未来の人事を考える手掛かり「対話」のカギとなる「問い」を生み出す居場所をつくる(梶谷真司氏)

東京大学大学院総合文化研究科教授 梶谷真司氏東京大学大学院総合文化研究科教授 梶谷真司氏

企業活動でも多様性や包摂性が重視されるようになり、企業理念の浸透や従業員の理解を得るために「対話」を重視しようとする企業も多いのではないだろうか。しかし、対話とは具体的に何をすればいいのだろうか。『考えるとはどういうことか』や『問うとはどういうことか』など対話や問いを通じた思考法に関する著書を持つ東京大学教授の梶谷真司氏に、職場での対話を活発にする方法や、問うことの意味について聞いた。

「対話」のきっかけとなる「問い」の乏しさ

――最近、企業活動でも対話を重視しようとする動きがありますが、そもそも「対話」とはどのようなものなのでしょうか。

梶谷 多くの人が「対話」という言葉を使うようになりましたが、多くの場面では対話を「お互いの意見をきちんと聞く」「上手にコミュニケーションできる」など漠然とした意味合いで使っているようです。しかし、対話とは、要するにお互いに思ったことを率直に言い、聞く、ただ、それだけです。あとは、わからないことがあればどんどん質問すればいいのです。

――わからないことを質問することに、恥ずかしさや戸惑いを感じてしまう人も多いと思います。

梶谷 問うといっても、実際には簡単なことではありません。企業研修で「対話の現場では問いを投げかけることが大切なので、皆さんも問いを出してみましょう」と言っても、なかなか出せない人も多いです。背景にあるのは、問う機会の乏しさです。

普通の組織人は、会社から与えられた課題を解決すれば仕事を遂行できます。その課題がなぜ発生したのかなどの疑問は持つ必要がありませんし、疑問を持つことがかえって業務の妨げになる恐れすらあるので、問う習慣が身についていません。「わからないからと問をすると、相手に失礼になるのではないか」「こんな初歩的な質問をしたら、人から笑われるかもしれない」などと考えてしまうのです。発言に対するブレーキは仕事をする上でもたくさんあると思いますが、問題はそれがどのぐらい言いやすいのかということにかかっています。

疑問から「問い」を生み出す

――「対話」に向けた「問い」はどのように生み出せばいいのでしょうか。

梶谷 とにかく問えばいいというのがある一方で、世の中には問うべき質問と問うてはいけない質問とがあります。また、状況によっては問うてもいいタイミングと、問うてはいけないタイミングもあるでしょう。それらを見分けるには、「問いの経験」を増やすしかありません。スポーツでは練習を積み重ねるうちに、状況に合った動きが反射的にできるようになります。それと同じで、たくさん質問をすることで、「こういう状況ならこういう質問をしても問題ないのだな」と身体で覚えるのが一番です。

――問うこと自体が筋トレのようで、辛さを感じてしまいそうです。

梶谷 たとえば、企業研修では、講義に先立って課題図書が指定されるケースがあります。優秀なビジネスパーソンほど、難しくてよくわからない本や興味を持てない本があるにもかかわらず、きちんと義務を果たそうと無理やり読むか、読めなければ発言を控えようとします。そして、講義には出ないといけないので、わかったことをメモしてなんとなく済ませがちです。これは、人の話を聞いている時も同じです。

しかし、わからないことは知りたいこと、考えたいことでもあります。本を読んだり人の話を聞く時、わかったことではなくわからなかったことや疑問に感じた点をメモすれば、それが問いになります。場合によっては、課題図書をすべて読まず、目次だけを眺めて浮かんだ疑問をピックアップしても大丈夫です。講義は疑問を解消する場でもあります。一つでもいいから知りたいと思うこと、考えたいと思うことを疑問としてきちんと抱いて受講し、それを質問して解消すれば、疑問なしで講義に参加するよりもずっと多くのものを得られます。

対話は雰囲気とルールで居心地を良くすることから

――企業活動のなかで、問いから対話を促すにはどうすればいいでしょうか。

梶谷 対話は、その場の雰囲気やルールと密接に関わっています。まずは、気楽に話ができる雰囲気を醸成することが大事です。人事とか経理などの所属、あるいは上司や部下などの立場を抜きにして、愚痴をこぼしたりもしながら楽しくしゃべれる場をつくることです。人事がかしこまったスーツを着て、メモ帳を片手に対話を促そうとしても、緊張してしまってできません。ラフな格好で仕事の話を抜きにして、とりあえずコミュニケーションをとることから始めることです。

