人事のリスクマネジメント新鉄則リストラの失敗

後ろ向きな人員削減を避けるためには何が必要か

現状、リストラを喫緊の課題として捉えている企業は多いとはいえない。しかし、経営環境は決して楽観できる状況ではなく、ローパフォーマーや多数の中高年社員を抱える企業は、業績が悪化したときにリストラを迫られる可能性は十分ある。
ところが、企業側のリストラに対する備えは十分とはいえない。企業のリストラに多数関わってきたトランストラクチャ代表取締役の林明文氏によれば、業績悪化時のリストラの成功率は50%程度だという。典型的なリスクは右図の中央に示した4つ。このうち1つでも起きてしまえばその施策は失敗なのだ。
「リストラがうまくいかないのは、平時から経営戦略と人材戦略とを連動できていないからです。そのため、人事は何のためにどんな人材がどれだけ必要かを正しく認識できていない。それでは戦略性に欠ける場当たり的な施策しか打てません」
そうなると、リストラの本質的な目的を社内で明示・共有することもできない。
「本来、リストラは新しい目標に向かって新しい体制を作る前向きなものであるべき。それを明示できず、後ろ向きなマインドで取り組むと、必然的に社内の空気は悪くなり、経営に対する不信感も高まります」

役員への成果主義が徹底されていない

また、成果主義の導入が中途半端でシビアにパフォーマンスを評価できていないことも問題だという。特に、日本では役員の人事・評価が成果主義の埒外という企業が多く、社員に対しても成果を厳しく問いづらい風土を生み出している。ローパフォーマーにとって、悪い意味で居心地の良い環境なのだ。
では、どうすればリストラの失敗を回避できるのか。
「最も有効なのは、平時から、成果主義によるシビアな評価に基づいてローパフォーマーを外に出すアウトフローマネジメント(継続的なリストラ)に取り組むことです。これができていれば、そもそも業績悪化時のリストラなど必要ありませんから」


アウトフローマネジメントは、小売・サービス・情報など業績の変動が比較的大きい業界では、既に進んでいる。ローパフォーマーや中高年社員の削減は業界を問わず多くの企業にとって潜在的な課題であり、今後は他業界にも広がると林氏は予測する。「大前提となるのは、経営と人事が、『アウトフローマネジメントは経営戦略実現に向けた適切な人材ポートフォリオ構築の手段』という前向きな認識を共有することです」

社員の幸せを考えた施策が求められる

また、平時のアウトフローマネジメントにせよ、業績悪化時のリストラにせよ、実施時には「辞めさせる」という発想を捨てることも重要。
「退職勧奨の範囲内であっても人事・雇用の常識に反するリストラはまずうまくいきません。大切なのは、社員が自ら合理的に辞める選択ができる条件を提示することなのです」
たとえば、年収1000万円の社員の外部労働市場での価値が概ね600万円だと判明した場合、10年間今の会社に残った場合と、転職した場合の差額は4000万円。このケースで500万円の割増金を提示されても多くの人は首を縦に振らない。
しかし、成果主義を徹底し、パフォーマンス次第では年収が下がることを明示したうえで、2000万円の割増金を提示すれば、自ら合理的に判断して、辞める選択をする人が実際に多いという。
「社外に出たほうが力を発揮できる社員もいます。それぞれの人材が自分に適した活躍の場を得ることは社会全体にとってもプラス。リストラは決して後ろ向きな取り組みではないのです」と林氏は強調する。
このような観点から「社員の幸せ」を考え、辞めていく社員も含めて大切にする姿勢が、企業そして人事には求められる。

Text=伊藤敬太郎Photo=平山 論

林明文氏
トランストラクチャ代表取締役CEO。
Hayashi Akifumi 組織・人事の専門家として数多くの企業のコンサルティングを手掛ける。著書に『合理的人事マネジメント』(中央経済社)など。