未来の人事を考える手掛かり実践と創造を導くコミュニケーションツール「パターン・ランゲージ」(井庭崇氏)

慶應義塾大学教授 井庭崇氏慶應義塾大学教授 井庭崇氏

社会や企業を取り巻く環境が激変するのに伴い、組織におけるコミュニケーションは難しさを増しつつある。そうしたなか、企業内のコミュニケーションを活性化し、組織の創造性を高めるためにはどのような手段が考えられるのか。創造実践学やシステム理論、複雑系科学の専門家で、「パターン・ランゲージ」によってコミュニケーション改善に取り組む慶應義塾大学教授の井庭崇氏に聞いた。

先人たちが蓄積した「コツ」をわかりやすく伝える

――まず先生に、「コミュニケーション」について伺いたいのですが、自らの考えを意図通りに伝えることは可能なのでしょうか。

井庭 前提としてお伝えしたいのが、「コミュニケーションは不確実なものである」ということです。
人は言語で自分の考えを表現し、相手に受け取ってもらうことでコミュニケーションを図ろうとします。ところが言葉という媒介物には制約があり、考えたことを直接表現することは難しいのです。また相手の側も、自分の言葉を意図通りに理解してくれるとは限りません。つまり、言葉によって自分の意図を正確に伝えられるという考えはほとんど幻想に近いといってもいいでしょう。そのため、まずは、「意図通りにコミュニケーションできる」という思い込みを捨てて、「コミュニケーションは不確実なものである」と考えた上で、でも、うまくコミュニケーションをとることを心掛けることは諦めない、ということが大切です。

――なるほど、コミュニケーションは我々が考えているよりずっと難しいものなのですね。それでも多くのビジネスパーソンは、自らの考えや知識、仕事上のノウハウをできるだけ正確に伝えたいと考えているはずです。そのために有効な手立てはありませんか。

井庭 そのような目的に、私が研究している「パターン・ランゲージ」というものが役立ちます。これはもともと建築の分野で生み出された方法なのですが、良い街や良い建物に繰り返し現れる関係性(パターン)を言語(ランゲージ)として共有することで、そこに住む人たちもデザインについてのコミュニケーションやコラボレーションに加われるようにすることを目指したものです。

このような方法を、私たちは、建築の分野に限らず、「良い実践の本質(コツ)を言語化する」方法として、より広い分野に応用できるものとして捉え直しています。これまでに、より良い対話のしかたやおもてなし、デジタル社会での良い行動など、幅広い分野でコツを抽出し、カードや書籍の形にまとめ提供してきました。良い実践をしている人が「何をすることが大切か」(what)や「どうやるのか」(how)、そして「それはなぜ大切なのか」(why)を対話・探索型のインタビューで掘り起こし、その要約を文章で記述するとともに、それを表す言葉(コツの名前)をつくり、言語化します。

――パターン・ランゲージは、どのように書かれているのですか。

井庭 一つ一つのパターンは、ある「状況」で起こりやすい「問題」と、それに対する「解決」方法、そしてその「結果」がひとまとめになって記述され、それに「名前」と「イラスト」がつけられます(下図参照)。これが基本的な形式です。

パターン・ランゲージ※『対話のことば:オープンダイアローグに学ぶ問題解消のための対話の心得』〈井庭崇・長井雅史、 丸善出版、2018年〉の内容をもとに井庭崇氏が作成

ここで大事なのは、パターン・ランゲージはマニュアルではないということです。たとえばおもてなしについて、「お客さまから○○と言われたら××と答える」とマニュアル化して教えると、そんなの、もうおもてなしとは呼べないですし、少しでも状況が変わると応用もできません。また、「あなたなりのおもてなしをしてください」のように抽象的に理念を言われても、ほとんどの人はどうやって行動すればいいのか迷ってしまうでしょう。
そうではなく、この具体的指示と抽象的理念の間のレベルが重要なのです。そのレベルを私たちは「中空の言葉」と呼んでいるのですが、パターン・ランゲージでは、ほどよい中間レベルの抽象度で、実践のコツを書くようにしています。

