“ありのまま”と“何者”のはざまで。若者キャリア論2020「小さな挑戦」で社会を動かす。ONE JAPAN 濱松誠さんと語る新時代のマインド・シフト

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参加企業50社以上、大企業の若手中堅有志社員の実践コミュニティ「ONE JAPAN」。共同発起人の濱松誠氏(写真左)は、パナソニックの社内交流・組織活性化を促す団体「One Panasonic」を立ち上げた本人でもある。

たった一人、企業内で始めた活動は部署の垣根を越え、やがて会社の垣根を越えて2000人が集うコミュニティへと成長。小さな「行動」の積み重ねが、大きな「挑戦」へと繋がっていく──。彼の活動は、そんな事実を証明したと言えるだろう。

濱松氏は、2018年にパナソニックを退職。現在、新たな挑戦に乗り出す準備に取り組んでいるという。大企業に新たな風を吹き込んだ彼が、次に描く未来とは?
「行動」に注目して若者キャリアを研究するリクルートワークス研究所・古屋星斗(写真右)と、これからの人材育成や“働くこと”の変化について語り尽くす。

コロナ禍に、若者はどう動いたか

古屋新型コロナウイルスの流行により、若手社会人が大きな影響を受けています。リクルートワークス研究所が2020年4月に実施した調査では、「40代や50代の社員と比べて20~30代のほうが、職場内のコミュニケーションや社外の活動について、何らかの変化を起こしている」ということがわかりました(データ参考)。
ONE JAPANには、多くの若手社員が所属していますが、コロナ禍をどう受け止めていますか。

濱松確かに「若い世代のほうがコロナの影響を受けている」というのは、感覚的に理解できます。そして、若い世代ほど環境の変化を悲観せず、自ら新しいスタンダードをつくっている、とも感じます。年齢で括るのは本意ではないですが、変化への適応が早い。
ONE JAPANでも「こんな時代だからこそ頑張ろうよ」と、新入社員と若手メンバーが中心となって「80社合同リモート新卒歓迎会」を企画しました。150名以上の新卒と、50名の先輩社員、総勢200名超が参加していて、エネルギッシュな空間でしたよ。アンケートで取った満足度もすごく高かったです。

画像1.jpg(「80社合同リモート新卒歓迎会」の様子)

古屋新入社員のタイミングから、自社とは別にONE JAPANのような「サードプレイス」に所属できるのは魅力的ですね。企業を超えた「ヨコ」の繋がりの貴重さを感じます。

濱松大きな会社にいると、どうしても「タテ」の関係ばかりを意識してしまいますからね。でも、本来は社外に「ヨコ」の繋がりや、別の会社に勤める5歳くらい上の「ナナメ」の先輩とネットワークを持っていてもいいはず。
実際に、新卒歓迎会を企画したのは2020年入社の社員たちですが、メンターを務めたのは入社7年目や10年目の「ナナメ」の先輩なんです。

古屋新入社員が自ら歓迎会を企画しているのも驚きですが、その挑戦を支えるメンターの存在も素敵ですね。

濱松そうなんです。先輩社員は「指示役」ではなく、あくまで「メンター」として若手メンバーの自発的な取り組みをサポートしています。

写真2.jpg(濱松 誠さん / ONE JAPAN 共同発起人・共同代表)

ONE JAPANは、年次に関係なく新たなことに挑戦し、共創するための場所。なので、若手にはどんどん手を挙げてほしいですし、ここで得た経験を自分の会社でも活かしてもらえたら、これほど嬉しいことはないですね。

一人の小さなアクションが起こしたもの

古屋若手社員が自ら手を挙げて、プロジェクトを動かす。そんな風土のもと、ONE JAPANはチャレンジを続けてきたんですね。2016年の設立から、現在までをどのように振り返りますか。

濱松ONE JAPANの発足から約4年が経ちますが、そもそもの始まりは僕がパナソニックで始めた有志団体「One Panasonic」に遡ります。
せっかく大きな会社にいるのだから、社内の多様な人と交流して、組織内の繋がりを増やしたい。そんな経緯で、2012年にスモールスタートを切りました。はじめは、若手社員を中心にアイデアを持ち寄るイベントを開いたり、先輩たちとの交流会を企画したりしていました。
すると、この考えに共感した他社の同世代が、各々の勤める会社でも有志団体をつくってくれたんです。そして一社、また一社と賛同してくれて、50社以上が手を取り合うONE JAPANへと成長しました。そう考えると、長い道のりながらあっという間でしたね。

古屋とはいえ、大きくなるまでに困難もあったかと思います。

濱松もちろん、批判を受けることもありました。活動の趣旨がきちんと理解されずに、行き違ってしまうこともしばしば。「本業に専念しろ」なんて、真っ向から否定されたりもして(苦笑)。

