 成果主義が機能している
  • 社内コンセンサスを得られている

現時点では「有給休暇取り放題」に関する法的規則はなく、企業レベルで合意が結ばれているのみである。テレワークが浸透した今、成果主義を受け入れる体制が確立しつつあり、労働時間は従業員が独立性を持って、個人の裁量で管理するようになった。今回のリサーチでは、こうした傾向の延長線上に「有給休暇取り放題」があり、決して極論ではなく、現在の柔軟性を欠くフランスの雇用市場にインパクトを与える可能性は大きいということが理解できた。今後、組織はますますフラット化し、働き方はさらに多様化し、「有給休暇取り放題」など自由度の高い就業環境がますます受け入れられていくだろう。

(※1)https://www.leprogres.fr/magazine-lifestyle/2022/08/13/vacances-et-conges-payes-les-francais-sont-ils-champions-du-monde
(※2)RTT(La Réduction du Temps de Travail : 労働時間短縮)と呼ばれる代休システムを利用してさらに数週間増える場合もある
(※3)https://blog.namely.com/unlimited-vacation-policy

TEXT=田中美紀(客員研究員)