そして、社員がその場でどんな発言をしても発言を理由に絶対に罰せられないというルールを設けることが必要です。その場に出てきた愚痴や不満が伝わって、後日、上司から指摘を受けるようでは、不信感や警戒感につながるだけです。お互いが思っていることを安心して気軽に話せる場をつくるためには、「職場での対話で話したことが原因で処罰されることはない」などのような明確なルールがなければなりません。

――「処罰されることはない」とはどのような意味でしょうか。

梶谷 たとえば、ハラスメントなどの問題を起こす人が出てきたら、その人に責任を取らせることは大切です。ただ、責任と処罰とはきちんと分けなければなりません。当事者が問題を理解して同じことを繰り返さないよう反省を促し、相手に謝罪させる。その一方で、それを理由に減給処分を下したり異動させたり、安易に処罰してはいけません。そのようなことをすると、責任を取ることと処罰がセットになり、職場の全員が怖がって気軽に話すことができなくなります。最近では、注意や指導すらしにくくなっているという話も聞きます。上司も部下も全社員が、大丈夫だと思って気軽に話せる環境を作り出すこと。このような状況を作り出さないと、社内の対話はうまくいきません。

――ルールを設ける際には、どのようなことに気を付ければいいでしょうか。

梶谷 社内にはムダなルールもたくさんあると思います。ムダな社内ルールを減らし、職場の居心地を良くするのもやり方の1つです。服装に関するルールなどはその典型でしょう。服装規定があれば、規定を破った人に対処しなければならないように、ルールを決めると、そのルールを破る行為が「問題」になってしまいます。社内で問題だと言われていることが、本当に問題なのか、よくよく考えてみてください。不要なルールをなくしてしまえば、問題が問題ではなくなって、社員にとっては居心地が良くなります。

人事はルールの原則を守り、意見を受け止める

――企業の人事は様々なルールを扱っているので、あるルールが必要か否かを判断するのは骨が折れる作業になりそうです。

梶谷 人事は立場上、いろいろなところとつながれる部署ですが、一歩間違えるとものすごく大きな権力を持ちかねません。その事実に自覚的にならないと警戒されてしまいます。柔軟なルールが望ましいですが、ルールを設けた時の一番大事な原則を外さないようにすることが何よりも大切です。すぐに、些末なことにとらわれて、大事なことを見失ってしまうことがよく起こります。一度、信頼を失うと元に戻すのは大変です。大事な原則を守るための努力が必要です。

その努力とは、まずは、何のために何をするのか、目的を明確にすることです。曖昧な目的では、みんなが実はよくわかっていないのにわかったような顔しながら、手探りで顔色をうかがいながら頑張ることになって不毛です。目的を明確にすれば、取り組みの意味を確認することができます。目的や意味に合わせてルールをつくり、そのルールをしっかりと伝え、ルールについて社員の意見を聞くことが重要です。意見を聞いてもらえる機会があれば、社員から目的に即した意見が出てくるようになります。

――企業からすると、社員からの意見をすべて受け入れることは現実的ではありません。意見が取り入れられないということが社員の安心感を損なってしまわないでしょうか。

梶谷 みんなの要求を聞かなければならないという思い込みがよくあります。話を聞いた上で、それを取り入れない分があっても、受け入れなかった理由を説明すれば済む話です。収拾がつかなくなるので社員の意見は聞きませんという態度を企業が取ると、社員の間に「どうせ言っても無駄だ」「言うだけ損だ」という無力感が広がってしまい、社内の対話など生まれるはずがありません。

だから、社員の話はとにかく受け止めること。「受け止める」と「受け入れる」は違います。受け止めた上で実現できることは実現するし、実現できなかったことがあれば、なぜ今回は実現できなかったのかきちんと社員に説明するのです。その積み重ねが安心感を生み、対話へのハードルを下げることにつながります。受け止めてくれた、聞き届けてくれたというだけで、安心した、救われたと思う人も多いはずです。だから企業には、社員の意見を受け止める姿勢を持つことが重要です。それが積み重なれば、社員は何を言っても無駄という無力感から解放され、安心して話ができるようになるのです。

聞き手:橋本賢二(研究員)
執筆:白谷輝英