古屋絶対に出てくる批判ですよね(笑)。そんな否定的な意見も吸収しながら大きくなっていった。

濱松そうですね。活動を続けるうちに賛同者も増えますし、何より自分たちが何のために活動をしているのか、輪郭がはっきりとする瞬間がある。

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特にOne Panasonicを通して、大げさかもしれませんが、一つの「国」が動いたように感じました。パナソニックには約30万人の社員がいますが、できるだけ多くの人に直接語りかけ、対話を繰り返すうちに、少しずつ会社全体が温まっていく。そんな感覚を覚えました。

古屋なるほど、パナソニックを一つの「国」と捉えたわけですね。

濱松はい、そこから視界が一気にひらけた気がします。成果を一つひとつ受け止め、内省と対話を繰り返すうちに、僕らのミッションも明確になっていきましたね。

「行動」は特別なことなのか

濱松ただ、こうしてメディアで話したり、イベントに登壇したりすると、周りからは「濱松さんのような、特別な人しか活動できないんでしょ」なんて言われることもあります。
そこで強調して言いたいのですが、まず僕はいわゆる「優秀」な「エリート」ではありません。そして「僕を含め、ONE JAPANだから特別」ではない、ということ。まして精鋭でもなくて、ただ「小さな一歩を踏み出せたかどうか」。それだけの違いだと思っています。

古屋まさしく、私も研究を通して同じことを提唱しています。

写真4.jpg(古屋 星斗 /リクルートワークス研究所 研究員)

「スモールステップ」と呼んでいるのですが、最初から「大きな行動」を起こす必要は全くないんです。飲み会の幹事をやってみるとか、友達と勉強会を開いてみるとか、SNSでやりたいことをつぶやくだけでもいい。本当に小さなステップが重要なんです。その積み重ねが、いずれ大きな挑戦へと繋がる循環をつくっていきます(※)。

濱松その通りですね。実際、ONE JAPANに参加する人や僕の講演会に来てくれる人は必ずしも、「エネルギッシュで行動力あふれる人」ばかりではないんです。小さな行動を起こしてみたい、少し勇気を出してみたい、そんな人たちがたくさん来てくれています。

古屋素敵ですね。個人的には行動する人が増えてほしい一方で、今後、行動する人とそうでない人の差がどんどん開いていくのではと懸念しています。副業・兼業や社外活動だけを考えても10年前と比較して、その差は歴然。これが10年後にどうなるかというと想像もつきません。濱松さんはどうお考えですか。

濱松差が開くのは、ある程度仕方がないと思います。だからこそ「本当に小さな一歩でいいから、まずは動いてみようよ」と、少しでも多くの人に語りかける。それが、僕の役割だと思うんです。
具体的な話をすると、例えば「新規事業をつくる」って大それた話だと思うじゃないですか。「事業計画なんてつくったことないよ」って、はじめは誰しもが思うでしょう。でもアントレプレナーや社内起業家の方が言うには、「本当に大事でやるべきことは、課題とソリューションの仮説を顧客にヒアリングすること」に尽きるらしいんですね。

古屋難しく考え込む前に、まずは「コトに向かう」と。確かに、新しいことを始めるときには、あれやこれやとデータを集めて、頭の中で網羅的に組み立てたくなるものです。

濱松そうなんです。考えることは大事。でも、本当に大切なのはまず手足を動かすこと。新規事業をいきなりつくるのではなく、まずは目の前の相手が何に困っているのか聞いてみる。その一歩が踏み出せるかどうかで、十分未来が変わります。
この事実を多くの人に広めて、背中を押してあげたい。そんな想いが強くあります。

古屋そうですよね。最近、「“評論脳”から“行動脳”へ」と呼んでいます。大きな組織にいると、論点の網羅やロジックの整理を重視してしまいがちですが、こうした「評論家のような考え方」で始められることって実は多くない。実際に何かを始めた人って、そういう思考回路ではなく、まず手足を動かしているんですよね。一人ひとりが、「今この瞬間、自分に何ができるのか」を考えることからしか変化はないと思っています。

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(②ページへ続く:小さな「火種」を配りたい)

小さな「火種」を配りたい

古屋濱松さんがこれから挑戦しようとしていることと、今の話はリンクしますか。

濱松まさにそうなんです。僕はOne PanasonicやONE JAPANを設立してから、誰もが挑戦できる土壌や文化を創るために、ずっと走りつづけてきました。
ただ、一連の活動を通して見えてきたのは、大企業の若手に限らず、例えば地方の中小企業の方やフリーランスの方、あとは学生の皆さんも、何らかの行動の「きっかけ」や「繋がり」を求めている、という事実です。