実践を伴ったコミュニケーションを増やす

――パターン・ランゲージを使うと、どんなメリットがあるのでしょうか。

井庭 まず挙げられるのは、創造的な実践が可能になるということです。パターン・ランゲージはほどよい中空の抽象度で書かれているので、先人のコツを実践で役立てようとする時、自分なりの創意工夫を盛り込んで具体化することになります。

実は、「コツ」という言葉の漢字の語源をひもとくと「骨」で、つまり「骨格」(こっかく)の「骨」(こつ)なのです。コツというのは、考えたり行動したりする際の軸なのです。そこに各自が肉付けをすることで、自分なりの実践に結びつけることが可能になります。

自分なりの工夫ができる余地が残されているのは、パターン・ランゲージにおいてとても大切なことです。単に実践的なコツを伝承するだけでなく、そこに新たな試みを盛り込める形で伝えていく。だからこそ、昭和の事例から抽出したパターンが、令和の時代にも生かせるということになります。創造性の発揮を支援できるのが、パターン・ランゲージのよさの1つです。

――コツを抽象化・対象化・言語化することで、課題を抱えて悩んでいる人がコツをつかみやすいように助けるのがパターン・ランゲージなのですね。

井庭 その通りです。
パターン・ランゲージのメリットは他にもあります。それは、実践につながるコミュニケーションを連鎖させるのに寄与するということです。たとえば、ある企業の新規事業開発部門の研修で、企画のコツのパターン・ランゲージを活用したのですが、1人の経験談が他の人の気づきを生み、そこから自分たちの実践のイメージが湧いて、実践につながって……、という具合で、効果を発揮しました。言葉が単発的に、ある人からある人へ移動して終わるのではなく、人々のなかを次から次へと動きながら、実践を誘発していく。さらに、パターン・ランゲージを共通言語として用いることで、複数人での実践、すなわち、コラボレーションを活性化していくという効果も期待できます。

先ほど、「コミュニケーションは不確実なものである」とお話ししました。即席につくられた言葉の場合は特に不確実なのですが、そうではなく、よくつくり込まれた言葉の場合には、もう少し期待が持てるようになります。私たちがパターン・ランゲージを「つくる」というのを英語で言う時、「crafting」という言葉を使っています。「craftsman」は「職人」ですから、パターン・ランゲージをつくる人は、実践を生む「言葉の職人」なのです。その職人がつくり込んだパターンは、実践をもたらすコミュニケーションを促すのです。こうして、組織に、実践を伴うコミュニケーションが増えていきます。これは、組織において重要なことです。それは単なる情報のやりとりを超える実効的な影響をもたらすからです。

――実践を伴うコミュニケーションが、一般的なコミュニケーションと異なる点はありますか。

井庭 実践を伴うコミュニケーションでは、無責任で非建設的なコミュニケーションにはなりにくくなります。その好例だと私が思うのが、パターン・ランゲージではありませんが、料理レシピサイトのレスポンスの仕組みです。

SNSや動画投稿サイトでは、時にひどいコメントが投稿されたり、それが連鎖して「炎上」が起きたりします。ところが、料理レシピサイトではそういうふうに荒れることはありません。なぜなら、ある人が投稿したレシピに対して反応する方法が、自分も実際につくってみた上で、その写真も掲載して投稿するフォトレポートでのレスポンスになっているからです。レスポンスを返す人は自分もわざわざ手間をかけて料理をしなければならないわけで、そこまでして、中傷コメントや暴言を投げることはまずありえません。だから匿名や仮名でのサイトにもかかわらず、荒れないのです。

結局のところ、コミュニケーションが上滑りするのは、実践を伴わない、コストがほぼゼロな状態で情報だけをやりとりするからです。実践を伴うコミュニケーションは、実際に実践をするという重みの分、軽率なコミュニケーションが生まれにくいのです。実際に実践すれば、元の投稿者の実践へのリスペクトと、それを共有してくれた感謝の気持ちも生まれますしね。

