フランスの「働く」を考える接続を切る権利

法制化から5年を経た現在のフランスの状況

リモートワークの「副作用」

新型コロナ危機を発端に世界中でリモートワークが急速に普及した。⼀⾒、労働者の自由度が増したようにみえるが、いつまでも働ける環境がオンとオフの切り替えを難しくし、過重労働のリスクが指摘されている。また、勤務時間外の緊急メールなどに対応しなければ仕事を「サボっている」ととらえられることもあり、利点ばかりではない。こうしたリモートワークの副作用の処方薬として、世界各国で話題になっているのが「接続を切る権利(The Right to Disconnect)」である。労働者が、休日・勤務時間外に、仕事に関わるメールや電話対応を拒否できる権利を指す。

フランスでは、世界に先駆けて2017年に「接続を切る権利」が法制化されていることから、「接続を切る権利」はフランスの専売特許とも言われている。議論は、2000年に入り「仕事が私生活を脅かしてはならない」という観点からスタートしている。旧フランス・テレコムやルノーで過重労働を苦にした従業員の自殺が多発した背景と重なり、社会の議論が一気に加熱した時期である。

2010年に入ると労働政策の議論は「プライベートの侵害」に加えて「労働における苦痛」への対応が重要なポイントとなった。フランスにおける「接続を切る権利」は、こうした流れに沿う形で発案され、2016年7月21日に改正労働法「労働・労使間対話の近代化・職業保障に関する法律(通称エル・コムリ法)」が成立し、2017年1月1日から労働者が勤務時間外や休日に、仕事のメールや電話などへの対応を拒否できる権利を保障する法律を施行した。

「権利」であって「義務」ではない

法制化と聞くと義務化を想像するが、フランスの「接続を切る権利」は法的拘束力を持たない。現代の企業は1つとして同じ企業はなく、セクター、業種、企業文化、デジタル化など、それぞれの企業が必要とするレベルで「接続を切る権利」が導入されるべきである、という考えだからだ。国として労働者の「接続を切る権利」を法律で保障する指針ではあるが、罰金のような強制力はない。都度、労使交渉を行い、各企業が必要とするレベルでの導入が勧められている。

労働組合が存在しない場合は、雇用主が憲章(行動計画のようなもの)を策定する。その場合は従業員代表を通じて、従業員の意見を取り入れる必要がある。なお、労使交渉を経て取り決められた企業合意は、官報に掲載され、企業のホームページなどでも公表されることから、公的な役割を持つことにも注目したい。そのため、取引先などに対しても企業のスタンスを表明しやすい。さらに、フランスの労働監督官は、労働法のみならず、企業合意も適切に運用されているかを監督する権限も持ち合わせているため、必然的に実効性が高くなる。

しかし、具体的な罰則がないという柔軟さは、裏を返すと「接続を切る権利」について企業合意を結ばない企業を罰することはできないということでもある。従って、労働者が「接続を切る権利」を、実効性のあるものにすることが重要である。例えば、従業員は過重労働を理由に勤務先を訴えることができるが、企業側が「接続を切る権利」をはじめとするデジタルツール利用の規制を目的とした予防方針を確立していなかった場合、その企業が裁判官に与える印象は極めて悪く、判決の行方は自明である。「接続を切る権利」について言及しておくことは、企業を訴訟の可能性から遠ざける予防対策とも言える。

「接続を切る権利」導入の理想と現実

「接続を切る権利」が一般的に普及しているフランスでも、権利導入の理想と現実にはまだギャップがあるようだ。2021年5月の昇天祭(Ascension)休暇時期に、LinkedInとブイグ・テレコムが共同で行った、フランス人の休暇中の労働状況についての調査によると、アンケートに回答した人の51%が「休暇中も仕事のメールをチェックするために、接続を切ることができなかった」としている。また、2017年にEleasが実施し、Statistaが発表した調査によると、マネジャークラスになると「勤務時間外に仕事に対応した経験」は80%と高い。

多様な「接続を切る権利」の導入において、最も複雑なケースは、「接続を切る権利」を理解していながらも、従業員自らが権利を放棄しているパターンだ。特に、パンデミックでオフィス勤務からテレワークに切り替わって以降、プレゼンスを主張するために、ハイパーコネクション(過度な接続)状態を続けている従業員は多い。LinkedInとブイグ・テレコムが共同で行った調査によると、管理職が自身の会社で実際にどのように「接続を切る権利」が実施されているかを匿名で回答している。以下はその2つの例である。

〈例1〉
「テレワークが強制的に導入されて以降、天文学的な量の仕事をこなさなければならなくなり、24時間仕事をしている気分です。
『接続を切る権利』については、会社として具体的な対策方法は提示されず、個人的なイニシアチブに任せるというスタンスです。しかし、皮肉なことに『接続を切る権利』が告知されてから特に、同僚との間で誰が一番長く接続(=仕事)しているかを競うような『接続ゲーム』が存在しています。誰が最初にバーンアウトで倒れるかを競うようなものです。こんな馬鹿げた行動も全て、他の同僚よりも評価されたい、より多くのボーナスが欲しい、そうした理由からです。妥当なテレワークの評価方法が存在するなら、こんなことはやめたいと思っています」

〈例2〉
「『接続を切る権利』について具体的に話題になったことはありません。会社全体に表明されているグッドプラクティスの憲章で見かけたことがありますが、それは社内のコミュニケーション用であって、具体的な対策は導入されていません。人事が自分たちは従業員にとって良い行いをしているという気分になるためだけの見せかけのようなものです。同僚の多くは引き続き週に最低2日はテレワークを行っています。ハイパーコネクションを通して熱心な態度をマネジャーに見せることが、評価される唯一の手段になっています。パンデミック以前は、顔を合わせてコーヒーを飲みながら仕事に対する熱心な姿勢を見せることが年に一度の面談時に評価され、昇進に繋がっていたことは明らかでした。もし、会社が勤務時間外にサーバーをストップするなどの抜本的な方法を導入したら、明らかに状況は変わるでしょう」

2021年にQualtricsがグーグルの依頼で実施した仕事用の携帯電話の使用頻度についての調査によると、従業員の62%が「仕事をしていない時も頻繁に、または非常に頻繁に会社の電話を使用している」としており、34%は「自宅にいる時も仕事の通知を確認するのをやめるのは難しい」と感じている。また、従業員の半数が「目覚めてすぐに仕事用に使う携帯電話をオン」にし、40%が「勤務時間外にも仕事で使用する携帯電話を使い続けている」。携帯電話をプライベート用と仕事用で分けない従業員も68%と多い。現代人を、全ての情報を得なければ不安に思う「FOMO(Fear of Missing Out)症候群」であると表現する専門家もいる。

「接続を切る権利」を理想郷の幻に終わらせないためには、どのような対応が必要なのだろうか。次回のコラムでは、導入に取り組むフランス企業の努力や具体的な事例を紹介したい。

TEXT=田中美紀(客員研究員)