古屋ONE JAPANの持つコミュニティ機能を、さまざまな人が求めている、ということですね。

濱松はい。これまで大企業というごく限られた場所で、人々が持つ決意が重なり、挑戦へと変化していく様子を見てきました。まるで「小さな火」が「大きな温かい炎」へと変わっていくようだと、そう感じたんですね。
だからこそ、次は小さな「火種」をたくさんの人に配りたい。大都市に限らず、地方も含めて日本中に広めていきたいんです。さらに年齢や所属、セクターで区切らず、学生からシニアまでいろいろな人を巻き込めたら、もっと面白いんじゃないかって。
幸い、今はオンラインツールが充実していますし、距離的な制約もない。「今がチャンスだ!」と思って、あえて企業に所属せずに、活動に力を注ぐ決意をしました。

古屋面白いですね!小さな「火種」を挑戦する人に配る。そしてじっくりと「弱火」で日本を温めていく、そんなイメージですか。

濱松その通りです。もちろん簡単なことではありませんが、今までの経験を活かしてチャレンジしたいと思っています。
オンラインサロンを開いたり、イベントを開催したり、学校をつくったり、まちをつくったりなど、画策中です。まずは、一人ひとりの挑戦=灯火が10人、100人と広がり、いずれは数百、数千、数万……と挑戦の総量が増えていく。そんなコミュニティをつくりたいですね。

自分が、日本を「面白く」する

古屋濱松さんの挑戦、非常にワクワクします。最後に、今回のチャレンジの根底にある想いについて、ぜひお聞きしたいです。

濱松ちょっとパーソナルな話になりますが、妻との出会いが大きな転機でした。僕は今37歳で、一つ下の彼女と出会ったのは4年前。彼女は24歳のときに乳がんになり、生死をさまよった過去がありました。今は病が落ち着いているので、自分と同じようにがんで悩む患者や、その家族を支援するマギーズ東京という認定NPO法人を運営しています。

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彼女と共に過ごすうちに、僕自身の死生観も大きく変わったんです。今まで以上に、限られた人生で何を成し遂げたいのか、どんな人生を過ごしたいのか本気で考えるようになりました。

古屋後悔しない人生を送りたい── 。頭の片隅にはありながらも、きっかけがなくては日常で意識するのがなかなか難しいかもしれません。
ただ、奇しくもコロナにより、これからの人生を意識する人が増えたようにも感じます。そして語弊を恐れずに言えば「後悔ない人生を送りたい人」にとって、この節目は「変化やチャレンジにあふれる新天地」への転換点になっていると考えています。

濱松「新天地」ですか。

古屋はい。この数十年を振り返っても、今ほど「何が起こるかわからない」と、社会全体が変化に対して敏感になった瞬間はないですし、変わることに寛容になったこともありません。働き方の変化は言うに及ばず、大企業でも副業社員を募集する会社も多数出てきています。
さらに、通勤時間や会議時間が減り、可処分時間も増えつつある。リクルートワークス研究所の調査では一日平均1時間36分も労働時間が減少しました。これにより、仕事外の自分の時間を何に使うか、人生で何を成し遂げたいか、そういうことに向き合う時間が捻出できるようになった。

濱松確かにそうかもしれませんね。今は、社会全体で大きくパラダイムが変わる瞬間。だからこそ、一人ひとりの行動が未来を照らしていくのだと思います。

古屋もちろん予断を許さない状況ではありますが、私はこの節目をポジティブに捉えています。そして、こんなタイミングだからこそ、濱松さんのメッセージが多くの人に届くといいなと思います。一人ひとりの小さな「行動」が、大きな変革のきっかけになりますから。

濱松確かに。そう考えると、とてもワクワクしますね。その最初の一歩を照らす「灯火」の数を増やすために僕は活動を続けていきますし、ゆくゆくは日本全体を温める大きな「火」を燃え上がらせていきたいです。
そのために、自分の限られた時間を使いたいと思っていますし、そうやって挑戦する人が増えたらきっと日本は面白くなる、そう確信しています。

写真8.jpg濱松 誠 / ONE JAPAN共同発起人・共同代表
1982年京都府生まれ。2006年パナソニックに入社。北米向け薄型テレビのマーケティング、インドの事業推進に従事。2012年に組織活性化を狙いとした有志の会「One Panasonic」を立ち上げる。その後、パナソニックグループの採用戦略や人材・組織開発領域に取り組む傍ら、2016年に企業の同じ課題意識を持つ同世代と共に「ONE JAPAN」を設立。2018年にパナソニックを退職し、夫婦で約1年間の世界一周の旅を経て現在は大企業やベンチャー支援をしながら起業準備中。
著作協力に、ONE JAPANで執筆した「仕事はもっと楽しくできる――大企業若手 50社1200人 会社変革ドキュメンタリー」(プレジデント社)がある。

(※)リクルートワークス研究所,2020,『若手社会人のキャリア形成に関する実証調査結果報告書』 P.32~38


(執筆:高橋 智香)
(撮影:平山 諭)