――同じことは、企業などの組織でも起こりえますね。

井庭 そうだと思います。どの企業でも、「この社内ルールは最悪だ」などの否定的な発言をする人はいるものです。これに対し、「そうでしたら、あなたが改革チームを率いて社内ルールを変えてみては?」と提案すると、それは面倒だと尻込みするケースは珍しくないでしょう。口先だけの発言と労力を伴う実践との間には、大きな距離があるのです。

パターン・ランゲージを使って社内に多くの実践例が生まれると、ポジティブなコミュニケーションに溢れ、社内にリスペクトの気持ちも増えて、組織の雰囲気がよくなっていくでしょう。企業や学校、地域コミュニティなどでそうした実践連動型のコミュニケーションを増やすことは、とても重要だと考えています。

多様な人材を「活動レベル」で束ねる

――組織内に蓄積されたノウハウを若い世代に伝えることに苦労するマネジャーは少なくありません。そうしたマネジャー、あるいは彼らを支援する人事担当者にとって、パターン・ランゲージは一筋の光明になると感じました。

井庭 コミュニケーションを単に相互理解のツールだと考えると、人と人との間で行き来するだけで、出口がなく自己閉塞的になってしまいがちです。ところが、パターン・ランゲージによって実践や創造といった展開につなげていけば、コミュニケーションがコミュニケーションだけで閉じないので、そうした息苦しさが解消できます。実践や創造という出口から出て、その結果についてまたコミュニケーションできるようになります。

――今の日本企業では、「イノベーションを起こせ」と盛んにいわれています。いきなり実現するのは難しいことですが、パターン・ランゲージの手助けによって実践や創造を増やせば、イノベーションの可能性は高まりそうですね。

井庭 日本の組織は協調性を大事にする傾向が強いので、パターン・ランゲージを共通言語として駆使し、チーム一丸となってコラボレーションを活性化し、クリエイティビティが発揮されやすい環境がつくれればいいなぁと思っています。

――各自がクリエイティビティを発揮すると、コラボレーションが難しくなることは考えられないでしょうか。

井庭 これも、実践や創造の出口があることが大切という、先ほどの話に通じます。クリエイティビティを単に横で合わせようとするから、合わないのです。取り組むべきは、そういう横同士のパズルではありません。
そうではなく、それらが動的に絡まり合い、創発的なうねりとなるような方向で束ねるのです。

私の研究室には、理論の勉強に打ち込む学生もいれば、体育会系運動部で活躍する学生もいますし、演劇や音楽にのめり込んでいる学生もいます。彼らの得意なことや個性は多様で、関心や考えていることを相互に連結するのは難しいでしょう。でも、あることを目指す研究プロジェクトが成り立つように協力し合うという時には、うまく噛み合うのです。そこでは、各自の得意を持ち寄り、大きな力が生まれて、飛躍が生まれます。企業でも、多彩な人材が創造的に動くなかで、それらが向かう動きを促すことで、動的に絡み合うことが可能です。

そのためには、面白いことをするプロジェクトをつくっていくことが大切でしょう。その面白いことに参加したいというメンバーを部署横断で集めれば、相互に横に合わせるのではなく、共に同じ方向に向かって伸びていくことができます。そういうことが、勢いを生み、新しい可能性を拓きます。
部署が違えば専門用語は違います。でも、実践のパターン・ランゲージが共通言語になるから大丈夫です。実践の方向性で束ねられるので、うまくいきますし、そういうなかで働くのはとても楽しい、喜びのあるものになるはずです。そして、実践のなかで、互いへのリスペクトや感謝を感じるようになります。

――そうなると、企業全体の雰囲気も変わりそうですね。

井庭 そうだと思います。「やらされプロジェクト」ではなく、みんなが面白がれるプロジェクトが増えると、企業の創造性は自然と増していくはずです。ワクワクする未来が生まれるのは、そういう方法でしかないと思います。せっかくですから、よい未来にしていきましょうよ。

聞き手:橋本賢二(研究員)
執筆:白谷輝英